国府にはアタッシェを出しておりません。
国府にはアタッシェを出しておりません。
私どもがその会談に全然関与いたしておりませんので、今、会談の内容あるいはその結論まで佐多委員は御承知のようでございますが、私どもはそういうことを確認いたしておりませんので、これに関しまして私どもがいろいろな推測をいたしますることは、先ほど申し上げましたように御遠慮申し上げたいと思います。
主として軍事上のことであろうと思います。
現在の規定におきましては、日本における米軍の配備、使用につきましては、実行可能と言えるということでありまして、私どもは実行不可能の場合は予想いたしません。
先ほど来私が申しておりますのは、現在の共同声明における米軍の配備につきまして、この声明に従って、実行可能な限り日本側と協議が行われるということでありまして、それまででございます。今後条約改正でどうなりまするか。その場合にどういうような協議をいたしますか、これは将来の問題だと思います。駐日米軍が、日本の基地で突然今お話のような攻撃を受けた場合におきましては、これは行政協定の規定によって行動されると存じます。
さようなことはあり得るのでございます。
渉外関係で遅参いたしましたことを初めにおわびいたします。ただいま新戦闘機につきまして、国民に非常な御負担をおかけするということでございましたが、これは私どもといたしましては、相当の部分米側の援助を得たいと存じておりますので、かりに一千億といたしますれば、それが全部国民の税金にかかるわけではございません。しかし、いずれにいたしましても非常な負担をかけるのでございますので、十分慎重を期して参らなければならぬと存ずるのでございますが、ただいま伊藤委員お話しの、ミサイル時代に、これから数年先にこの戦闘機が果してお役に立つかどうか、こういうことでございますが、先ほどお話のサイドワインダーはこれは空対空のミサイルでございまして、現在私どもが計画
F—86Fは、現在相当程度私は役に立ち得るものと存じておるのでありまして、しかし、日進月歩の時代でございまするので、私どもの今計画しておりますF11が、長い将来には進歩がしやしないか、こういう御心配でございますが、非常にF11につきましては、これをまだいろいろ開発あるいは発展させていく、相当将来性があるということも私どもは考慮に入れまして、これを国防会議に提案いたした次第でございます。
先日、当委員会におきまして、私どもがF—11に至りまする経緯を詳細にお答えいたしたのでございますが、そのときにも申し上げましたように、各種性能、特に多用途性とか、あるいは安全性、操縦性、所要滑走路長等の点から、私どもはF11F—1Fを国防会議に提案いたした次第であります。
業者の方から、もう現在生産をしておるものが、三十五年、三十四年でもうおしまいになるんだから、早くしてくれというようなことが、私どもの機種決定を急ぎました根本の動機ではございません。私どもといたしましては、防衛計画の上から次期戦闘機をすみやかに決定をして、その生産に入って、防空に空白を生じないようにということが、主たる私どもの目的でございます。
当時、私は在任中でございませんので、この問題を担当しています所轄局長からお答えいたします。
当時のこと私存じませんのですが、私就任以来の米軍側との折触した感じから申しますと、ある機種を向うの方で一つきめて、ぜひこれにせよというようなりコメンドをするような空気は全然ないのでございまして、いろいろ資料等についてこちらが連絡をしますれば、便宜をはかってくれるというのでありまして、私着任以来この機種を特にぜひやれというような積極的な米軍側から意思表示は私は聞いておりません。それからただいま私の方でいろいろ調査をしておりましたが、それを確かめるために、永盛調査団をやってみますと、いろいろデータ等にも食い違いがあった。特に私ども104A等につきましても非常な、その当時実際採用している上においても事故が多かったというような、向うへ参りま
種々の機種について検討いたしましたが、これを国防会議に私どもとして責任をもって提出しようとかいうようなことを決定いたしたことはございませんので、私どもはいろいろその間の検討はいたしましたけれども、私どもはF11F—1Fを国防会議に提出いたしますまでに、104とかあるいは100を私どもが採用をきめたという事実はございません。
先ほども申しますように、米側が機種につきましては、特定の機種を積極的に推薦したことはございません。あくまで日本側の独自の立場で最適のものをとるようにということで終始いたしておったと私は存ずるのでございます。104Aにつきましていろいろ私どもが調査をいたしまするときに、米側にも連絡を求めたことはございましょうと思います。これはあくまで日本の立場から調査をいたしたのでございまして、その調査の結果を確かめてみまするというと、いろいろな精密な数字のことでございまするので、若干の相違があったかもしれませんが、特に安全性という点につきまして、一つ慎重を期さなければならぬというふうに、私は永盛調査団の調査はあったと思うのでありますが、先ほど申しま
満州事変当時の国内と出先との意見の不一致という話がございましたが、私は米軍事顧問団は御承知のように米国防総省の指揮下にあるのでございまして、これが食い違った推奨をするとか、第五空軍がまた違った動きをするとかいうようなことは、私はなかったものと信じております。繰り返して申し上げまするが、特に機種の問題につきましては、米側として特定の機種を積極的に向うから、ぜひこれによれというようなことを推薦をいたしたようなことは、私の就任以来は一度もございませんので、いろいろ私どもが調査をいたします、研究をいたします資料の提供等については協力をいたしたと思いますけれども、さような食い違いから、本省と出先とか、あるいは第五空軍と顧問団とかいうものが、別
変っておりません。
民間会社から直接とおっしゃいまするが、そういう資料も私どもはむろん参考にいたしますが、会社には会社のやはり営業ということもございますので、その資料が米軍において、陸海空それぞれ検討いたしましたその結果等も十分参酌いたしまして、私どもとしては資料を整備いたしたい、こういうことで連絡をいたしておるわけでございます。
さようでございます。しかし今私がお答えいたしておりまするのは、今度の機種の選定につきまして、出先の軍事顧問団とか、あるいは第五空軍とかいうところが、特にある機種を積極的に推薦をして、ぜひこれにしろというような話はなかったものとお答えしているのであります。
私どもは永盛調査団が参りまして、その資料を収集するにつきましては、米当局と連絡もし、指導も受け、向うの持っております資料等を十分参酌いたしまして、その持って帰りました資料につきまして、私どもはいろいろ検討いたした次第でございます。
私どもが資料を収拾するにつきましては、十分な援助も得ましたし、連絡もいたしましたが、これを決定いたしまするにつきましては、先方に相談をいたしたわけではございません。