米軍基地が返還される場合の一般的な手続といいますか、これを一通り御説明していただきたいのです。
米軍基地が返還される場合の一般的な手続といいますか、これを一通り御説明していただきたいのです。
その閣議決定後、政府間協定か何かもやるわけですか。——まあそれはいいです。 今の安保協で合意された部分について一日も早く返還をするという交渉中だと思いますが、月に二回ですか日米合同委員会が開かれるというふうに伺っておりますが、今回は二十一日ですね。合同委員会が開かれて、今私が申し上げました返還について合意をする、これが一点ですね。返還を合意して、これを発表する、その仕方、内容についても合意をするというふうに承っておりますが、いかがでしょうか。
ですから、二十一日の日米合同委員会で今下部機関でやっているものを手続としてする、そのときに公表の仕方についても、その日米合同委員会で双方合意をしてやるということですね。
先ほどもおっしゃいましたが、一般的な個々の基地の返還については合同委員会で決めて閣議にも持っていくし、いろいろな手続があるわけですが、今回はそれではなくて、ちょっと変わったケースといいますか、異例といいますか、特殊なケースでの公表の仕方ということになりますか。
一日も早く公表するという話ですね、今のことは。そうしますと、今度の場合は、閣議にかけたりそういうことはしないままに、これ、これ、これについてどういう方向でなにするということを公表する、こういうことですね。
さらにちょっと確認しておきますが、二十一日の、さっきの日米合同委員会でこれは決まるわけですから、日にちを置いて公表するのですか。
六月二十三日、海部総理も沖縄に慰霊の日には参列にいらっしゃるということもありまして、やはりタイミング的に二十一日あたりということではないかと私たちは考えているわけであります。 そこで、これは数字的なことになりますが、今平成二年六月の時点で、沖縄県が本土復帰、返還されたのは昭和四十七年五月十五日ですから、その五月十五日の時点で沖縄において米軍基地がどれくらいの面積であり、現時点ではどれくらい返されたか、そして今交渉しているものはどれくらいか。大体の面積でよろしいですから、その率、割合も入れてちょっと御説明いただきたいのです。
今の数字からしますと、四十七年から現在まで返還されたのは一三%、あと八七%はそのまま残っているわけです。とにかく沖縄の場合は余りにも米軍基地が大き過ぎるのですよね。 それで返還されたのは一三%、この米軍基地が返還されますね。地主に返ったもの、あるいは自衛隊さんが引き続いて使用しているもの、あるいは地主に返ってもそうでしょうけれども、遊休化といいますか使えないままそのままにしているもの、こういう返還された後のケース、大体どういうふうなケースになっているかということをちょっと御説明いただけますか。
例えば自衛隊が使っているとかそういうのもわからないのですか。あるいは返したけれどもまたアメリカさんに貸したとか、いろいろなケースがあると思うのですが、全然把握していないというわけですか。
長官、基地が返還される、非常に歓迎すべきことなんですが、この前も委員会で長官にも申し上げましたけれども、いろいろな沖縄の議員の方も質問されておりますけれども、これは政府がちゃんと条約に基づいて借りて提供しているわけです。そして米軍が基地機能はもういいですと返された。これからが問題なんです、地主とか関係者にとっては経済的な問題が切れることになりますから。だから、この跡地がきちっと利用されて果実を生むまでの間をどうするかというのは非常に大きな問題なんです。 何か私は新聞で読みますと、高度な政治的な判断が必要だということを長官がおっしゃったように新聞にありましたけれども、まさにそれで、返還された基地の跡地の問題を含めて、防衛施設庁はも
ぜひこれはやっていただかなくちゃいけません。例えば、長官も御存じのように、那覇空港に降りまして、そこから自動車で左手の方に大きな港があります。那覇軍港です。これは米軍に提供されたままですね。これもほとんど使われてないのですが、もし仮にあの軍港の部分が軍に提供されなくて、最初から民間に使用されている状態であったら、どれだけ沖縄の経済に貢献したかわからないわけですよ。軍が占有しているために非常なマイナスになるわけです。ですからもし仮に軍港が返還された場合に、返還された、はい、じゃこれから民が使いなさいと言っても、今までのロスが大きいわけですから、これは那覇市にしても、県にしましてもそう言える。ですから、今長官がおっしゃいましたように、返
