調査団は、いまのところ十三日に東京へ帰ってくるという予定でございますから、この帰ってきました時点からできるだけ早い時期に対策を講じたいと、そういう考えでございます。
調査団は、いまのところ十三日に東京へ帰ってくるという予定でございますから、この帰ってきました時点からできるだけ早い時期に対策を講じたいと、そういう考えでございます。
先ほど来申し上げますように、そういうことを含めまして、そういうことが可能であるかあるいは可能じゃないか、いろんな考え方が今度の調査団にはおありになるでございましょうから、それをまとめて評価して、それでこういうこれこれの措置をとりたいという結論を出したいと思います。ですから、それは私が申し上げましたことは本則の問題でございましてね、それは出力上昇試験でございますから、このふぐあいな場所があればそれは直すということが前提にはなっておるわけでございますから、したがってそういう点について直してむつへ帰りたいというのは、これは定係港——今日はまだ定係港でございますから、そういうようなことは当然のことだと私は思っております。まあそういう意味で申
そういうこともあり得ましょう。あり得ないかもしれません。これはいずれにしろこれからのことでございますから、加藤さんね、それは一日にこういうことを言うてわれわれの耳に入るのがおそかったかもしれぬけれども、あとはできるだけ早く結論をしようというんで今日まで鋭意努力しておるわけです。でございますから、この段階はひとつこれ以上の答弁をするわけにまいりませんので、どうかひとつ御了解を願いたいと思います。もうすぐわかるわけですから。
鋭意その問題について検討を進めてみたいと思っております。詳細を御報告する段階に至っておりません。
御意見として承っておきます。
今回の事件は、十分真相を究明いたしまして、この問題について適切な措置をとりたいと思いますし、それがわが国の原子力行政全般に影響があるといたしますならば、それも十分に考えて措置をするつもりでございます。
青森県知事がうしろからがんとなぐられたと感じておるということですが、私は全く同感でございます、その点は。
別に私、なぐったつもりございませんで、従来からの懸案になっていた事項を解決したその過程においてこういう点が出てまいりました。その点はまことに遺憾でございまして、私自身も衝撃を受けたことは間違いございません。そしていまそのために真相究明を急いでおることも、これは役所仕事としてはずいぶん早いほうに私は進んでいると思いますよ。それはあなた方のいろいろお力で、洋上八百キロで洋上実験という——ことばはいいてすが、これ漂流実験をやっておるわけでございますから、東京から千二百キロの海上でございますから、飛行機を使えないような状況でございますから、船で行っておるので、できるだけ早い時期に真相を究明して——私自身も実際じりじりしているわけです。一体な
国際原子力機関の総会が十六日からあります。政府代表として出席する予定になっております。
今回は会議に出席いたしましてからあと、かねてから連絡がございましたブルガリアの科学技術庁長官からの招待等がございますし、かねて英国、フランス、ドイツの原子力施設等を見るという予定で計画をいたしておりました。しかしこういう問題が九月一日から起きましたものですから、今回の私の出張計画につきましては、まず同行する予定でありました原子力局長及び次長は、もう局長の場合は政府代表代理の発令があったわけでありますが、昨日の閣議をもって原子力局以外の者から代表の交代をさせることにいたしました。 それから私自身の問題につきましても、あなたがおっしゃるように、会議はあれだが長過ぎるではないかという点は、かねがね考えておりましたから、半分ぐらいの日程
再三お話しいたしますように、今回の出港自身は強行出港だとは思っておりません。それば前々からの事の成り行きをもし御勉強願えるならばおわかりであろうと思いますが、昭和四十二年ごろ、とにかく定係港にしてもらいたいという話があり、第一船だけでやめちゃうのでは薄情ですよ、第二船、第三船もしてもらいたいというようなお話もあったくらいでございますが、昭和四十七年に船ができて、原子炉を据えつけて燃料を装てんして、出られるばかりになった段階でノーという返事が地元から出てすいったわけでございます。それでございますから、何とか出したいということで科学技術庁のほうも努力をしたようでございますし、もちろん原子力船事業団は責任者として現地で一生懸命働いたようで
お説のとおり、むつ市長は大事なお立場の方でございます。したがって、私もお会いをいたしましたし、科学技術庁から何人かの人も会っております。事業団も足らずながらも努力をいたしたように私は思っております。最終段階につきましては知事がむつの市長と話をつけるということで、むつ市まで青森から出かけられたようでございますが、門前払いを食って、やむを得ざる状況になったわけでございまして、それぞれ選挙によって出るわけでございますし、それぞれ政治家でございますから立場はありますわね。むつの市長さんは選挙をおやりになる。保守の票ももらっておるが、今度の反対運動の中心になるような人の票ももらっておるというようなことで、なかなか一義的に意思表示ができないお立
