報告がおくれたとかそういうことじゃないと僕は思うんですよ、どうもその辺が言葉のレトリックというのか。 このリクルート社から後援会費をもらっておりました深谷隆司南陽会という後援会、この後援会の責任者はどなたでしょうか。
報告がおくれたとかそういうことじゃないと僕は思うんですよ、どうもその辺が言葉のレトリックというのか。 このリクルート社から後援会費をもらっておりました深谷隆司南陽会という後援会、この後援会の責任者はどなたでしょうか。
後援会全体の責任者はどなたなんですか、会計責任者じゃなくて。
責任者は深谷大臣ですよね、その南陽会の責任者は。ですから、事務方に指示したとか指示しないとか、事務方との認識が食い違っていたとか、報告がおくれたとかという理屈は成り立たない、そういうことをまず指摘をしておきたいと思います。 そうすると、深谷大臣、予算委員会であなたが発言したことは全部食言じゃないですか。違いますか。秘書やスタッフを集めて聞きました、これに関しては完全に問題ない、六十三年夏以降は問題ない、完全に問題ない、六十三年夏以前については私の知る限り特別な関係はありません。両方あったじやありませんか。食言ですよ。三月八日、三月八日の発言ですよ、これは。 海部第二次内閣が成立したのは二月二十八日です、二月二十八日。海部総理
自民党のけじめに抵触しないんだったら、何で自主申告しなかったんでしょうかね。中身が結果として抵触しないからいいんだという、そういう答弁ですよ、総理のは。しかし、総理としての手続は無視されているんじゃありませんか。総理は結果として衆参の国会議員並びに国民に向かってうその報告をしたことになっているんですよ。総理はそれだけ傷をつけられているんですよ、総理の発言の信憑性、信用について。それでも総理は官房長官の調査が余りよくできなかったからということですか。これは毅然として総理としてもっときちんとした対応をされるべきじゃないんですか。もう一度お答えいただきたいと思います。
同じ繰り返しになるんですよね。全然納得できないんです。 じゃ角度を変えてお伺いします。 昭和六十三年の七月にリクルート事件が発覚をした。それ以前の政治献金については、総理御自身もリクルート社から政治献金受けているわけですよね。これは神ならぬ人の身ですから、リクルート社がどういうことをするかということは予想がつかなかった、したがって企業献金の一環として受け入れた、政治資金規正法に基づいてこれを処理した、合法的な処理が行われている、職務権限はない、ですから、これは問題はない、こういうお考えなんだろうと思うんです。それはそれなりに、私たちと立場は違いますが、一応理解をいたしましょう。しかし、リクルート事件が起きた。国会であれだけ問
いや、党のけじめ、それは各党各党いろいろなけじめはありますからいいんですが、いわゆる国民世論として見たとき、そういう国会議員は失格じゃありませんか。私はそう思いますよ。 ところが深谷大臣は、六十三年の八、九、十、十一ですか、四カ月間にわたって深谷隆司南陽会という後援会が会費を受け取っていたわけですよね。会費を受け取っていた。したがって、まず深谷大臣の言いわけを全部横へ置いて、受け取っていたという事実を、これだけを見ますと、これは極めてまずいことですよ。しかし、そこへ深谷大臣は気がついたので、退会届を出してもらった。退会届を出してもらって、リクルート社を後援会から引いていただいた。退会届を出してもらった。しかし、じゃ何で十一月まで
ですから、一つは、六十三年の七月は、世上が騒然として、リクルート事件、国会もマスコミもそういう形で取り上げていた。リクルート社からあなたの後援会をやめたいという通知が来た。退会届を出してもらった。しかし、ミスで振り込みが十一月まで続いていた。その続いているということを気がつくのも非常に遅かった。十一月ですからね、もう四カ月たっている、八、九、十、十一と。普通だったら翌月気がついていいはずですよ、七月にあったのですから。それが十一月まで続いてしまった。十一月に気がついた。どうしようか、返そう。六十四年の一月に返した。これだけの経過が、重い事実経過が存在している。六十三年の夏以降、深谷大臣並びに後援会の人々の周辺においては、そういう事実
その答弁では全然、委員長、納得できません。これじゃ全然……。だめだ、この答弁じゃ。全然答弁になってない、こんなの。
まだこの問題終わってないんですよ、実は。もう一つあるんですよ、私が強く申し上げたいことは。 今申し上げたことは、忘れていたとか、認識が違っていたとか、報告がおくれました、こんな次元の問題じゃないということですよ。六十三年の夏、あれだけリクルート事件が大騒ぎになって、リクルート社から政治献金を受け取っていた、どうするか、恐らく関係の国会議員はみんなそれぞれの御心労があったと思うのです。どうしようか、やめよう、あるいは向こうからやめたい、退会届が来た。四カ月間誤って振り込みが続いていた、わかった、翌年の一月に返せ、返却した。こういう国会議員にとってもう忘れられない重い事実があったわけでしょう。忘れましたとか認識が違っていましたなんて
これはあなたが政治家として自分の倫理を立証するんですよ。こんなことは人に言われるんじゃなくて、これだけ問題になっているんですから御自分で出したらどうなんですか。それが普通じゃありませんか。委員長から要求があれば出しますよ、何か持って回ったような言い方をして。そういうことをおっしゃるのですか。納得できませんね、そんな。じゃ御自分で出す意思はないんですか。委員長から言われなければ、自分で出す意思はないと、こういうことですか。おかしいよ、これは。
