日本石炭鉱業会といたしましては、賦課金もございません。また支出もいたしてないことは明らかに申し上げます。当時いろいろ皆の意見を徴しまして、おのおの自分の費用でやる、自分持ちだというようなことに根本からきまつておつたのでございます。
日本石炭鉱業会といたしましては、賦課金もございません。また支出もいたしてないことは明らかに申し上げます。当時いろいろ皆の意見を徴しまして、おのおの自分の費用でやる、自分持ちだというようなことに根本からきまつておつたのでございます。
私は九州でございますが、九州におきましては、九州鉱業会の副会長をしております。なお常磐、北海道、山口、九州とございますが、特に九州においては單独会員と称するものと、それ以外の中小炭鉱と称するもののブロツクがございまして、私はその中小炭鉱に属します北九州石炭会計という現在までございますが、これの社長をやつておるのでございます。
そうであります。それから福岡採炭株式会社、これは法人でございまして、当時これの社長もやつておつたのでございます。
私の現住所は福岡市西新町本通り二丁目百八十五番地であります。
東京に行きます場合は、石炭に関します中心は石炭廳並びに物價廳であります。石炭に関するあらゆる関係官廳にどこでも伺います。
神田区の龍名館本店、ここに十数年來ずつと宿泊しております。
泊りました。
つけております。
ずつと古くたどりますれば、昭和七年ごろに六、七十日滯在したことがあります。それ以外は連続的に長期にわたつたことはまつたくございません。
そうであります。
その点につきまして、御承知の反対運動当時のその後もその前も鉱業会といたしましては、またわれわれの業をやつておる者といたしましては、金融の問題あるいは炭價の問題、今お尋ねの國管でない場合は常にこの石炭業界におきまして、あらゆる行詰つておることについて政府当局その他あらゆる介在機関と折衝いたしまして、これの決定事項のためにこの期間内もずつとその行動は続けてきたのであります。滯在が長くなつた中心は國管でございますが、この滯在期間内におきましても、やはり平常と変りなくそのときその季節に起りましたあらゆる石炭界の困難事情を当局と折衝を続けてきたことが並行してあつたことを申し上げます。
私は九州鉱業会から普通の定款に基く旅費その他をとつております。それ以外の支出は自分の負担でございます。
あらゆる炭鉱メンバーの人が上つてきておりまして、今お明示になりました人たちは東京に参りますれば必ず龍名館にこれまで泊ります。日にちははつきり記憶しておりませんけれども、同宿していたはずとお答えいたします。
古く調べていただけばわかりますが、今御明示になつた人たちにしましても、私たちにしましても、國管があるなしにかかわらず、みな常宿は龍名館であつたことを申し上げます。
そうです。
その人を私は知りません。さつきの加茂、田籠というのは私どもよく知つておりますが、今委員長の御明示になつた人はあまり私は記憶がございません。
炭鉱のメンバーでございますか、もう一回申してください。
記憶がありません。
私の知つたメンバーではございません。
龍名館としてはありません。協議をすべきことはすべて鉱業会に呼び出します。明日何時に鉱業会に集まれ、こういうことをやつております。私としまして龍名館で協議を行つて新しいことを議するというような正式な協議をあそこで行つた記憶はございません。