非常にこの圧迫感が強く、自由にどうも発言ができそうにないので、議長にその警察権の退去を一つ求めたいと思います。どうですか、議長、警察をのけてもらえませんか。
非常にこの圧迫感が強く、自由にどうも発言ができそうにないので、議長にその警察権の退去を一つ求めたいと思います。どうですか、議長、警察をのけてもらえませんか。
その前に、非常に強迫感を持ち、威圧感を持っている。自由に発言させる気持で退去してもらえませんか。
何よりも私は、警察がいるので非常に強迫感を……(笑声、「笑い事じゃないよ」と呼ぶ者あり)自由な討論はなかなかできそうにはないのです。こういう事態を引き起していること、それ自身が芥川君、またその背後にある議長や、こういう人たちの信任をできないという、昨晩同僚の江田君から事務総長の不信任案が出た。これは、私は賛成します。表面上は、いろいろこの間から重なっておって、事務総長としての信任、これはできません。これはもう皆さんごらんの通りであります。加賀山君、何とかいう、文教委員長ですか、問題があるからということで問責決議案を出そう、一方でそういう相談がわが党の代表によって行われておるときに、副議長を使嗾して、そうしてあのようなやり方をやる。こ
守られて何事かを遂行しようとし、そうして暴力をもって国民の自由を奪おうとしておる。反省しませんか。反省するならば芥川君の不信任案に賛成することをもってこれを実現しなさい。このような議事の運営は、あなた方は率先して指導せられておるのです。国会には議運という、一つのやり方をちゃんときめておるのでありまして、議運を持ち得ずして、議長の職権をもってやるということは、これは民主主義でしょうか。子供でもわかるでありましょう。何のためにそういうことを強行しておるのでありますか。そういうことを強行するからこそ、もんちゃくが起きるのではありませんか。
教えておるのです。(拍手)このようなことを諸君が喜んでやっておるが、その議長がどういうことをやって参りましたか。自分自身の自主的な考えでこの議会の運営をやることができないで、ただ議長職権とはいうものの、背後の諸君のあやつりによって仕事をしようとするから、どじばかり踏んでおるではないか。そうして失敗をすれば、反対党の暴力であるとか、狂暴だとか、何を言っておるか。そういうばかげたことをおやめなさい。そうして夜も寝ないでこういうことをやることもやめなさい。諸君は今……(「時間々々」と呼ぶ者あり)
清瀬君を呼んできておって、何をやる。言わずと知れた、暴力でもって、あの教育法を今無理やりに上程しようとしておるじゃないか。それは国民の意思によってではなく、警察権を乱用して、(「時間」と呼ぶ者あり)そうしてこの法律を作り上げようとしておる。今まで数々の反対があった。それは言葉であったが、諸君は今実行、行動によってこれを行なおうとしておるではないか。(拍手、「時間」と呼ぶ者あり)あらゆる反動立法のうちでも、最も悪質であるこの教育法、私は諸君に対して、まじめに真剣に訴える。(「降壇々々」と呼ぶ者あり)それは諸君だけではなく、諸君だけのことは捨てて、自分の子供、自分の孫、そうして日本の将来のために、もう一度胸に手を当ててゆっくり考えて、そ
きのういろいろお伺いしたのですが、結局きのうの話では私どもとしては、こういう調査会の必要はないと、こう考えておるわけです。なぜなればあなたのおっしゃる民主主義と、平和主義と人権尊重のこの原則というものを守るということになりますれば、現行憲法においてこれを改正する、再検討をするというような具体的な問題はないように思うのです。そこではなはだ恐縮ですが、もっと具体的に現行憲法のどこの所をどういうようにやろう、そういうお考えを具体的に今述べていただきたいと思うのですが、たとえば今の民主主義と平和主義と基本的人権の尊重の原則、これだけを確立しているならば、具体的にこの条文についてこういう所はこうだということは言えるはずだと思っておるのですが、
前文についてのなんですが、前文が翻訳調である。これはやはり構文上の問題などは、実は憲法を改正するという問題の中には入らぬと思うのです。ただ消極的であり他力本願的であると、こう言われておりますが、大体この軍法はどちらかというと、国連集団安全というところに問題があるのであって、従って日本だけで独自でという面だけではなく、やはり国際的に今後緊密にしかも互いに相寄り相助けていく、こういうのが基本的になっておるのであって、それをただ他力的なという一面的な面だけでは、これは割り切れないのじゃないか。なおさら今われわれのやらんならぬことは、全体としての集団安全保障というか、そういうようなものをこれを基礎として進めていくことに努力せにやならないのじ
