それはちょっと、あの質問の御趣旨よくわかりませんが、PXLに関してのことでございますか。
それはちょっと、あの質問の御趣旨よくわかりませんが、PXLに関してのことでございますか。
あの了解事項は、国産化を前提とした研究開発をやるかどうかというような問題について、これをまあ白紙に返すということでございまして、国産を否定をしたということでもございませんし、輸入にするという方針を決めたわけでもございません。とにかく、それは慎重に今後検討しようということでございまして、御質問の趣旨が、輸入であれば将来の問題、国産であれば決めなければならない問題と、こういうことでございますが、確かに国産を、あの際にPXLについては国産化を決めると、こうなりますれば、当然あの段階で決める、まあ、しかしながら考えてみますと、これは従来はずっと防衛庁と大蔵省との二省庁間のやりとりでございまして、本来であれば年度予算で、毎年毎年この問題につい
そういう感じでございました。
当時としては全くそういう感じは持っておりません。
いまも先生のおっしゃるような筋書きで当時そういう事態が続いておったというふうには考えられません。
防衛庁としてある装備品について研究開発を開始するにつきましては、それぞれの担当の各幕僚監部におきまして、それぞれの装備品に応じまして、まず、それの運用構想、必要性、運用構想あるいはその装備品に対する要求性能、期待する性能諸元、こういうことにつきまして部内で十分討議し、検討いたしまして、そして防衛庁としての一つの方向を定めるというのが普通であったと思います。PXLにつきましても、これを当初予算を要求する時点におきまして、この問題についてのただいま申しましたような諸点についての討議は行っておったというふうに考えておりますが、四十五、六年からのことで、要するに三次防の末期でございますか、そのころのことでございまして、私、その当時の書類等最
やはり三次防の末期におきます予算要求のころだというふうに考えます。
それについて幹事会で議論したという記憶はございません。
そういう懇談会の存在については承知をしておりましたけれども、事務次官の通達は、それは私が次官になります前の段階ではなかったかと思います。
その前の段階だと思います。
記憶ございません。
その後いろいろ聞いたところでは、五十七年ごろが一つの装備の時点ではなかったかというふうに記憶しております。
これは海幕で、いまのP2VなりP2Jの減耗状況からいたしまして、それに対する機種の更新でございますので、その辺の計算をいたしまして五十七年という年度が出てきたと思いますけれども、これは絶対不動というものではないと思います。そのときの情勢によりまして、場合によってはあるいは現在の、現有の航空機を若干引き延ばして使用するということも全く不可能なわけではないと思いますし、一応の研究開発のめどというものをその辺に置いて装備化の時期を考えたというふうに思っております。
当時のMDAOの所長がスタッダード大佐でございますれば、会ったことがございます。
次官になってから来られたことがあると思います。
私は装備局長からそういう報告を受けたという記憶ございません。
全く出ておりません。
会った事実はないと思います。
産軍癒着の問題はときどき問題になるものでございますが、当時特に産軍癒着の問題が強く言われておったかどうかちょっと記憶しておりません。
当時の段階におきましては私はそういう事実は承知しておりませんでした。最近、新聞紙上等でそれを承知しております。