先ほども冒頭御説明いたしましたが、いわゆるシーレーンの防衛という言葉で表現される具体的な内容がはっきりいたしませんので、まずその内容をはっきりしてからでしか議論はできないのですが、世上に伝えられているようなシーレーンの安全の確保、これは不可能であると申しております。平時は不必要、有事の場合には不可能ということを私はアメリカへ行っても言っております。
先ほども冒頭御説明いたしましたが、いわゆるシーレーンの防衛という言葉で表現される具体的な内容がはっきりいたしませんので、まずその内容をはっきりしてからでしか議論はできないのですが、世上に伝えられているようなシーレーンの安全の確保、これは不可能であると申しております。平時は不必要、有事の場合には不可能ということを私はアメリカへ行っても言っております。
海峡の封鎖という言葉も、先ほどから申しますシーレーンと同じでありまして、何をやるのかがはっきりいたしません。最近のところでは三割の阻止ができれば成功だと海幕長は言っていますが、どういう状態で、何の敵に対して三割を阻止できるのか、現在能力があるかないか全く不明なんであります。三割阻止できても七〇%はゆうゆうと通過するわけです。どういうことになるのか、そのことを考えますと、いわゆる通峡阻止、海峡封鎖、海峡のコントロール、すべての言葉が私は観念の遊戯だと思います。
まず、米ソの核戦争ですが、これは先ほども申しましたように、私はそれはないと判断いたします。 ただし、これもまた先ほど申しましたように、ソ連の中では、われわれは核戦争を恐れない、こういう考え方もあることも事実であります。さあどちらを選ぶか、これはそれぞれの方の判断と思います。 非核戦につきましては、私はセミナーでも申しましたがソ連のいまの物の考え方、すなわち世界の共産化が国家の目標であって、この目標を達成するためには民族解放戦争、これは正義の戦争である、この戦争は不可避であるという考え方が変わらない限り、共産主義者はその先頭に立って進むと宣言、これを実践いたしておりますから、この意味のいわゆる民族解放戦争の可能性は論理的には否
きょうは最初から言葉の解釈ばかり問題にして申しわけないんですが、またしても、バランスが保たれるか破れるかというのは、私はバランスという言葉はわからないんです。本来、バランスという言葉は両方が同じ重さであることがバランスだと思うんです。たとえば、核の力につきましては、十年前においてはアメリカは圧倒的に強かった。アメリカを一〇〇としますと、ソ連は一〇か二〇ぐらいです。そのときのバランスというのは、これはどういうことになるかわかりません。そのはるかにおくれておったソ連が、いまやアメリカと対等になった、これはいま初めてバランスが保たれておるわけでしょうね。これが、仮にアメリカの方がソ連より弱くなった場合、これはバランスが破れたと考えるのか、
私は、日本の陸海空自衛隊、この任務は、海を渡って空を飛んで日本に攻撃してくる外国からの侵略を撃破するための存在だと前から言っております。簡単に申しますと、陸海空自衛隊は、四つの島の守備隊である。航空自衛隊は空で、海上自衛隊は海上及び海中において、陸上自衛隊は国内で上陸した敵に対して戦う、それが陸海空の自衛隊の本来の任務であると、こう申しております。いまでもそう思っております。 それから、二つ申し上げたいことは、一つ、一千海里という言葉でございますが、これは昔は、そこまで哨戒をしたいということでした。哨戒をする、パトロールをする範囲です。それがいつの間にか、そこまでの防衛の責任をとるというふうに内容が変わりました。いつ、どうして変
まず、先ほどの私の発言についての御叱正、おしかりがございましたが、私は私の記憶では人民民主主義政府と言ったつもりで、民主連合とは言わなかったと思うんですが、もし言ったとしまして、それは別に特定の現存する政党あるいはグループを言ったのではございません。いわゆる人民民主主義ということで民族解放戦争との関連において申した言葉でございますから、もし先ほどそう言ったとすればそれは私の言い方の間違いでございます。謹んで訂正をさしていただきます。 それから、その次の質問でございますが、レーダーサイトの例を出しましたのは、いかに日本がソ連の攻撃に対して弱いかという具体的な一つの例証でございます。レーダーサイトさえ生きておれば云々ということではご
