ちょっと、そこの、そういった記憶はちょっとございません。
ちょっと、そこの、そういった記憶はちょっとございません。
私は、この第二回目の四月二日ごろにお会いする前、一回目の二月か三月、一回目にお会いした後、二回目の前に、ちょっと、獣医学部新設、一体どこの役所が担当かもわからなかったので、そういう意味で、学部の新設の文科省と獣医の担当の農水省さんと感染症対策の厚労省さんから官邸に出向している方に、これはどういうふうに獣医学部って状況はなっているの、どう見たらいいのというお話を伺いましたし、農水省から来ている参事官、文科省から来ている参事官には当日も同席をしていただいたと思います。それ以上でも以下でもないということでございます。
総理からも政務の秘書官からも、指示も全くございませんでした。
一時間半かどうかというのは、私、全くわかりませんけれども、元東大教授の方はとうとうとお話をされていた記憶はありますが、ちょっと一時間半かどうか、私は全くちょっとわかりません。
大変多忙であったのは事実でございますけれども、できるだけ外の方のお話は伺うということで、アポイントがあれば基本的にお受けをするということでございます。
特定の案件でとおっしゃっていますけれども、別にこれは特定の案件で会ったということではなくて、私の理解は、制度論として、獣医学部の新設の解禁をするかどうか、それは総理が、今ホームページにも出てございますけれども、前の年の九月の特区諮問会議で総理が早急に検討していくという御発言をされている案件でございますので、その関係で関心を持っていたということでございまして、この特定の……(発言する者あり)いや、したがって、どの案件を、どのプロジェクトを採択するかどうかは、当然、内閣府の特区事務局の方で手続を後日されるんだろうなという理解でございました。
私単独ということではございませんけれども、当然、総理のお供をして、大阪に行ったり福岡に行ったり、いろいろなところで具体的な特区の話は伺っておりましたし、随行したときに、その際、総理が出られた後も引き続きちょっとお話を伺ったりしたことはございます。
特区の関係でアポイントの申入れがあったのは加計でございますので、加計学園の方とお会いしたということでございます。
特定の案件でということではございませんけれども、自治体の方とお会いしたり民間企業の方とお会いしたり、それはございます。
個別のお名前を余り言うのはどうかと思いますけれども、いろいろな、東京都の方とかエネルギーの関係の方とかメーカーの方とか、それから地方のベンチャーの方とか、いろいろな方のお話を伺っておりました。
委員会の御判断でございますが、特区の関係でお会いした民間の方は加計学園だけであるということは先ほどから申し上げているところでございます。
よっぽど反社会的勢力であるとかそういうことを別にすれば、できるだけアポイントの申入れがあればお会いするようにしてございました。
特に総理にお話をしたことはございません。
総理の長年の御友人ということでございましたので、総理が立ち往生するとかぽかんとするとか、それはちょっとなかなかあり得ないことでございますので、あえて総理に、お耳に入れるほどの話とは思いませんでした。
一切お話ししたことはございません。
ちょっと今のワーキンググループの話と、八月六日ですか、藤原次長が行った、それは私は存じ上げませんでしたが、私が知っていたのは、六月の四、五日ごろに今治市さんが国家戦略特区の提案を出すという話は伺っておりました。
四月二日に来られたときに、もし戦略特区制度を活用するのであれば、それは戦略特区事務局に話をしないと物事は動きませんよというお話をしたと思いますけれども、既に内閣府の戦略特区事務局とは話をしているということでしたので、特に私の方から戦略特区事務局にお話をしたことはございません。 それから、各省に私の方から何か指示をしたりフォローアップしたりしたということもございません。 私がこの話に絡んで覚えていますのは、この案件、この個別プロジェクトについては別に関心の外で、むしろ、獣医学部新設という、総理が早急に検討するとおっしゃった、それがどうなるかというのが私の関心事項でございましたけれども、それについては、六月の後半に成長戦略の閣議
その前の年の二十六年の九月に特区諮問会議で総理が獣医学部の新設の解禁を含めて早急に検討していきますとおっしゃったのは、私はまさに政府の中に対する指示だと理解をしてございました。その指示はもう既にいただいていましたので、その枠の中でいろいろお話を伺って、それが二十七年の六月の閣議決定になっていったということで、それについて個別の案件がどうだこうだということを総理に御報告する必要はないと考えてございました。
まず、根本的な事実誤認だと思いますけれども、私が原子力政策課長をしていたときに谷さんがいた覚えはありません。多分、時期がずれているんだと思います。 私は谷さんを存じ上げませんでした、全く。秘書官をやっていたときに谷さんが夫人付に来られたので、そこで初めて谷さんのことを知りましたし、森友について谷さんから話を聞いたことは全くありません。
このやりとりはよく覚えてございませんけれども、当時、朝出勤するときに、家から車に乗るまでの、十メーターぐらい歩きながらの会話で、向こうの話もよく聞き取れなかった。あっ、あれは車をおりてから家に入る、いずれにしても、十メーターぐらいの歩きながらの会話で、向こうの話もよく聞き取れなかった記憶はありますが、いずれにしても、私が思っていたのは、国会でのやりとりに始まったことでございますので、その国会でお話しした枠の中で外の方にはお話しするのが筋だろう、こういうふうに思ってございました。