お答え申し上げます。 関西新空港の計画そのものが基本的に考えられましたのは、さかのぼって三十年の終わりごろからぼちぼち検討が始められておりました。しかしそれが実質的な議論としてまとまり始めましたのは四十年代の半ばごろからでございます。その理由は二つございました。一つは、関西地区における空港の需給関係、これを見ました場合に、現在の大阪空港のありようからいってこれを拡張するとかいうふうなことはとても考えられない、そうだとすれば今後日本を代表する一つの大きな地域であります関西地区の空港というものをどうするべきであるかという点からのアプローチがございました。もう一つの考え方は、ただいま前段の先生の御質問にもございましたが、現在の伊丹空港