臨時行政改革推進審議会設置法案、私も御質問をさせていただきたいと思います。 いわゆる第三次行革審の設置法でありますが、我が党の山口委員から先ほどるる御質問がありましたので、重複を避けまして、私は、ちょっと先ほども出ておりましたけれども、三庁統合という問題を伺います。 第二次行革審最終答申案ではこの三庁統合という言葉が消えておるといいますか、出ていないわけです。臨調それから第一次には明確に三庁、いわゆる沖縄開発庁、国土庁、北海道開発庁、そういう文言があったわけでありますが、第二次行革審最終答申案では、その三庁統合という文言がなくなりまして、「中央省庁の再編・統合」というように、トーンダウンしたのかなと、私たち沖縄の立場から見ま
確かに中央省庁の中に三庁も含まれることは私も十分知っておりますけれども、三庁という具体的な表現があったにもかかわらず、いわゆる今回の最終答申案ではあえてその表現が消えているわけでありますから、決してそこにアクセントを置いたのではなくて、むしろアクセントは弱まってきたのではないかという感じを受けておるわけです。 したがいまして、これは長官に、沖縄開発庁の存続の意義、目的、趣旨、いろいろあります。行政改革という立場から政府の組織体制をスリムにするとか小さくする、これはもう大賛成です。不必要なもの、あるいは不必要ということは全く言えないと思いますけれども、必要性の度合いによってはやはり統合整理は必要だと思うのですが、その必要度をやはり
第一次臨調、第二次臨調の段階からそうですが、沖縄の特殊性の事情は常に生きているという政府側の答弁でありますので、今長官のおっしゃられたようにその点十分踏まえまして、中長期ですから、あと十年で二十一世紀という段階でこの十年というのが中期になるのか長期になるのか、それで第三次沖縄振興開発計画、これは十年単位で計画してやっているわけで、これを開始しようという段階ですから、その点を踏まえてぜひ検討していただきたいと思います。 それで、私はこの機会に土地の問題でお伺いします。 土地の問題というのは行革審でも常にさまざまな角度から答申もされておるわけでありまして、今も大問題になっておりますが、土地の高騰の問題に関連しまして、私は、沖縄県
警察の方、いらしておりますね。今の件で五月三十日に告発を受けて、今月の八日、極めて早いピッチで今度はまた強制捜索をされたということが報じられておりますけれども、その事実関係等について御説明、御報告をいただきたいと思います。
この問題は、御答弁にもありますとおり、新しい石垣空港建設予定地にかかわる土地がそのような形で取引をされたということで警察の方の取り調べが入ったということなんですが、沖縄県では、この新石垣空港問題といいますのは、ずっともう長い間議論がされてきた問題です。昭和五十五年か、たしか大蔵省も予算をつけましてもう十年余り、一向に今もってこれがめどもつかないという状況で、土壇場に来てまたこういうふうになっているということなんです。ちょっと警察の方に伺いたいのですが、これの見通し、まあ見通しを皆さんにお聞きするのはちょっとあれなんですけれども、今後の空港建設とも非常に密接に関係する問題であります。したがいまして、この見通しについてちょっとお述べいた
国土庁の方に伺いたいのですが、こういう問題を五月三十日に沖縄県が告発をした。国土庁はこういう容疑あるいはこういう事実があるということはいつごろから大体わかっておられたのか。また、これはどういう手段でそういうことを国土庁はおわかりになったのか。そして、わかってどういう対応を国土庁として国土利用計画法に基づいてされてきたのか。その点をお伺いしたいと思います。
そのわかったというのは、登記簿をいろいろ照合した結果、そういうことがわかったということなんですか。
こういう国土利用計画法に基づく土地取引を当該都道府県に当該市町村を通して届け出るケースというのは、年間およそ何件くらいありますか。
そうしますと、その十六万件もあるものを国土庁さんが登記簿とどんどん照合していく、これは物理的に可能性として私は非常に厳しいのじゃないかと思うのです、だれが考えても。だから、登記簿との照合だけによってこういうものがわかったということは、ちょっとどうなんですか、それでいいのですか。