全くございません。
全くございません。
総理に事前にお話ししたことも、事後に報告したこともございません。 と申しますのは、それは、前の年の九月に総理から明確に、獣医学部新設の解禁を早急に検討していきたいという大きい御指示が出ておりましたので、その枠の中でどうしていくかというのは当然秘書官としての業務の一環だと思ってございますので、それが総理のところに上がるのは、最後の成長戦略のところで十四項目の特区の重点事項を上げるプロセスでその話をする、ただし、具体的な話はまた更に先でございますので、この時点で総理にそのようなことを御報告する必要は全くなかったという判断でございます。
私がいたときは、特に総理は、できるはずがないと思っていたような岩盤規制に穴をあけるんだという強い決意をおっしゃってございました。そういう中で、この民間議員の提案に対して、五十年来新規参入が認められていなかった獣医学部の新設も検討すると総理がおっしゃっていたわけでございます。 そういうことで、私としては、具体的にどの案件にするというのは関心の外でございまして、この制度をどうするのかということが、当時の制度論が関心でございました。 実際、それで、私が官邸を出る二十七年の六月に成長戦略の中で検討の方向が打ち出されまして、結局、制度論が決まったのが、私が出てもう一年以上先の二十八年の十一月と承知しておりますし、個別事業者の選定は、更
全くございません。
総理に御一緒した際に、加計学園の方とお会いしたことがございました。その後、平成二十七年の二月から三月ごろに一度、官邸にアポイントをとって来られましたので、そのときにお話を伺いました。そして、同じ平成二十七年四月に、今話題になってございます面会をさせていただきました。それで、その後、今治市が戦略特区の提案を出すということをお話しに一度来られたという記憶がございます。 以上です。
まず最初に、申し上げ忘れましたけれども、申しわけございませんが、私の国会の答弁をきっかけとして大変御迷惑をおかけして、申しわけございませんでした。これは、与党も野党にもどちらにも御迷惑をおかけしましたので、おわびをさせていただきたいと思います。 その上で、お答えさせていただきます。 その意味で、官邸でお会いした三回は覚えてございます。それ以外はちょっと覚えが、官邸でお会いした覚えは、それ以外はございません。
私が記憶していますのは、一度ゴールデンウイークに、総理の別荘が河口湖にございまして、そこにお供をしたときに、たくさん総理の御親族の方や御友人の方が集まっておられまして、そこで、総理の御自宅というか別荘でバーベキューなどを、これはいつもよくやってございますけれども、やったときに、加計学園の理事長さんと事務局の方がいたという記憶がございます。それと先ほど申しました官邸でお会いした三回と、私が総理秘書官時代、お会いした記憶は以上でございますけれども、それ以外にお会いしたかどうかは、ちょっと今覚えているものはございません。
その当時、私、ちょっと首を痛めてからはやらなくなりましたけれども、そのころ、お供をしたときには御一緒に、総理が大体友人の方たちとやっておられて、秘書官は緊急連絡要員ですので、その後のパーティーで追っかけていくということがありましたので、多分そのときも、バーベキューを前の日にやって、翌日ゴルフをやって、いつものように総理がやっておられて、そのパーティーの後ろの方で秘書官たちでついていったということだと思います。
多分、ちょっと首を痛める前だと思いますので、そのころであればしていたと思います。
これは、総理の御友人がいる場合でも、総理と秘書官などの内輪の場合でも、私自身がお支払いしたことはございませんので、総理の関係で処理をされているというふうに思います。ちょっと私はわかりません。
ないと思います。バーベキューとかを会食と言えば会食でございますけれども。
それは私は総理側の御負担だと理解しておりましたので、それを私に聞かれましても、それは総理と招待したお客さんの間でどういうふうになっているかということでございます。聞く相手が、私ではなくて別の方だと思います。それはちょっと委員会で、理事会で御議論いただければいいと思います。
私にはわかりませんので、それはしかるべきところに聞いていただければと思います。
私、総理秘書官になりまして大変違和感を覚えましたのは、本当に外の話が聞けなくなる、だんだんもう、自分は世の中からどんどんずれているんじゃないかということを強く思いまして、できるだけ、外の方からアポイントがあれば時間が許す限りお会いするようにしていました。別に総理の親友だからということではございませんで、私は、都合がつく限り、どなたであってもアポイントのあった方はお会いしたというふうに覚えております。
アポイントの申入れがございませんでしたのでお会いしてございませんし、京都産業大学というのは、多分、私がいたときには全くなかったのではないかと思います。
特に、お会いしている方が特区を目指しているのかどうかということで区別してお会いしているわけではございませんので、わかりませんが、特に特区の提案者ということでお会いしたことはないと思います。
私は、お会いするときには、特区の案件だからとかそういうことではお会いしていないので、広く、アポイントの申入れが政府の外の方からあればお会いしているようにしましたし、実際、特区の申請者の中で、これは事後的にわかることですけれども、特区にかかわった中でアポイントの申入れがあったのはこの件だけだったので、そういうことになったということだと思います。
最初にアポイントが来たときは、上京するのでお会いをしたいということで、と思いますので、それで……(発言する者あり)いやいや、それは、お会いしたいということでしたので、お会いをしました。 二回目は、二回目も用件を言われていたかどうかの記憶はありませんけれども、それは一回目に獣医学部の話を、二月から三月に、一回目にお会いしたときにされていましたので、この四月のアポイントのときは、特に向こうが申入れのときに言っていたかどうか記憶はありませんけれども、まあ、この獣医学部の件で来られるんだろうなというふうには思ってございました。
恐らく同席していたと思います。
平成二十七年の二月から三月に官邸にお越しになったときにこの獣医学部の話をされていまして、そのときに、これは、このときは国家戦略特区ではなくて構造改革特区として今治市が申請しているということを加計学園の方がおっしゃっていましたので、その時点で、加計学園は獣医学部の新設というのを今治市と一緒にやろうと考えているんだなということを認識しておりました。