それでは民主党にお伺いいたします。 まず最初に、この法案に日本(にっぽん)国と、この三文字をおつけになったのはどういう意味があるのか。ほかの基本法に日本(にっぽん)国と冠した基本法は一つもないはずです。なぜこの法案にだけ日本(にほん)国というのがついているのか。 二番目に、その日本(にほん)国というのを日本(にっぽん)国と読ませている。なぜ日本(にほん)でなくて日本(にっぽん)でなくちゃならないのか。この二点を簡潔にお答えください。
それでは民主党にお伺いいたします。 まず最初に、この法案に日本(にっぽん)国と、この三文字をおつけになったのはどういう意味があるのか。ほかの基本法に日本(にっぽん)国と冠した基本法は一つもないはずです。なぜこの法案にだけ日本(にほん)国というのがついているのか。 二番目に、その日本(にほん)国というのを日本(にっぽん)国と読ませている。なぜ日本(にほん)でなくて日本(にっぽん)でなくちゃならないのか。この二点を簡潔にお答えください。
教育における憲法だから日本(にほん)国を冠すると言うのであれば、農業における農業基本法も、これは日本(にっぽん)国農業基本法。ほかにもたくさんいろいろなものがあり得ます。最近の食育基本法もその一つでしょう。 ですから、私は、法律の中で、日本でたった一つという憲法であるからこそ日本(にほん)国がついているのであって、それに対して、別の基本法に日本(にほん)国を冠することは失礼な行為ではないか、そのように思います。私は、党内の意見でもそういうことは申し上げたでしょう。 きょうの、午前中にも、そうした敬語の使い方について、お二人で散歩をされたときの記事の敬語の問題について、安倍官房長官の答弁を私は注意深く聞いておりました。私は、一
私は、宮内庁からすべて記録をいただきました。今、今上陛下は、即位されてから、即位のときも、即位十年のときも、それから古希のお祝いの席でも、公式の場ではすべて日本(にほん)としかおっしゃっていません。 一昨日、シンガポール、マレーシア、タイ、これは一部新聞にも報道されています。NHKも放送しております。天皇陛下は二十二回、日本(にほん)、日本(にほん)国、日本(にほん)人、日本(にほん)の国民、日本(にほん)国憲法、大日本(にほん)帝国憲法、すべて通して二十二回、日本(にほん)です。皇后陛下も三回。 天皇陛下も皇后陛下も、別に日本(にっぽん)という言葉を嫌っておられるわけじゃないと思います。しかし、あらゆる公式の場で、天皇陛下
文字の国、言葉の国と言われる日本が、失礼ですけれども、こういうざまなんですね。教育基本法を論ずる前に、我々は、まだまだ国の枠づくりをきちんとしなきゃならないという点を強調しておきます。 次に、安倍官房長官、もう一問だけ。 小泉総理は、内閣総理大臣に就任されて、そして米百俵の精神をおっしゃいました。これは、まさに日本に教育の時代がやってきた、また、そうでなければならないと国民は大変感動したんです。そして、米百俵の精神、その逸話は全国に知れ渡りました。米百俵から五年たちました。この五年間に米百俵はどれぐらい、今百五十俵か二百俵ぐらいになっていますか。 こうして教育予算、どの予算を見ましても、いただいたものを見たら、小泉内閣の
この米百俵というのは、米百俵を食べてしまえということじゃないんでしょう。森内閣のときの六兆五千七百八十四億円、それからずっと今、五兆一千三百二十四億。どんどんどんどん右肩下がりの文部省の予算になっております。そして、文部省予算で見ますと、対GDP比で一・三%だったものが今は一・一%ぐらいまで下がっている。 元気の出るような数字ではないんです。米百俵は結果的には失敗したのか。(発言する者あり)うそ八百というやじが出ておりますけれども、私はそういう下品な言葉は使いません。しかし、米百俵というのは、結果的には失敗したとお認めになるか、十分成果を上げましたと言えるか、端的にお答えください。
子供の数が減ったから一人当たりの金額はふえていますよというのは、まるで社会保険庁のおっしゃっていることとちょっと似ているような気がします。分母が小さくなったから一人当たりの教育費がふえている、そういう面も評価してくれということかもしれませんけれども、これは、子供が減ったから一人当たりがふえたといって喜ぶんじゃなくて、子供が減る原因が、教育費の負担が父兄に多過ぎる、つまり、日本の子供は教育費の負担つきで生まれてくるから両親が育てにくいんです。 そこで、猪口大臣に質問させていただきます。 こうした教育費の国際的な負担が多過ぎる、これは、予算の中でも、GDPに対する比率を見ても、あるいは家計の中に占める教育費の負担、これはOECD