それは冒頭に申し上げました。シーレーンの安全の確保ということについては、いわゆる日本の防衛努力、それを同盟国の米国に示すための一つのゼスチュアあるいはあかし、具体的な努力という見方もございます。アメリカ側が日本にいろいろ言っておりますのは、もともとこの考え方は日本側が言ったものなんです。冒頭申しましたように、私が保安庁の保安課長になりましたのは昭和二十七年、そのときからすでに当時の海の人々はアメリカと連絡の上でヘリコプター母艦をつくりたいと言っておりました。第二次防衛力整備計画をつくる直前に私は防衛局長になりました。これが昭和三十五年の十二月二十七日でございますが、その一週間前まで当時の防衛庁はヘリコプター母艦、これを四群つくるとい
評論家ではありますけれども、その前にといいますか、同時に一市民であります。その一市民の希望としては核はなくなることが望ましいことであります。これはもう絶対にどなたも反対されないと思います。したがって、現在米ソ双方、ほかにも核保有国はございます。あり余る核戦力を持っているわけですから、それを凍結、そして縮小、削減、これの廃棄の方向への政治努力というものは、私は当然に尊重さるべきですし、それを国際政治がくみ上げることは絶対に必要だと思います。ただし、そのための手段、方法となりますと、これはそれぞれの立場でのいろいろな思惑がございますから、どうだこうだということは私は申し上げる立場にございませんし、資格はございません。終わりです。
総理大臣の発言についておまえどう思うかと言われると、これは非常に困るわけでございます。まことに無責任な、評論家としての感じを申しますと、中曽根さんは防衛庁長官として十三年前アメリカでレアード国防長官に同様のことを言っておられますね。これはいろんなところに出ていますけれども、日本海を日本湖にするとか、海峡のコントロールをやるとか、これは正式の訪米のとき言っておられるわけです。その後何もそれはできていません。で、同じことを今度言われた。なぜ言われたか。帰ってきてからの読売新聞の記事を読みますと、要するにアメリカ側に対して、国を守る決意、これを示さないことには、いざという場合には日米安保条約が機能しない、だから言ったんだということで、日本
私が防衛庁の官房長になりましたのは、昭和四十年の六月でございます。それから二年間官房長を勤めまして、四十二年の七月に国防会議の事務局長になりました。そして、国防会議の事務局長を退官いたしましたのが、昭和四十七年十二月でございます。
ただいま、私に対して専門家というお言葉がございましたが、私、特にその方面についての専門家ではございません。現在、軍事関係を主とした評論家をいたしております。 ただ、防衛庁に長くおりましたので、その私の体験での私の意見を申し上げますと、このレーダーを搭載いたしましたレーダー搭載警戒機、あるいは早期警戒機、いろいろ言われておりますが、これにつきましては、昭和四十一年の防衛力整備計画のときに、この研究開発ということが決定されています。 必要かどうかという、その必要性につきましては、それをはかると申しますか、どのような立場で検討するか、物差しのいかんによって違ってくると思います。たとえば、国防全般につきましても、国を守るために防衛力
私としましては、いま申しましたように、現在の陸海空自衛隊、たとえば同じ航空自衛隊にいたしましても、隊員の宿舎の問題あるいは教育訓練の問題、具体的には現在持っておりますところのF104とかF4とかという戦闘機の要撃訓練のための条件がございません。したがいまして、国費の充当が許されるならば、たとえばいまの予定経費がその方面に使えるならば、私ならそういう方面に使いたい、こういう考えでございます。
このE2Cというレーダー搭載警戒機を常時飛ばすということになりますと、まず、日本のどの部分をどのようにカバーするかという技術的な問題がございます。したがいまして、日本の全空域について二十四時間、いまおっしゃったような低空で入ってくる飛行機を一機残らず捕捉するということになりますと、相当な機数が要るわけでございます。そのために何機の警戒機が必要か、それをどう運用するかということにつきましては、その方面の専門家の意見の開陳があってしかる後に判断ができる、こういうふうに私は考えるわけでございます。 私なりの知識から申しますと、今回の防衛庁の購入予定の四機、その後に何機続くのかということがはっきりいたしません限りは、そのことのプラス・マ
