知つております。
知つております。
党員でないと思います。
知つていると思います。
勤めておりません。
先ほど証言いたしましたように勤めておりました。しかしそのころはもうやめておつたのであります。
そうです。
おそらく私が会社におりましたときに、会社の船に乗つていたかもしれませんが、私は記憶しておりません。
九州に徳田さんが来られたとき、佐賀の爆弾事件のときには鹿児島におりました。
久留米かどこか知りませんが、徳田書記長に江川君が会つたということを江川君から聞いたことは記憶しております。
その若松地区委員会で、椎野、江川、亀山、それに私が会合して密貿易の相談をしたということでありますが、そういう事実はありません。私は密貿易というようなことは、今でも反対でありますし、それからそんな会合に参加するはずもございません。そして江川君に聞いてもらつてもわかることでありますが、たとえば西日本の船あたりでも、荷後炭の問題とか何とかいうようなことはたくさんあつたと思います。金をもうけようと思えば、荷後炭をじやんじやんみなに売つてもらうというようなことでも、もうけられるわけであります。しかしそういうことをすることに対して一番反対したのは私でございます。そういうふうな建前から、密貿易をやるというようなことは、私にはとても考えられないこと
共産党員にもいろいろあると思います。船員の中の共産党員もしくは共産党支持者が、密貿易をやつたりあるいは商売をしたりした者が一人もないということは、私は申し上げません。これはあるかと思います。しかし終戦後、先ほどの証言でも申し上げましたが、船員の商売がずいぶん盛んになつて、あるいは油船では油を売る、どんどん横へ流すということが一般的になつて来たようなときに、共産党員もしくは党の支持者というような諸君は、商売をしたり、油の横流しをしたりしないということが、私は定評あつたと思います。そういうことは私自身誇りに思つております。それに合せて、西日本石炭輸送株式会社の船員に対しましても、いろいろな不正行為というようなものはできる限り——できる限
知つております。、
そういう新聞記事が出たことを見ております。 〔「前にあつたことだ」と呼ぶ者あり〕
そういうことは、私の個人的信念と確かに違います。そうして私は、日本共産党はそういうようなのであつてはならないと思つております。今でもそう思つております。それから山本君の事件については新聞を見ただけでございます。詳しいことは聞いておりません。山本君は九州の議長でございますし、私は東京の方に来ておりますから、こまかいことは知つておりません。しかし、一般的な新聞に出た山本君に関する記事、それを私は全部ありのまま信ずるという気にはなれないのであります。これは先ほども申し上げました……。
昭和二十二年暮、戸畑丸が若松に入つたことは事実でありすす。そうして矢島君が私のところにたずねて来たことも事実であります。今の江川君の証言によりますれば、馬越丈太郎の二階で会つたというのですが、馬越丈太郎のうちの二階というのは、若松の地区委員会であつたかどうか。
矢島昇君はたまたま船内委員長でありましたが、矢島君からソビエトからの文書を受取つた、それも江川君立会いで受取つたということはございませんでした。それから今の江川君の証言によりますれば、馬越丈太郎の二階で会つたというようなことでございますが、馬越丈太郎の二階はそのときは地区委員会の事務所でも何でもございません。従つて全然あの事務所で会うなんということはあり得ないことであります。
ソビエトから秘密文書云云のこともそういうことは全然ないのでありまして、こんなことを一々研究する必要もないと思いますが、しかしもし外国からそんなふうな文書を持つて来るとすれば、矢島君が江川君を通じて私に渡すとか、あるいは江川君を立会人として渡すとか、それから新聞記事によりますと、それからすぐ私が東京に参つて、そして田中松次郎君の立会いで伊藤律さんに渡したというようなことですが、こういうふうに一々立会人を通して渡すというようなことは、常識的に申しまして考えられないのであります。