これは私単に想像で言っているのじゃなしに、集積艦の那覇軍港に入港する隻数がどんどんふえているんですよ。実は五十六年以降五年間で、集積艦だけで五十七隻入港しているんだな。御承知のように、この那覇軍港は返還を約束された軍港でしょう。実はきのうの内閣委員会でも質問をしましたが、二十年間またまた貸借期間が延びる、それに那覇軍港が入っているんだな。局長さん、それ知っていますか。これだけ答えてください、知っているなら知っている、知らなきゃ知らないと。はっきり言えば、八七年から二十年間です。
これは私単に想像で言っているのじゃなしに、集積艦の那覇軍港に入港する隻数がどんどんふえているんですよ。実は五十六年以降五年間で、集積艦だけで五十七隻入港しているんだな。御承知のように、この那覇軍港は返還を約束された軍港でしょう。実はきのうの内閣委員会でも質問をしましたが、二十年間またまた貸借期間が延びる、それに那覇軍港が入っているんだな。局長さん、それ知っていますか。これだけ答えてください、知っているなら知っている、知らなきゃ知らないと。はっきり言えば、八七年から二十年間です。
今私が申し上げました八七年以降二十年間ということになると大変でしょう。二〇〇七年までなんですよ。これは、おっしゃるとおり那覇軍港は移設するということで協議が成っておりますから、もし二十年間、これが入っていれば外さぬといかぬですよ。あなた方、どこかいいところないかな、例えば浦添かどこかなんということになるのかもしれませんが、これは外さないと、今局長がおっしゃったこととは矛盾するのですよ。だから母港化の問題という疑惑が生まれてくる。 これはいかがですか、防衛庁あたりとよく相談なさって、本当に入っているだろうか確かめて、入っておれば、これはこういった軍港なんだということを言うかどうかですね。それを言ってもらわぬと、今の御答弁矛盾します
お伺いしますと、那覇軍港の問題は沖縄返還のときにも目玉商品の一つなんですよ。だから、これはまたまた二十年間契約の網にひっかかってしまうと、もうこれが不可能になってくるという場合もあり得る。この点を十分、局長さんも防衛庁に行ってもらって、どういうお考えになっているかお聞きになってくださるよう、私はここで要請したいと思うが、どうですか。
那覇市でも、沖縄県民も含めて、いつ返還されるか待っているわけなんで、私は速やかな返還を要求して、次に進みます。 米空軍の空中訓練、民間航空等の安全について簡潔に質問いたします。 米太平洋空軍、これは十一月十九日午前九時から那覇空港の民間機の離発着を規制、沖縄西方の米訓練空域で大規模な航空機戦闘訓練、これはコープマックス、こう言っているのですね、これを実施した。地元沖縄の新聞の報道によりますと、これは米戦略空軍、いわゆるSACですね、戦略空軍を初め嘉手納、三沢、フィリピン、グアム、韓国などの米空軍部隊が沖縄空域に結集し、即応能力を試す訓練で、約二百五十機参加したということであります。米軍のこの演習、さらにこの内容などについて運
それで、民間航空との関係をちょっと申し上げますと、地元沖縄の新聞報道によりますと、これは私も向こうへ行って知ったことでありますが、このために南西航空、これの二便が待ったがかかっているのですよ。十七分から二十一分おくれて出発している。それから日本航空、全日空各便とも到着、出発が十分から三十分遅延している。本土航空路の民間機が通常のコースを変更して、いわゆる高度制限などの規制を受けているのですね。この事実を知っておりますか。
日本航空、金星――私そのときいたのですよ。これ、運輸省知らないのですか。
時間がありませんので、これだけお聞きしたいと思うのですが、実はこれは地元の沖縄タイムスの記事なんですが、「運輸省関係筋が十九日明らかにしたもので、同演習はTFEEの「コープ・ジェイド’84Ⅱ」。」実は昨年十月末予定されていたわけなんですが、「規模は、韓国、フィリピン、グアム、嘉手納に駐留する米太平洋空軍部隊に加え、日本海で作戦展開していた第七艦隊の空母・ミッドウェーの機動部隊を投入。グアムのB52戦略爆撃機、嘉手納のE3A空中警戒管制機(AWACS)などのほか、ミッドウェーの艦載機(約七十機)が参加する計画だった。 訓練空域は、米軍が設定した十六のウォーニング・エリア(訓練空域)全部と”幻の空域”アルトラブ(臨設空域)。このため、沖
最後に一つお伺いしたいのは、航空管制に対する協定、この合意があると指摘されて、政府は優先ではなく、便宜を与えるのだ、日本側に裁量権があるというふうなことを答弁なさっておるのですが、この拒否された事実と、裁量権が本当に日本にあるのですか。これ、やってはいかぬとかと言う勇気ある行為だな、これはもういかぬと……。
時間がありませんのでこれで終わりますが、航空安全のために日本は安保、安保と言わないで、あなた方、独立国と言っているんだから、日本自身の裁量権をうんと発揮してもらって、本当に空の安全、民間空域の安全を図るためにぜひ努力してもらいたいということを要請して、質問を終わります。
私は、まず公務員給与の問題について質問いたします。 政府の人事院勧告を三カ月おくらせて実施するやり方は、月々の給与引き上げ額が三カ月分値切られるにとどまらず、夏の期末・勤勉手当にも影響を与え、実質的には四・九カ月分、平均約七万円の人勧の値切りとなります。これは、人勧制度を公務員労働者の代償措置として設けた経緯からいたしましても、また、公務員労働者の最低限の要求である人勧の値切りなしの実施を踏みにじる不当なものであると思います。 同時に、今年度の勧告には俸給制度の改正が盛り込まれています。行政職(一)表の場合には、等級を現行の八ランクから十一ランクにふやしています。既に各省庁ではどの職員をどこの位置に格付するかという格付作業が
