関東地方は徳川氏が江戸に築城いたしまして以来、徳川三百年の間ここに政府を持ったのでありますが、この徳川氏が江戸築城の場合には、全関東を自分のうちの庭のようにいたして、ここの開発計画をやったわけであります。箱根連山をうしろ山にいたし、利根川を自分の庭に引き入れて、そうして東京湾を箱庭の池にたとえてこの築城をいたしたのでありますが、それ以来、この都市集中の波に乗って、東京都に人口が集まっておるということだけに眩惑されて、いかにも関東地方が開発されているような錯覚に陥っておるのであります。ところが、実際にこの関東地方を見ますると、このくらい開発のおくれておるところは少いように思えるのであります。特に農業方面から見ますると、生産は非常に疲弊