では、民主党にお伺いします。 民主党案で最も私は高く評価したいのは、こうしたお金の面をしっかりと基本法の中にうたい込んでいこうと。 日本は、国の形がおかしい。凜とした国とはとても言えない。次に、それでは、お母さんがお金をしっかり出してくれる国なのか、教育費を。お父さんは自分の家族を守ろうとしない、それが日本の現状。国が教育費を出し渋り、よその国よりも教育にお金をかけない。民主党は、その点をしっかりと、GDPあるいはその他に換算して、財政的に国の責任を明示していこう、私はこれは高く評価したいと思います。 ところで、どういう数字を想定してこの法案を提出しておられるのか、GDP比どれぐらいが適切と考えておられるのか、それをお答
これは、一般的な教育コストの国家の負担が少な過ぎる、家計費の負担が多過ぎる、外国に比べて。日本では子供を産みにくい、学校へ行かせにくい、そして、十八歳まで、二十二歳までのコストのほとんどは家計が負担しなければならない、私はこれを一日も早く是正すべきだと思います。 それに加えて、この小泉内閣の三位一体、地方分権、これが学校教育における地方分権、私は反対です。義務教育、公教育は国家が責任を持つべきであり、そうすることによって初めて、島根県の子供も、青森県の子供も、東京の子供も、東京の会社に勤務するときに差別感情が生まれないんです。島根県は貧乏な県だから、多分半分ぐらいしか勉強してこなかったのが隣の席におるのか、そういう差別感情で私は
民主党を代表いたしまして、小坂文部大臣に、小泉内閣の教育に対する姿勢、また、今審議中の教育基本法についてお尋ねしたいと思います。 まず最初に、小泉総理は就任当初、米百俵という例えを強調されて、小泉内閣の方針としては教育に重点を置いていくんだというメッセージをお出しになりました。五年前のことであります。 この五年間に、どういう面で教育行政の実が上がったのか。特に、米百俵という即物的でわかりやすい例えから見ますと、この教育部門における予算が相当ふえていなくてはならない。そういう観点から、この五年間の小泉内閣の教育にかける財政的な意欲というものを評価すると、その通信簿はどういうふうになるのか。小坂文部大臣は五年間責任を持たれたわけ
数字を挙げて御説明いただきました。 それは大変感謝いたしますけれども、この五年間の成果というときに、もう少し文部科学省としては、内閣が今終わろうとしているときに、私が質問するまでもなく、自分たちの自己点検というのをやってみるべきじゃありませんか。 米百俵で登場した小泉内閣は、米何俵で終わってしまったのか。百俵ふえたのか、減ったのか。どこかでだれかに食べられたのか。イラクの自衛隊に送られて手元には全く残っていないのか。米百俵の精神というのは、苦しい中でももっと教育にお金をかけようというふうに国民は期待したんじゃありませんか。それがほとんど横ばいの数字。 そして、しかも、少子化だから、子供が少なくなったから予算も少なくなりま
そういった三十ドル、四十ドル、五十ドル単位の数字でほとんど変化がない、その中で、先進国でやはり、くどいようですけれども、米百俵という、あの非常に鮮やかなメッセージは全く裏づけられてはおらない。よその国も横ばい、日本も横ばいなら、米百俵という言い方は全くなかったんではないか。この五年間は、政策を実施した上で、少なくとも米百俵の精神の成果はなかったものと言わざるを得ないと私は思います。 そこで、大臣にお伺いいたします。 内閣は一たんかわるということになるでしょうけれども、この最も大事な時期に教育行政を担当され、そして教育基本法を今審議中の大臣に、これからの負担格差、これから家計の負担をもっと減らして、子供を産みやすく、子供を育て
そうした決意を今拝聴させていただいたわけでありますけれども、いわゆる経済的な格差、それから中央と地方の格差、いろいろな格差がこれから広がろうとしている、そういう懸念が出てきておりますけれども、その格差の中の一つ、中央と地方の格差について、一点お伺いしたいことがあります。 平均的な地方において、子供を十八歳まで育てて高校を卒業させるまでに、一人の子供を十八歳まで育てて、そして大学へ入らせるまでに、親としてはトータルコスト、概算どれぐらいとお考えですか。簡潔に数字だけお答えください。
