ありました。
ありました。
その晩の約三時間くらいであります。
これは高月という兵隊は、大体アマガランの方から轉属して來た兵隊でありますが、石田部隊のときに、昭和二十一年の十二月の轉入のときに参つた兵隊であります。この兵隊が私のところの兵隊の約十九点に亘るところの品物を盗みまして、そうして蒙古人に賣却するところを捉まりまして、それによつてそのような処分を命ぜられて二日にしたことがありますが、それ以外のことは何も知りません。
裁量でやつた。報告はしました。
職場上の異動は独断ではできません。
そうではありません。
これは当時モジツク中尉の命令を受けております。
間違いありません。
私の独断ではありません。
詑状は私に出しまして、それはバートルソロンの收容所長に……当時モジツク中尉がおりませんで、バートルソロンにその証明書を出しまして、そうして許可を受けて許しております。
その場では毆打しておりません。
はい。
これはそのときに蒙古側の憲兵が立つております。
立会いの下にそれは実施されております。
処罰しておりません。ただそれはこういう事件であります。非常に班内の物資が無くなりまして、当時五百円という日本金が無くなりました。そうして大騷ぎをしておりますから所長に願いまして、にせの今の轉勤命令を出したことがあります。そうして朝六時に自動車が來るから全部出ろというふうに、これは農場に大体轉属する人間でありますが、そうしましたところが、全部出勤前にそれを実施いたしました。ところが約六十人出た中で、物品検査を実施いたしましたところが、その中で殆んど他に轉属する関係上窃盗しまして、靴を三足とか四足とか、或いは金、或いは他の品物を携行して行くのが発覚しまして、そうしてそのときの目瀬一等兵も一緒に混つたと思つております。
記憶ありません。
それは違つております。
昨日はそうでありません。昨日は石切場で癲癇で倒れたというのを聞いたのは、今の向うの方で、收容所で酒井先生の方から癲癇で倒れた兵隊がおつて、そうしてそのまま送院しましたところが、死因不明で送つたところが、病院の方において呼吸器病で死んだという診察をされた事件がありました。その件は聞きました。
それが確かに今の山本の件であります。それは何で死んだか私は分りませんでした。それが平岡という者は愛知の一宮出身でありますが、途中汽車に乗つて参りまして、そうして初めて会いまして、本人が言いますには、私と山本とは非常に仲よしでありました。ところが山本は作業がきついからというものですから、上の方のところに上つて休んだらどうだ、監督がやかましてから上に上つて休めと言つて上にやつたそうであります。ところが約五米まで上らんうちに倒れてしまつた、それで本人が上に上つて見ましたところが泡を吹いて、血を吹いておつた、そうして倒れれおりました。そうして帰つたところが酒井先生からお前が殺したんじやないか、そうして又看護兵の人からもお前が殺したんじやない
そうであります。