ただいまその資料を持っておりませんでございます。
ただいまその資料を持っておりませんでございます。
それはないと思います。
私は、必ずしも販売政策ではないと思っております。と申しますのは、そのときに大きな教科書の改訂がありました。すなわち、日本が独立するという立場から大きな変化があったわけであります。独立国家として、教育、教科の内容が非常にはっきりして参ったのであります。従いまして、そのときの編集、そのときの教育内容が非常に大きな変化をしたのであります。そのときに当社の教科書がある程度まで受け入れられたと私は信じております。
十八万何がしということは私存じませんけれども、容疑があったということは事実でありまして、これについて私は非常に遺憾だと思いまして、その後は、会社統率責任の立場上、全社員にそのことを指導して参っているようなわけであります。
これも、非常に不徳のいたすところでありまして、申しわけないと思っておりますが、実は六月二十五日に佐倉警察署の刑事係の方が三名原町工場に見えたのであります。そのときに工場長は以下を答申しております。「静岡県駿東郡原町図書印刷原町工場、工場長野口新逸当四十一才、昭和三十年六月六日千葉県四街道小学校先生の当社見学についてお尋ねでございますので、次の通りお答えします。一、当時私は工場内で作業していましたが、沼津駅より電話連絡がありまして、片桐大自氏が行き、校長以下二十六名ほどが午前十一時半ごろ来社されました。二、工場到着後工場概要について説明した後、お昼なので会社食堂にて作った昼食を差し上げた後、午後一時ごろから工場を案内し、午後二時半ごろ
長野の件については、先ほど申した通りで、私、非常に申しわけなく思っております。千葉の件につきましては、実は昨年十一月新設工場が当局の認可を得てできましたが、モデル・マシンを設備しましたいわゆる近代設備の工場を公開しろということが基本になっていたわけであります。そこで、私どもは当時関係者の方々に御案内を差し上げまして、工場を見ていただいたわけなんです。たまたま、地力におる方にはそれは無理だという考えから、ついでがあったら寄って下さいという案内状を出してあります。従いまして、全く平たい気持で来たと私は信じております。 それで、最近、この教科書事業の教育界に与える影響を考え、お説の通り全く自粛自戒してこの仕事を進めなければいけないとい
昭和二十七年十月に本人から辞表が出まして、そのときに聞いている話ですが、福井大学の方へ就任する、こういうわけで、私はその辞意を認めたわけであります。
最初昭和二十一年に図書印刷の方の文化部の仕事をやっておりまして、それから、二十三、四年ごろから学校図書ができましたので、その方へ今度は転職いたしました。その後は編集の仕事に携わっております。やめる約一年前から病気になりまして、やめる直前まで約一年間、席はありましたけれども、会社にはほとんど出て参りませんでした。そういう次第であります。
株を四千株持っているということを知りました。
小沼氏が文部省へ行かれたということは全く後に知ったのであります。それから、四千株を持っておるということも、実は現在では約九百名の株主がありまして、今日は全く株式が民主化されておりまして、窓口でもってどんどん書きかえをいたしておるのでございますから、そういうことについては、私どもが調べてみて初めてわかることが多いのでございます。取締役といったものに対してはみな増資のときに均等割当がありますので、それについて金融機関から株を担保に融資を受けて払い込みをやっているのでございます。 近藤寿治氏が中央教育審議会の委員になったということは、一昨日も申し上げましたように、本年一月、いつか忘れましたけれども、私、新聞を見まして、二、三日後に、近
これは、私、全く存じませんでございます。
監督や連絡を受けている官庁の大臣までは、案内状を出して、祝辞をいただくように努力いたしました。当日は参議院の方が二、三見えたような記憶ですけれども、衆議院の方々は、政治情勢か何かで、内閣がかわるとかいろいろごたごたしたような問題があったということで、ほとんど皆さんが欠席いたしておりまして、あいにく政界の方はほとんど見えておりません。文部大臣とか通産大臣とか、そういう方々の祝辞の代読がありました。
お見えになりませんでございます。
私は、実は世間から非常に不精だと言われているくらいでございまして、私的のおつき合いというのはほとんどないのでございます。
この前、いつどこでそういうことを申し上げたか、ちょっと私記憶がないのでございます。
それはちょっと私失念いたしております。
池田大蔵大臣ですか。全然ありませんです。
間違いありません。
これは、教科書にいたしまして一時間一万二千冊刷れることになっております。これがかりに一日十二時間稼働いたしまして、一年約二百五十日と見まして、そのうち——これは専門的になりますけれども、版の組みつけ時間だとか、上げ下げの時間を約七十五日引くようになります。残りは百七十五日と見ます。そうしますと、結局年間に教科書にいたしまして二千五百万冊刷れることになっております。
供給の原則は、会社で直接やることを建前にいたしておりますが、なかなか全国の山の上から島まではできませんので、従って、特約供給所に特約をいたしまして、そうしてそれを代行させております。