なくなることを希望いたしております。
なくなることを希望いたしております。
今までの問題点のあり方の一つは、やはり定義がはっきりしていないというふうに考える方々がおられたからだと思います。そういう点では、法制化されれば今までの慣習法に基づいたものではなくはっきりとしたものになるという点で、私は今までよりははるかに議論が易しくなると思っております。 ただ、先ほども申し上げましたように、子供たち、児童たちに対して教育をする上で、やはり戦前及び戦後の歴史についてはきちっと教えていかなければならないと思いますし、そういう点で教員の方たちもその歴史性をしっかり理解した上で指導していただきたいと思っております。
やはり校長先生が教職員の方たちとよくお話しになって、そういう状況が生まれてきたものと信じております。
たびたび申し上げますように、一般に思想、良心の自由というのは、それが内心にとどまる限りにおいて絶対的に保障されなければなりません。ただ、それが外部的行為となってあらわれる場合には一定の合理的範囲内の制約を受け得るものと解釈されているわけであります。したがいまして、校長先生が学習指導要領に基づいて法令の定めるところに従い、所属教職員に対し本来行うべき業務を命ずることは当該教職員の思想、良心の自由を侵すことにはならないと私は思います。 それからまた、今、日の丸を上げたからといって戦争に行こうなんということはだれも言わないと思います。我々は今、特にこの戦後は最もすぐれた平和な国を築こうとしているわけです。その平和な国のシンボルとして今
たびたび同じことを申し上げて恐縮ですけれども、思想の自由、良心の自由というのは、それが内心にとどまる限りにおいて絶対に保障されなければならない、これはもう先生と私は一致した考えだと思います。しかし、それが外部的行為にあらわれるというふうなことになれば、やはり一定の合理的な判断をして、それが制約を受けるということはあり得ると思うんですね。その点について先生と私の意見が多少食い違っていると思いますけれども、思想の自由とか良心の自由を守ることは重要なことだと思います。 ただ、今我々が持っている学習指導要領というのは、決してそういうふうな、当該の教職員の方たちの思想や良心の自由を侵すことにはなっていないと判断いたしております。
学習指導要領にのっとって楽しい卒業式や入学式をやってくださることは結構でございます。ただ、今、御手洗局長が申し上げましたように、ある一定の条件はあると。その条件を満足していただければ、そして余りやかましくてもだめでしょうが、やっぱり静粛にやる。そうすれば、私はいろんな工夫があり得ると思っております。
たびたび同じような御答弁になって申しわけありませんけれども、入学式や卒業式は新しい生活への展開の動機づけ等を行う機会でございまして、その意味で厳粛かつ清新な、そして私は子供たちをお祝いするという意味で温かい雰囲気、楽しい雰囲気をつくり出すよう工夫することが大切だと思っておりますが、その具体的な実施方法につきましては、各学校、校長や設置者である教育委員会の判断にゆだねられているところでございます。 その際に、具体的な実施方法については地域や学校の実態に応じて創意工夫することが大切であると考えておりますが、最終的にはやはり責任者である校長の責任において徹底する必要があり、その際に学習指導要領に基づいて行うということがあろうかと思いま
現在も音楽の教科書において、君が代につきましては、歌詞が古歌に基づいているということを記述しておりますし、教えていると思います。 そういう意味で、現在でも君が代の意味はどういうものか、古歌から始まって、どういう解釈をしていたかとか、そういうふうなこともちゃんと入っております。 もちろん子供の発達段階で君が代というのは教えなきゃいけないと思います。アメリカで私がびっくりしたのは、非常に若いというか、本当に小さな子供たちはすぐにアメリカの国歌を歌っていなかったと思います。ほかの歌を、イギリスの歌であったかとすら思うくらい違うのを歌いながら、だんだんとアメリカの国歌を教える。かなり難しいですから。 日本の場合、ほかの歌を歌うこ