次に、今沖縄で行われている公用地の暫定使用法に基づいて、八七年五月十五日に切れるものを、さらに二十年間といいますと二〇〇七年、これまで二十年間使おうとしているわけですが、これに論点を絞って質問いたします。 その前に、今から二日前ですか、十二月八日はちょうど太平洋戦争開始の時期なんです。私は古い新聞を見たのですが、東京日日新聞に大きく「米英と開戦 宣戦布告されたり」、これはどういう教訓を我々はとらなくちゃいかぬか。まあ開戦の時期、真珠湾を攻撃した。これは簡潔に言えば日独伊軍事同盟と翼賛政治、これが戦争への道であった。これを我々は教訓とすべきである。 さらにもう一つは、ことしは広島、長崎に原爆を落とされてからちょうど四十年目に当
土地収用に関しては、もう私が説明するまでもなく、最初に沖縄の政権が基地を返還されたとき、一九七二年五月十五日から五年間、さらに今度は二回目は七七年の五月十八日、このときは四日間の空白が出ました。これからまず五年間。さらに三番目は八二年五月十五日から五年間、これがさっき申し上げました八七年五月十五日に期限が切れる、この段階で二十年間使おうとするわけであります。 具体的な問題に移る前に、沖縄の基地がどういうふうな占領軍の略奪にあって強奪されたか、私は現に見ております。この点を申し上げたい。 まず一番南から、那覇基地になっている、具志部落といいました、そこの土地略奪であります。これは完全武装した二個中隊がやってきて、地主を追っ払う
私は、今略奪をしているということは一言も言っていないんだ。あの異常な占領状態の中でも占領軍はこれを守らなくてはいかぬという法規がある。それは知っておるでしょう。長官知っておるはずだ、ヘーグの陸戦に関する規則というものを。私有財産を没収しちゃいかぬとはっきり書いてある。「掠奪ハ之ヲ厳禁ス」、厳禁なんです。略奪したんですよ。これをどうお考えかと聞いているわけなんです。
実はこの事実を出すのは二回目です。これは厳然たる事実なんですよ。今あなた方が使っている那覇基地がそうなんですよ。まさに民族の悲劇なんだ。それから銘苅にしても、伊佐浜にしても、それから伊江島でしょう。もっとたくさんあるんですよ。国頭の辺戸の方面、こういったのは、全部部落で略奪された事実を、長官はもう少し沖縄の関係を、本当に原点をわからないと、今後の対策が間違った対策になってしまう。 長官、知っておられるかもしれませんが、沖縄の日の丸掲揚の問題と君が代、君が代は小中高ゼロですよ。日の丸はほとんど離島の約七%ぐらいの小中高しかない。沖縄県民がどのように残虐な行為をアメリカ軍から、旧日本軍から受けたか。これは忘れることのできないまさに傷
私、それを聞いたのじゃないのですよ。あなた方が喜屋武議員の質問主意書に対して、沖縄県以外に収用されたのは、これは整理したのです、四十五件あるわけです。四十五件のうち大抵一年だ。二年が八件しかない、そして一番最高が二年五カ月なんですね。あなた方が答弁している、これを確認できますか。それだけの話なんだ。私が断定するわけにいかぬから。
私は、私が挙げました件数は間違いないかということを聞いているのです。例えば四十五件使用があるんです。この中でほとんどが一年なんです。それで二年以上が八件あるわけです。最高二年五カ月なんです。これは事実か。あなた方が答弁したんだから、これを聞いているだけで、何もほかのことを聞いているんじゃないのです。強制とか強制でないとか聞いているんじゃないのです。年数を聞いているのです。
私は、合意の上か合意でないか、そんなことを聞いているのではないのです。あなた方が質問主意書に答弁しているので、これを聞いているのです。二年五カ月というのは根岸なんですよ。ここに書いてある。あなた方の答弁書です。これだけなんです。何も、これは強制だ、これは合意だ、そんなことを聞いているんじゃないのです。そういった件数、だって一年が長いわけないんで、そして二年が八件だ。そして一番長いのが根岸だ。これが二年五カ月。間違いありませんなということを聞いているだけの話なんです。間違いないですか。間違いがあれば直してください。
これをお認めになったから、いいです。 もう一つ、昭和四十六年十二月四日の衆議院沖特委で高辻内閣法制局長官が答弁しています。期間について、これは発効後の問題ですが、いわゆる沖縄国会の時点で、五年というのは長過ぎるとは思うが、特別なことであるからと、あのときにすら高辻さんが言っているのです。これは御記憶あるか、あるいは知っておりますか。
法制局長官の発言は認めるんですか、認めないんですか、これを聞いているんですよ。そう言ったんですよ。
承知しておるんですね。 そこで、問題は二十年問題に入りますが、気の遠くなるような問題なんです。大体これの切れるのが八七年でしょう。これからなぜ二十年かという問題が今焦点に出ているのです。私がこれまでの、沖縄を除くほかの県で、四十何件あって、長いのが二年五カ月、根岸なんですよ。これは行きました。根岸の住宅地なんです。ところが、沖縄は五年、五年、五年と続いた。今度は切れる。八七年に切れる。さて、今度はといえば、今度もやれということで、これはちょっと年数は気が遠くなるよ。だって、八七年から二十年でしょう。二〇〇七年までですよ。ですから、なぜそういった長期にわたる——今まで沖縄だけでも五年、五年、五年だったんですよね。沖縄以外には長いの