B52が全部その主体であるというわけでもありません。御承知のように日進月歩で、52の中にもだいぶ変わったのがありますから、全部とは言いませんが、それが主体勢力の一部ではあるということが正しい意見ではないかと私は思います。
B52が全部その主体であるというわけでもありません。御承知のように日進月歩で、52の中にもだいぶ変わったのがありますから、全部とは言いませんが、それが主体勢力の一部ではあるということが正しい意見ではないかと私は思います。
B52のそれを私は否定したわけじゃありません。B52も日進月歩であると同時に、B52の中に各種類があるということを私は申し上げたわけで、52全部が主力勢力だという時代じゃないと、私はかく申し上げたわけです。その中には各種の改造が行なわれる、改装が行なわれる、変化しているということを私は申し上げたわけで、そう石橋さんの意見を否定したわけじゃありません。
ちょっとハウンドドッグというのを私知りませんから、政府委員から答弁させます。
石橋さんも御承知のように、アメリカの戦略空軍の内容は、全部が全部核弾頭ばかり装備しておるわけではありません。核も積めるけれども、その他の任務にもついております。それは御承知のとおりだと私は思います。したがって、そのランチャーの一部分だけをおっしゃれば別だが、B52が、それをはずせば性能がゼロだというわけではない。したがって、それが有効であるかどうかは別としてゼロではありません。その他新型のHでもそれ以外に使っております。したがって、専門のものだというわけではありません。そのランチャー一つをとって言うならば、これは核を積む、これは爆弾を積む、これは普通通常兵器を積む、各種のものがあるのであります。したがって、今日私たちはその解釈をここ
今度のは、日米間の共同の問題じゃありません。したがって、われわれは戦略戦術上の参考として、常に米軍の動きをできるだけのことはとっております。しかし、今度の問題を直ちにどうこうという判断は、日本に何ら責任と関係のないことであります。しかし、やはり日本の防衛については、常々接触と関係にはわれわれは関心を持つべきだ、こう思います。しかし、作戦そのものに対しては、私が批判する権限も権能もありません。
いままでにB52が編隊で来たことはありませんが、単機あるいは数機で飛来したことはございます。
まだ命令した段階じゃございません。
私の構想はこうだが、諸君がこれについて意見があれば申し述べよということだけ出題として出してあります。
第三次防は、いまのままでいきますと四十二年です。したがって、四十二年から三次防が始まる。一次、二次をやってみると、ややもすれば断層ができるから、その断層を埋めるようにすることが長所である。そのためには二次防の最終年度である四十一年を三次防の初年度にすることのほうが円満にいくのじゃないかというのが私の構想です。また短所としては、今日まで作業したものがなかなか急には作業しにくいというのが短所であります。長短合わせて検討を今日させるというところまでいっておりませんので、部内で意見があれば私に申し出ろというだけであります。
私は申し出を聞いておりません。善意に解釈すれば、そういう話を一担当官が防衛庁の担当官に会って雑談をしたという程度の話を聞いているわけで、私が直接権威のある筋でこの話を聞いたわけでもありません。したがって、返事もしておりません。私の構想とは何ら関係はございません。
三次防を決定するなら、まず部内の構想を固めて、国防会議にはかって、そして決定をする、これが三次防としての権威を持ち得るであろうと私は思います。手続はそういう手続であります。
先ほど話しましたように、まだ部内の関係局、関係幕から私のところに意見を言ってきませんので、おそらく混乱しているところもあるだろう、研究しているところもあるだろう、長官、いいなと思っているところもあるでしょう。まだ言ってきません。したがって、その返事を見て、作業が間に合うかどうかということを考えなければならない。ことにことしの予算編成は、大蔵大臣が言われたように、八月三十一日までに概算要求を出せといいますと、あと一月しかありません。その辺に少し私のほうはタイム・リミットがむずかしいなという感じも実は持っております。そう御心配なことはありません。
先般の三矢小委員会においての結論は、三点ございます。 第一点は、この図上研究の性格は何であるか、第二点は、三矢研究が行き過ぎではなかったか、第三点は、シビリアンコントロールについて問題点があるのではないか、この三つが結論でございます。したがって、その後においては、この結論に従って政治介入の疑いがないことを今後必ず自衛隊は守ると同時に、私も就任以来それに心を尽くしております。 第一点の図上研究の性格とは何ぞやというのは、当初出ました状況とは、審議の内容においてはおのずから解明をされまして、そんな不穏なものではないという一つの結論が出ております。 最後に残りますのが、今後の運営についてシビリアンコントロールに間違いなきや、足