今回、学習指導要領を改訂をいたしました。そこでは、国旗や国歌の取り扱いに対することを一層充実していくことになっております。これで、新しい指導要領に基づきましてきめ細かい国旗や国歌の話を教育していくことになると思います。 私、一言申し上げたいのですけれども、内心の自由でございますが、私も戦争中に、中学校のときに校長先生と教頭先生にひざ詰め談判に遭いまして、幼年学校へ行けと言われました。それからその次に、陸軍は嫌だと言ったら、翌年になって予科士官学校ができたからそこへ行けと、海軍ならいいんだろうと言われました。拒否しました。そのことは決して楽なことではなかった。私は断固として拒否しましたので、本当に内心の自由をきちっと持っている子な
確かに日本が戦に負けたときに、戦前のこと、戦争中のことをもっとはっきりと反省する必要があったと思います。ですが、私は、反省に基づいて新憲法がつくられ、それに基づいて平和を志向する日本人が生まれ、そして今日の繁栄に導いてきたと。こういう意味では明らかに、今御指摘のような問題はもちろんありますけれども、我々日本人は戦争ということに対して極めて真剣に反省をしている、そしてその上に新しい憲法をつくって、もうこれからは絶対戦争はしない、特に他国に兵を進めるなんてことは絶対しないということを考えて今日を築いてきていると思います。 ですから、そういう意味では、御指摘の点はわかりますけれども、やはり十分我々日本人は考えて今日まで来たと思います。
まず、極めて短い楽曲でございますが、日章旗のイメージを的確に歌い上げていて、しかもリズムの点で大変歌いやすいと思います。小学生にとっても無理なく歌えるところから、極めて親しみやすい歌であると考えております。 私自身も、小学校に入りましてすぐにこの歌を勉強いたしまして、その後、親しんでいるところでございます。
私も、ちょうど先生がイギリスにいらっしゃったころアメリカに参りまして、それ以後、外国から日本を見直すという立場をずっととってまいりました。何回となく私は、アメリカ及びヨーロッパで、アメリカの場合は終身雇用をされましたし、ヨーロッパの国からは招待を受けたことがございますが、常に断って日本に戻ってまいりました。その理由は、日本の文化というのは極めてすぐれているということが一つでございます。それに、私自身も外国にいて初めて日本のよさをしみじみと悟ったということもありますけれども、日本のよさがある、これは明らかでございます。 そういう意味で、今の日本のさまざまな面で自信を喪失しているということは先生御指摘のとおりでございますけれども、文
先生おっしゃられたとおりでございましたし、今、官房長官がお答えになられたとおりのことを私も考えております。 やはり戦争ということは大変いけなかったと私は思っております。いろんな理由はあったと思いますが、あらゆる手段を尽くして、一種の理想論かもしれませんが、戦争を避けるべきであったと今思っておりますが、起こってしまった事実ということはきちっと厳粛に受けとめていかなければならないと思っています。そして、今後絶対戦争というものをこのアジア地区で起こすべきではないと、こう考えております。そして、特にいろいろ戦争中に御迷惑をかけたアジア諸国と日本と共存共栄の道を歩んでいかなければならないと強く思っておりまして、私自身も多くのアジア諸国の留
先生今御指摘のように、去る三月二十五日に行われました第七十一回選抜高等学校野球大会の開会式に私も出席いたしまして、文部大臣の祝辞を申し述べた次第でございます。この大会におきましては、高校生主役の開会式の一環といたしまして、史上初めて高校生による君が代の独唱が式次第に取り入れられまして、私もその場でその歌を、君が代を聞きましたけれども、極めて厳粛な雰囲気の中で、しかもこの高校生は大変美しい言葉、美しい歌声で歌いまして、私も深く感銘を受けました。こんなに君が代というのはすばらしいものかなと思った次第であります。また、昨年の夏出席させていただきましたが、全国高校野球選手権大会では、例年の大会と同様に君が代吹奏によって国旗を掲揚しております