今お話のように私の根本的な考えに御同意されるならば、この前文を他力本願であるから書き直すんだということにはならぬ、消極的であるということにはならない。ただ日本、たけがひとりよがりをやろう、こういう面からいけば消極的に見えるし、他力本願のようになる。こういうように私は思うのですが、こればあなたのお考え方とこちらの考えとは根本において違うかもしれませんが、私はそうは増えません。今日本が立っておる地点というものは、どうしても片一方に片寄っているのでありますから、国情に即した……、現在の国情に即しておるといえば、この憲法があるいは障害がある。やはり私どもはそうでなく広く世界の集団というものの正義のつながりによって日本も生きていくんだ、こうい
力の均衡であると言われますが、そうすると、わが日本がこの場合力の均衡ということには、具体的にはどういうように考えられればいいのですか。
力の均衡の上に立って、日本がみずからを守る白御方を持つということでありますが、どのようなだけを持てば力の均衡につまり即する状態になるのですか、その白御方というものが。
その限度というのは、具体的に言えばやはり今は原爆が日本に落されたのは御承知の通りであります、そうすると日本でもやはり原爆を持たなければ均衡がとれないことになりはしませんか、その点はどうですか。
しかし相手があるように今あなたおっしゃるから私も言うのだが、力の均衡と言えばやはり相手がある。この相手と均衡をとれるだけということになれば、具体的にはほかで原水爆を持っておればこちらも持たなければ均衡がとれない、こういうことだと私は思うのです。これは誰が聞いてもそうじゃないですか。今のお話では力の均衡の中には入らない。それでは力の均衡はとれない。従って平和を維持することはできない、こういうことになりますね。
私は平和について今お話を承わっておるのでありまして、恒久平和をわが国が念願し、それを確保しようとするには、あなたは今、力の均衡によってこれを確保する、こういうお考えだ、こう言われるので今お尋ねしておるのであります。それはすなわちこの憲法の中心のつまり基本的な平和に関する考え方、また事実になるだろうと思うのでお尋ねしておるのであります。で、あなたのおっしゃるようにすれば、日本の平和を確立する、日本の建前として確立するのには、力を持つ、それが平和を確立することができる、平和をもたらすことができるのだという根本の立論になっておるわけであります。ですから私はそれを具体的にお尋ねしておるのであります。あくまでもみずからを守るだけの自衛力、これ
一致はしておらぬようであります。 さらに進んでお尋ねいたします。
その問題は、非常に重大な根本的な問題でありますので、まあ皆さんにも非常に意見もあり、質疑もあろうと思うのですが、私は私なりにこの問題を一つお尋ねしようと思うのです。 実は、ここに書いてあります「人間相互の関係を支配する崇高な理想、」こういうように書いてある。そうしてこれを「自覚」して、「平和を、愛する諸国民の公正と信義に信頼」する、こう書いてありますことについてですが、これがどういうように御解釈になっておるのか。それによってこの憲法にいわれるところの恒久平和というものが明らかになる、こう考えますので、この点を一つ、どういうようにお考えになっておるかをお尋ねしたいと思うのであります。
私のお尋ねしておるのは、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」、こういうことをどう理解しておられるか、具体的に……。 それからもう一つは、「諸国民の公正と信義」、これをどういうように御理解になっておるか。これをお尋ねしておるのです。
どうもあまり、あなたのおっしゃることが私の尋ねておることと離れております。「人間相互の関係を支配する崇高な理想」、こう書いてある。この内容についてのあなたのお考えを私はお尋ねしておるので、ただ、ここに書いてあります通りでありますというのでは、ちょっとそれは御答弁にならぬ。 それからもう一つ、「諸国民の公正と信義」ということも、これもあなたはどういう解釈をしておられるかということによって、おのずから「恒久の平和を念願して、」と、こう書いてある文字が、内容が生きてくるのではないか、こういうつもりで、おそらく私のお尋ねしておる中からは、力の均衡だとか、自衛力を持っていいということにはならぬのじゃないかと私は考えておるので、(「その通り
そういう御答弁をなさる。そうしてこの憲法を改正するために調査会を作る。それが私は、非常に危険ではないかと、こう考えておる。いわゆるこの「人間相互の関係を支配する崇高な理想」というのは、当時ミズーリ号上で、日本に占領に来たマッカーサーが宣言した一言葉をあなたは御承知であろうと思いますが、私はこの全部を礼賛するわけではない。けれども、その中に人格の尊厳という言葉があったと私は記憶しておる。やはり賢明な山崎さんもそれを御承知であると思う。私は、だいぶ長くなって、このごろ物忘れして、物覚えが悪いから、あるいは間違っておるかもしれぬ。あの中に人格の尊厳という言葉が私は明らかにあったと思う。いわゆる人格の尊厳ということが人間相互の関係を支配する
これを御承認になれば、人格の尊厳とは具体的にはどういうことだと、それをお尋ねしましょう。