その対象は外国人も含むということですが、貸しレコード業者が一々外国人まで許諾を得るというのは容易なことではないと思います。それについて一体どうなのか。 それからもう一点。楽譜以外の書籍、雑誌を除くとあります、対象から外すのに。ただ雑誌でも、音楽関係の雑誌というのは中に譜があります。それから書籍も、昔楽に関する書籍では中にちゃんと譜があります。これらはどうなるのか。その二点、いかがでしょう。
その対象は外国人も含むということですが、貸しレコード業者が一々外国人まで許諾を得るというのは容易なことではないと思います。それについて一体どうなのか。 それからもう一点。楽譜以外の書籍、雑誌を除くとあります、対象から外すのに。ただ雑誌でも、音楽関係の雑誌というのは中に譜があります。それから書籍も、昔楽に関する書籍では中にちゃんと譜があります。これらはどうなるのか。その二点、いかがでしょう。
三十八条の四項によりまして、映画のフィルム等を料金を取らないで貸与する場合には許諾を必要としない、それから六十八条の二項によって、著作物を有線放送に使用する場合、これも許諾の必要はない。しかしながら、三十八条の四項によれば、映画フィルム等の場合は「相当な額の補償金を支払わなければならない。」こうなっております。「相当な額の補償金」、それから同じようなことを決めておる六十八条の二項では、同じような表現ですけれども、「使用料の額に相当する額の補償金」を支払わなければならないと使い分けがしてあるわけです。一方では、映画のフィルム等については「相当な額の補償金」、それから有線放送等については「使用料の額に相当する額の補償金」、こう区別がして
私は、これは法律が不備だと思うのです。「相当する」というのは、何に相当するかというのがなければ、「相当」というのはただ一般的に、まあいいかげんなことをやっておけということにしかならない。したがって、普通の「使用料の額に相当する額の補償金」というのは、これはわかります。しかし、ただ漠然と「相当な額の補償金」で使用料より安いのだ、こんな説明は、法律の説明としては甚だ不適当で、この著作権に随分こんなのがあるのです。ほかでも申しますけれども、非常にあいまいでわかりにくい。説明を聞いても、はて、そういうふうに読めるか、「相当な額」とあるのですから、使用料の額に相当するのをやったって別に違法ではありません。不都合じゃありません。これで通常の使用
今のように何々に相当するというのと、前に対象とするものがない場合はそれよりも低くて、まあいいかげん、これはやはり了解しかねます。そういう解釈は出てこないと思いますので、今後ひとつ御検討を願いたいと思います。 それから次は、演奏家、レコード製作者、つまり隣接権者の問題ですけれども、この隣接権者も、九十五条、九十七条によりまして著作権者と同じように「貸与により公衆に提供する権利を班有する。」こうなっております。この「専有」というのは、著作者も今の隣接権者も同じように持っている権利だと思いますが、この隣接権者の専有する権利は何年間でしょうか。
それはよくわかりました。 ただし、その二十年間の専有権がありながら許諾を取らなければ貸しレコードとして貸与できない期間、これは政令で決められることになっております。その政令で決められる期間というのは、一カ月以上十二カ月以内とする、こうなっておりますが、一カ月以上十二カ月以内というこの表現は、一カ月でもいい、十二カ月でもいい、あるいは六カ月でもいい、これは一つを決めるのですか、複数で決めるわけですか。
それだけ幅があれば、この変更はどれぐらいの期間たてば変える、例えばことし六カ月と決めて来年一年にする、その次の年は一カ月にする、これじゃやれませんよね。一体どれくらいの期間、その単一で決めたものは存続させる予定ですか。
現在、十二カ月くらいを頭に置いているというのはわかりました。 一カ月というのを頭へ置くのはどんな場合でしょう。
今のお話で、一カ月の場合はこういう場合というのがありましたけれども、その場合がありますか。現実に想定できますか。
まだ、ちょっとこれは納得できかねますのは、その期間が終わったら野放しになるのなら別です。そうじゃないので、期間が終わってもなおかつ今度は報酬を受けて、しかもその報酬というのは恐らく文化庁長官がタッチする報酬ですから、そうむやみなことはどちらもできないのじゃないんですか。
まだ納得できないんですけれども、一応お聞きしておきます。そういうことがないように法律はできておるはずなんです、後の方の仕組みから見ましても。 そこで、今の期間が過ぎて、いよいよ今度は許諾は得なくてもいいということになります。その場合において、隣接権者は今度報酬を受ける権利を持つことになります。それで、政令で定める期間は許諾権を持っていて許諾によって使用料を取る。許諾を要しない報酬を受けるこの期間は、今の期間が過ぎた後、その両方足して二十年ですか、許諾期間が終わってそれから二十年ですか、その関係はどうなります。
そこで、報酬を受ける権利というのは「享有する」こうなっていますね、八十九条ですか。公衆に貸与する権利というのは、先ほどお聞きしたように、著作者もそれから隣接権者もともにその権利は「専有する」、それから政令で定めた期間を過ぎた以後の報酬を受ける権利というのは「享有する」、こういう規定になっております。この「専有」と「享有」との区別はどこでどう違うのでしょうか。
わからないのですけれども……。そうすると、整理してみます。 報酬を受けるというのはエンジョイすることでしょうか。
今度は法律的に整理してみますと、報酬を受ける権利は「享有する」という言葉を使う、それから使用料を取るという権利は「享有」じゃありませんね。
使用料を享有するというのはどこにありますか。
貸与権というのは専有とさっき確認しましたね。著作者並びに隣接権者、これははっきり法律の条文に、「貸与により公衆に提供する権利を専有する。」これは「専有」です。しかし、「享有」という言葉はないですよ。
その説明は納得できません。というのは、政令を見てください。政令では、私がさっき後へ留保いたしました中で、政令で決めた期間は許諾権。それから次長もこの間は使用料だ、こうおっしゃいました。これは報酬じゃないのですから「享有」というのは当てはまらないで、やはり「専有」ですね。もっと言えば貸与権です。これは「享有」というのを使うのは適当でない、報酬ではないわけですから。ところが政令には「享有」となっておりますね。使用料はエンジョイじゃないですよ。そうでしょう。
ちょっと答弁にならないのですが、著作者に享有する権利がありますか。
この場合の貸与権は、法律ではいずれも「専有」ですね。
政令に「享有」という言葉を使ってある。「享有」というのは、ここでは今のように報酬の場合を指しておる、これは間違いないところです。したがって、政令の使い方というのは正しくない。あなたが今答弁したのをまとめれば、そうなるわけであります。 そこで、さっきも用語の問題で、報酬を著作権者が受ける補償についてわかりにくい、これも同じなんです。「享有」とか「専有」とか、そういうことじゃなくて、ただ「持っている」ということで結構わかるんでしょう。補償を受ける権利を持っている。それから、使用料を受ける権利を持っている。このことを明治何年かの法律の用論を訳したのを、今のようなことで大変難しい、使われていないような一「享有」というのは、本来、日本の字
大臣、今お聞きのとおりなんです。確かに、今言ったような明治の文化の残滓がまだたくさん残っている。しかも、今日これだけ著作権が複雑になってきているときに、日本語の字引を引いてもわけのわからない、出てこないような言葉を残しておくということ自体、私は大変大きな問題だと思うのです。さっきも申し上げましたし、こちらがもう忘れるぐらい今の補償についても同じようなことがある。それから今の「享有」「専有」もそう。これをひとつ、新進気鋭の大臣のときに大整理をやっていただけませんか。今すぐとは申しません。けれども、大臣、検討していただきたいと思うのです。