私が伺ったのは、御飯を一切食べさせないで、この四百八十四万円で十八歳にすることができますか。そんな答弁を私は期待しているんではないんです。子供一人を産んで、下着から、そしていろいろなスポーツをさせることも必要でしょう、学校の教科書は、小学校は無料かもしれないけれども、副読本も読ませなきゃならない、部活にも参加させねばならない。十八歳まで、親のコストは幾らかと聞いているんです。
その数字を使いますと、十八歳までは約一千万円ということになりますね。一千万円プラス先ほどの五百万円。つまり、島根県でも長野県でも、一千五百万円かけた十八歳を、それから東京、大阪、名古屋へ持っていかれるんですよ、大学がないために、職場がないために。こういう教育赤字というものを、大臣、お考えになったことがありますか。 三位一体という名のもとに、教育についてはこれからどんどん地方分権が行われる。しかし、十八歳になって、これから大学へお金を払う、そしてそのままその大きな都市で職場を探し求める。そういう地方自治体に、一千五百万円のお返しはどういう形であるのか、こういう視点が三位一体の論議に欠けていると私は思うんです。 これがこのまま続
親それぞれの考えだということは、政府や国の責任をやや放棄していらっしゃるような響きがあって、余りうれしい答弁ではありません。 明治初期のころ、明治中央政府は全国の県に、各町村に小学校をつくりなさいと。ただし、免除規定を設けました。財政負担でどうしてもできないというところは当分小学校をつくらなくてもいいと。そのときに全国に一番先駆けて全町村に小学校をつくったのは、小坂大臣、御存じでしょう、長野県ですよ。長野県だけは、財政赤字に苦しんでいる町も村も免除規定を全部返上して、小学校を見事に全部つくってみせたんです。私は、それが信州教育、前回にも取り上げましたけれども、その伝統だと思うんです。 しかし、今の地方自治体にそれを要求するの
それを公布された天皇陛下のお許しは、だれがいつ、とりに行ったんですか。
いつだれがその奏上をされたという記録を、必ずこの委員会に提出してください。 そうした人の名前でさえも、紙一枚の法律で簡単に変えられなかったでしょう、私の名前が変えられなかったと同じように。それが、私の名前を変えられないような法律が、なぜ日本の憲法の字を変えるぐらいの大きな違いがあったのか、なかったのか。 大臣はなかったとおっしゃる。なかったのなら、なぜ変える必要があるのか。まして、人の名前以上に大切な、国の骨格の代表的な憲法の名前ですよ。こういういいかげんなことをやりながら国を愛しなさいと。一体どっちのクニだかよくわからない。そして、同義語だったら、何も変える必要はなかった。一つ一つの字には意味がある、一つ一つの字は意味が違
ニホンでもニッポンでもいい。世界の国の中で、先進国の中で国の名前が二通り。人によって、そのときの気分でどんどんと扱われる、そういうことはありますか。 同じ飛行機の中でもニホン航空と言い、片一方はオール・ニッポンと言い、この辺もまた、同じ空を飛ぶ飛行機もいいかげんだと思います。 小学校の教科書を見てください。小学校一年生では日本と書いて「にほん」と振り仮名が振ってあります。三年生になると、それが、富士はニッポン一の山と、今度はいきなりニホンはニッポンにすりかわっていく。こういうことは子供の気持ちを混乱させる。 私は、やはりどこかで、どちらが正しい、そしてどちらが通用語だという基準なりなんなりを示すことが近代国家、成熟国とい
民主党の岩國哲人でございます。 本日は、民主党の法案と、それから政府提出の法案、両法案について質問させていただきたいと思います。 まず最初に、農水大臣にお伺いいたします。 農水大臣、ノーと言える日本という言葉について、御存じですか。御存じか御存じでないか、ノーと言える日本。
そういうタイトルで本を出版された方もいらっしゃいますけれども、私は、今日本にとって、イエス、ノーのノーよりも、むしろ農業の農が大切ではないか、そんなふうに思います。 今、教育基本法、六十年間、教育の荒廃きわまれりということがありますけれども、もう一つ、日本の農業の現状を見ると、教育問題以上にもっと深刻なのは日本の農業の現状ではないか。私も典型的な農村県と言われた島根県の出身であり、大臣も、全国津々浦々、その実情は御存じだと思いますけれども、農村がどうなっているか、農家がどうなっているか、日本の農業はどうなっているのか、やはり農ということをしっかりと政策の中心に据える、もう最後の段階に来ているのではないか。私は、そういう意味で、ノ