国際化が非常に進展する中でございますので、広い視野を持って異文化を理解しこれを尊重する態度や、異なる文化を持った人々とともに協調して生きていく態度を育成しなければならないと思っております。そういう中で、先ほど御指摘のありました、我が国の歴史や伝統、文化などについての理解を深める、国際社会で主体的に生きていくことができる資質を養成することが教育の上で極めて重要だと思っております。 そういう意味で、日の丸・君が代を初め、諸外国の国旗や国歌に対する態度、マナーをきちっと教えていくべきだと考えておりまして、このため、地理や歴史、公民、外国語等々の各教科で、外国の国歌・国旗及び日本の国歌・国旗に対して十分教育を行っております。そしてまた、
先ほどの御質問にお答えする際に、ある程度今の御質問に対するお答えも申し上げたかと思いますが、やはり日本は随分国際化いたしました。そういう意味で、日本人は非常に多数の人々が外国に行く、あるいは外国人が日本に大勢来るというような時代でございますので、繰り返しになりますけれども、国際化が進展する中にあって、広い視野を持ち、異文化を理解しそれを尊重する態度や、異なる文化を持った人々とともに協調して生きていくという態度を育成していかなければならないと思っております。 その際に、まず日本の歴史や伝統、文化などについての理解を深め、誇りを持つ、そして国際社会で主体的に生きていくことができる、そういう資質を養成することが極めて重要であると思って
御指摘のように、オリンピック憲章におきましては、開会式では選手団の旗とともに行進する、閉会式では選手団の旗手の後に続いて行進する、表彰式では優勝者の所属する派遣団の旗が掲揚され、派遣団の歌が演奏されるというふうに規定されていると承知いたしております。 これは、オリンピックへ選手団を編成し派遣する国内オリンピック委員会、NOCと呼ばせていただきますが、NOCが必ずしも国家に一つとは限られておりません。例えば、香港あるいはグアムなどのごく一部の地域等についてもNOCが認められていることなどから、このような場合に配慮して規定がなされたものと承知いたしております。 しかしながら、オリンピックにおいては国家の単位で選手団が編成されてい
先生の御指摘のとおりでございます。 これからの学校教育におきましては、日本人としての自覚とともに国際的な視野と経験を身につけ、二十一世紀の国際社会の中で世界的に貢献しつつ、主体的に生きる日本人を育成していくことが極めて重要でございます。 このため、教育の直接の担い手である教員につきましては、日本人学校等への派遣や教員海外派遣事業などの海外における研修を行い、我が国の国際理解教育を推進する中核となる人材の養成確保に努めているところでございます。これらの実際の国際体験は、教員が国際理解を深め、国際性を養うとともに、我が国の歴史、文化につきまして認識を一層深めるよい機会であると考えております。 先ほど申しましたように、外から日
学校における国旗・国歌の指導は、児童生徒に我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗や国歌に対して同様に尊重する態度を育てていくものでございます。こういう点から、学習指導要領に基づきまして校長、教員は児童生徒を指導するものでございます。 このことは、今先生御指摘のように、児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではございません。あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくことを意味するものでございます。 今回の法制化は、国旗・国歌の根拠について、慣習であるものを成文法としてより明確に位置づけるものでございまして、学校におけるこれまでの国旗・国歌の指導に関する取り扱
国旗・国歌につきましては、学習指導要領において「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」とされておりまして、校長、教員はこれに基づいて児童生徒を指導するものでございます。このことは、今お答え申し上げましたように、児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではないということを繰り返し申し上げておきたいと思います。 したがいまして、学校における教育のあり方といたしましては、国旗・国歌の指導に従わない児童生徒がいる場合にも、あくまでも教育指導上の課題として受けとめまして指導を進めていくという態度が重要であると思っております。 今御質問の入学式、卒