委員長にお伺いいたしますが、いまの御質問は、一公務員の人事問題についてこういうところで話をしろという御要求でございます。国政の審議とは関係のないように私は考えるわけでございますが、いかがでございましょうか。
第二次FXという言葉で一般に言われております戦闘機の選定に当たりましては、私、防衛局長の後半にちょっと関係いたしました。あとは官房長時代、それから具体的には国防会議の事務局長と、こうなりますが、防衛庁の中でこの問題を検討しておりますときには、私は、アメリカのノースロップという会社のつくりましたF5と言っておりますが、もとの飛行機はN156でございます。このF5というタイプの飛行機も日本の防空戦闘のためにはそれなりの特色がある。そこで、その飛行機と、たとえば決定されましたF4ファントムとの優劣と申しますか、プラス・マイナス、そういうものを十分に比較検討した上で決定すべきだということを防衛庁の中で申しておりました。私は、私個人としては、
この点につきましては、多少皆さん方に誤解があるのではないかと思いますのは、私が防衛庁の官房長から国防会議の事務局長に移りましたことを、左遷をされたとか、あるいは追放されたとか、ないしは追い落とされた、こういう表現で皆様方は受け取っておられますが、国防会議事務局長は決してそういう変なポストでございません。現に私の後で、事務次官を務めた方が二人も事務局長になっておられるわけですから。したがって、私が国防会議の事務局長になりましたのは、私も同意いたしまして、最終的には私の任意な承諾のもとに行われたわけでございますから、したがって、そういうことにつきまして私が不満であったとかというようなことはないはずでございます。
まずお断りいたしますが、私は飛行機の操縦の経験がございません。したがいまして、私個人の判断ということはございませんので、私がF5系統の飛行機がいいと思いましたのは、アメリカの空軍省の意見をそのまま代弁したわけでございます。私は、昭和三十二年の十一月の末にアメリカの日本大使館に参事官として参りました。翌年の一月に防衛庁から永盛調査団というのが参ります。このときに私は同席いたしまして、これはいわゆる第一次FXのときでございますが、いろいろとアメリカ側の話も聞いておりました。このときに、私の本にも書いておきましたが、アメリカ空軍省、まあ国防次官補代理のシャッフ氏が明確に言ったことでありますけれども、アメリカとしては、当時F104というもの
これは正しいとか間違っているということではなしに、先ほども申しましたが、選択の問題でございますから、それが日本政府としての決定でございます以上、それなりの理由も十分あるわけでございます。したがいまして、正しくなかったということはないわけでございまして、正しいことだと思います。ただし、その正しい戦闘機を現在正しく運用できているかというと、できていない。そこに先ほど申しました教育訓練の面がございます。したがいまして、どの戦闘機にもそれなりのプラスとマイナスがございますから、それなりのプラスをとり、マイナスをカバーするという措置が必要でございましょうし、りっぱな戦闘機を手に入れた以上はその戦闘機を有効なものにする、そのための努力が必要であ
新聞の報道が事実と反するところが多いと言われましても、どの点がどう違っておるのか私には実はわかりません。今回の事件が起こりましてから、私のところには多くの新聞社、雑誌社の方がお見えになりました。大体二人、三人でお見えになりまして、一時間半ぐらいお話しする。それがまとまって記事になりますと、私が予想もしなかったところに力点が入っておったり、いろいろと文章もつづまったりしますので、新聞記事と私の発言との違いということになりますと、具体的にひとつお示しをいただきたいのでございます。 ただ、その辺の人事の問題につきましては、先ほども申しましたが、私は人事を発令された相手でございまして、発令権者も、当時の発令をされた方もおられるわけでござ
私の承知しています限りでは、おっしゃいましたCL一〇一〇は現実のものはございません。ただ会社の提案があった。現実のものをこうすればこうなるという提案があった程度のものと聞いております。