六十三年夏、リクルート事件が発覚した。発覚後、リクルート社から後援会の会費あるいは政治献金あるいはパーティー券、何の形態にせよ資金提供を受けるということは、これは政治家として好ましくない、あるいは失格である。 深谷大臣の場合はどういう経過であったか、これは我々はつまびらかではありませんが、深谷大臣の説明によりますと、リクルート社から六十三年の七月に退会したいという申し出があった、これを受け入れた、しかし現実には六十三年十一月まで後援会の会費が振り込まれていた、これはリクルート社のミスです、したがって六十四年一月に返却をした、こう言うのですが、どうもその辺は普通の感覚では理解しがたい。リクルート社の方で退会したいと言っておきながら
それでは、退会届については、委員長に御一任いたします。後で協議していただいて、出す用意があるとおっしゃっているわけですから、やっていただけますか。
答弁、いろいろ納得できないこと多々あるのですが、じゃ今の問題を委員長にお預けして、次へ行きたいと思います。 総理、最近の世論調査によりますと、今回の総選挙でリクルート事件のみそぎは終わってないと、終わっているか終わっていないかという問いに対して、終わってないと答える方が非常に多数を占めておるわけでございます。新聞社とかマスメディアの媒体によってパーセントは違うのですが、大体七〇とかいう高率、高いパーセントでみそぎは済んでない、こういう国民の世論の反応があるわけですが、総理、こういう世論調査の結果について、総理は今どんなふうにお感じになっていらっしゃいますか、あるいはどんなふうに見ていらっしゃいますか。
その政治改革に取り組むことが再発防止と、こうおっしゃっているわけですが、総理の言う政治改革というのは何なのでしょうか。 海部第一次内閣発足のときも予算委員会で、私はここで総理に伺いました。どうも自民党歴代内閣の政治改革というのは、リクルート事件が起きてからの流れを宇野内閣、海部内閣、こう聞いていますと、リクルート事件が起きた。我々はとらえ方としては、リクルート事件というのは、リクルート社という一つの企業が自己の企業活動を有利にするために、法律の改正とかあるいは労働省の通達とか行政指導とかいうものを変えてもらう、そのためにお金を使った、ばらまいた、あるいは未公開株を渡した、いろいろな方に渡した。全部が全部職務権限はなかった。したが
この選挙制度という問題は、各党あるいは各国会議員にとって非常に死活的な利害を持っておるわけですよね。ですから、これはやはり時間をかけて議論をしなければならないテーマですよ。しかしリクルート事件が起きた。政治家と企業献金の癒着が問題にされた。政治資金規正法を改正するということは、そんな難しい問題ではないと思うのです。与党にそれなりの決意があれば、私はできるのではないかというように思うのです。それをなかなかおやりにならない。すぐ選挙制度のせいにする。お金がかかり過ぎるというのですが、お金をかけ過ぎている面もあるわけでしょうから、お金をかけられないように罰則を強化するとか、そういうことをきちんとしない限りは改革はできない。 それでは伺
次に、防衛問題をお伺いしたいと思います。総理と外務大臣と防衛庁長官に私どもの考えておることを一応お渡しをしておきます。 要するに、総理、世界の情勢は、米ソを中心にした東西関係というものは、これは根本的に変わってきた。ベルリンの壁の崩壊、あるいは東欧諸国の一斉の共産党の分裂とか、共産党離れとか、共産主義をとらないとか、こういう一連の事象。しかもヤルタからマルタ。米ソ首脳が冷戦終えんを確認している。世界情勢が大きく変わった。そういう中で前年度比六・一%も防衛費をふやす必要はあるのか。あるいはこれからの防衛力の整備に当たって、アメリカも千八百億ドルですか、防衛費の削減を三年ぐらいでやる、こうおっしゃっている。ソ連もかなり防衛費を削ろう
最近総理は防衛問題に関連して平和時の防衛力ということをよく発言されますね。ちょっとこのところ総理大臣が平和時の防衛力ということをおっしゃっていなかった。海部総理が総理になられてから本会議で随分この平和時の防衛力という懐かしい表現を伺っているんです。この総理の言う平和時の防衛力というのは、簡単に言ってどういう防衛力をおっしゃっているのですか。
平和時の防衛力というのは、昭和五十一年十月二十九日でしたか、今の「防衛計画の大綱」を閣議で決定した、その前後の五十一年六月の防衛白書あるいは五十二年七月の防衛白書、ここで平和時の防衛力というものをるる詳細に説明されているわけですね。平和時の防衛力、基盤的防衛力。基盤的防衛力構想あるいは「防衛計画の大綱」、平和時の防衛力、これは、そういう今の「防衛計画の大綱」の前提になっておる基盤的防衛構想、この基盤的防衛構想というのが平和時の防衛力という考え方なんですが、総理の言う平和時の防衛力というのは、この基盤的防衛構想、そして、この基盤的防衛構想が下敷きにあって「防衛計画の大綱」が生まれた。この基盤的防衛構想で言う平和時の防衛力、こういうふう
防衛庁長官にお伺いします。 「防衛計画の大綱」では、対処すべき侵略事態として「限定的かつ小規模な侵略」ということを言っております。これは今日の時点においても変わりないのでしょうか、どうでしょうか。
基本的には変わっていないという、何かひっかかる言い方をしますね。これが変わってしまうと大変なことですよ。 総理、冷戦は終わったというふうに日本政府は認識しているのでしょうか、どうでしょうか。