最後の実は締めくくりと申しますか、最後の今後の問題として残りましたのが、自衛隊の実態を把握するため何らかの専門的な委員会を設けるべきであるという点で自民、社会、民社の各党とも意見の一致を見た。これが最後の実は結論でございまして、何らかの専門的な委員会というのが、最大公約数になっております。そのときに、自民党からは防衝常任委員会の主張が出ました。社会党からは自衛隊に関する調査特別委員会という提案がございました。民社党からはどちらにもよらないから、委員会、まん中をとって委員会というのが出ましたので、最大公約数は、何らかの専門委員会というのがこの結びになっております。
当法案の内容は、定員の千五百人の増と予備自衛官の三千人の増であります。伊能委員のお尋ねのとおり、予備自衛官をどの程度にすればいいかという定義は、なかなか結論は出にくいかと思いますが、しかし、常識的に考えて、予備自衛官というのが日本の場合は二割くらいまでは最高期待されるのじゃなかろうか。私たちは、何も数の多いことを望むわけじゃございません。しかし、総体的に、日本のような少数の現役自衛官によって国を守るというには、おそらく予備自衛官というものが第二のささえとならなければ防衛の全うはできない。しかもなるべく経費を安くというなら、おのずから現役を少なくして予備自衛官をふやす傾向にある。これが少数精鋭ということばに通ずるかもしれません。今日は
日本のような防衛だけを主目的とする防衛ということに考えますと、やはり外国から来るものを防ぐ、防ぐにはどうすれば最高の性能があげられるか、かく考えてまいりますと、諸外国の兵器、兵力が近代化するにつれて、日本の防衛力もそれに対抗するだけの防衛の任務を全うしなければならない。かく考えますと、ナイキ及びホークというものは、防衛として唯一の兵器である、また近代戦に対抗し得るものである。国の守りをするならば、やはりこういう近代的なものを持つことが最善の道だ。これなくして今日防衛をやれというなら、不可能じゃないかとさえ私は考える。もちろん自衛なんですから、われわれ自衛の兵器に限定するならば、ナイキ、ホークというものの増強をしなければならないと私は
第一次防衛計画、第二次防衛計画、今度が第三次になりますが、これをやってまいりまして、一次、二次の中において一番大きな問題は、年度別にこれを区切った。しかし、防衛力は、年度に区切れるものはほとんどございません。継続的行為でなければ、防衛の増強はできない。計画は年度別、実際の動きは継続的になる。この二つが常に、一次、二次の実は反省といえば反省であると私は思います。そこで、何とか二次と三次をつなげる方法はないだろうか。ぽっきり予算が切れるようなものでは、なかなか実際に合わない。そこである国においては、やはりこれをつなげるように継続的にリンクして、輪のようにいくところもありますし、どこでもいろいろな長所短所はあると思いますが、日本の場合は、
空については、大体本年度予算においてそうむずかしい大きな幅なしに完了できると思います。海については、四十一年度予算をいまから要求しますけれども、なかなか全部の消化はむずかしいじゃなかろうか。最後に残りますのが、艦艇のトン数で五、六千トンぐらいは、四十一年になかなか組み入れにくいんじゃなかろうか。要するに、御承知のように、来年は昨年予算の三割増しという程度が一応閣議できめてあります。三割増しの中でいろいろやりくりしてみますると、船が非常に残るんじゃなかろうか。それから陸で少し残ります。陸では人員の補充が少し残るんじゃなかろうか。この辺で進捗状況が、大体人員が八千から一万人実は問題点があるんじゃなかろうか。船で、五、六千トンの艦艇が残る
国防会議の議を三次防においてはやらなければいけません。もちろん同時に、二次防の結論も報告しなければなりません。これはあわせて行ないたい。高瀬委員のおっしゃるように、混乱といわれると、確かに混乱もあります。私の構想については混乱があります。しかし、長所もありますので、混乱と長所をどう調整しようかというので、実は各幕が局内で一生懸命やっておるわけで、確かにおっしゃるように私の構想には混乱が付随します。しかし、長所もあるのだ。この二つが今日両立しておると、率直に申し上げておきます。
仮装敵国というものは、それは正直に申してありません。ただ、演習をするのですから、演習の場合は、白軍、赤軍、敵、味方というものは、味方同士でもつけなければ演習になりません。その意味で相手方というのはあると思います。しかし、それは敵国をどこの国と特定するものはありません。ただ三矢研究のときに問題になりましたのは、地図の上で、この国へ入るならこれはとこの国じゃないか——アジアの地図を広げまして、ここに来たときはどうだという矢じるしがついております。ここに来るといえば、相手の国はこの国じゃないか、これは仮装敵国じゃないかというのが、実は議論の焦点になりました。それは地図をさせばおのずから、千島はどうだとか、いや沖繩はどうだとか、小笠原はどう