先ほど来この問題いろいろお話ございましたが、安全審査というのはこれは原子力委員会の安全専門審査会でやるようになっておるわけです、基本設計ですね。しかし具体的な設計、図面を承認したり、それからそれについての現地の検査をやりますのは、これは発電用原子炉の場合には通産省がやるようになっているわけです。それからこの原子力船の場合は船を担当します運輸省がやっておるわけです。私はこの際ぜひ誤解をしていただきたくない、こういう点はっきり申し上げたいのでありますが、そういうことを申し上げますと、何かこの段階になって政府部内で責任のなすり合いをしているように思われるから、私どもははっきり申し上げたいのを特にはっきり申し上げないのでありますが、一応はそ
たいへん貴重な御意見ありがとうございました。十分御意図のあるところを体しまして善処をいたしたいと思います。まあただひとつ最後に付け加えさしていただきますれば、この原子力船の建造の歴史は、十年以上の長い歳月を今日まで経過しておりまして、船ができ上がって二年もたっておりますから、これをいつまでも放置しておくことは私は適当でないと思います。結果において九月一日のできごとがございましたから、私なども青森県知事さんと同じように、うしろからがつんとぶんなぐられたような感じでございます。したがって、それだけに真相を究明してやらなければならぬと思っておりますし、御趣旨に沿って対策を講じてまいりたいと思っておりますが、やはりこういう時期に一応出して、
原子力船の第二船以降の計画につきましては、今回の第一船の、いま何が起きているかということについての実情把握の結果によるわけでございますが、全く影響をなしとしないということはないと私は思います。しかしわが国が世界有数の海運国であり、船舶国でございますから、何とかしてナショナルプロジェクトを実現し得るような方向で全力を尽くしたいと思っております。しかし、これが影響がないというふうには考えられません。 それから、原子力開発の、平和利用の開発全体の問題でございますが、特に原子力発電の問題でございますが、私は今回の事態の解明の過程において、もし検討すべき点があるといたしますならば、検討せにゃいかぬと思っておりますが、この段階で申し上げられ
やはり、あなたのおっしゃるようなことになるかもしれません、ならないかもしれません。これはこれからの調査の結果待ちであります。調査団のほうからなまの情報を出していただいたものを、専門家グループで評価いたしまして、早急に結論を出したいと思っておりますが、まあどういうことになるかはその段階でなきゃ申し上げがたいのでありますが、少なくとも言えますことは、当面どう動くにつきまして、どういうお考えがあろうとも、やはり青森県知事並びにむつの市長にはとりあえず本来ならそれらのところへ行くのがほんとうでございますから、私どものほうは一回お願いしなきゃいかぬと思っております。それはそれからのことでございましてね、どうでございましょうか、いま内田さんの御
どういう事態がありましても、私は青森県知事にはこういうことになったので御意向はどうかということはお尋ねをいたしてみたいと思っております。それはいまこういう情勢でございますから、情勢は出港前の情勢とはおもむきを異にしていることは万承知をしております。しかし、たいへん御苦労、御心配をかけておるわけでございますからね、勝手なことできませんよ、これ。ですから、私はともかく声はかけて御所見を承って上のことだと、こういうふうに思っております。
そこまで気が回れば大したもんでございましたが、私は青森県知事と同様にうしろからぶんなぐられたような感じでございました、最初は。しかし、まあ事の次第を聞いてみますと、アラームによってそれが未然に発見し、そして自主開発の過程において諸外国ならば、こういう問題はこういう取り扱いは受けないであろうなというのを次の瞬間に考えました、これは。しかし、わが国において行なわれる試験でございますから、やはり郷に入っては郷に従うという精神で、やはりこれについては重大視してやらなきゃいかぬというふうに考えました。そして、とにかく船は洋上にとどまって事態の真相を明らかにするように努力をしてくれと。遮蔽の専門家が乗っておらなかったものでございますから、そこで
たいへん有益な御意見を承ってわれわれまことにありがたく思っております。 原子力の発電につきましては、事実として私は申し上げておりますことは、わが国だけではなくて世界全体として見ましても、実用段階に入ってから以降ですよ、試作段階ではございません、実用段階に入ってから以降、オペレーターはもとより一般住民に心身の障害を与えるような事故というのは今日まで一件もないんです。一件もないんです。でございますから、私は、わが国の場合で言いますと、昭和三十七年から四十八年の十一年間でございましたか、全部で三十七件、原子力規制法に基づく届け出がございました。その中で人身に関係あるものは三件でございまして、その三件もいずれも当事者の過失に基づくもので
ただいまのお話はいろいろ従来からの宿題のような、要するに、今回の「むつ」も宿題の一つでございますが、私が大臣就任後幾つかの問題にぶつかりました。一つは原子力発電の立て直しであります。昭和四十七年六月以来電調審に一基の申請があったきり、ずっと一年半も、私が大臣になったときとまっておりました。これをどうするかということが一つの問題点でありました。もう一つの問題点は、アメリカの原子力潜水艦入港に際しての放射能測定について日本分析化学研究所に不詳事態がございました。この事態のあと始末をつけなきゃならないという問題が一つございました。それからもう一つはアイソトープで、いま各方面に使われているアイソトープの取り扱いが非常にルーズに流れておりまし