それは最近のどうも総理や外務省の頭とわれわれの頭とどっちが狂っておるのか、どっちが狂っておるんでしょうか。
それは最近のどうも総理や外務省の頭とわれわれの頭とどっちが狂っておるのか、どっちが狂っておるんでしょうか。
おかしなことですよ、これ。 たとえば私と鳩山さんが仲よくしておったとする、私と中江君も従来仲よくしておったとする。ところか鳩山さんと中江さんとはこのごろ大変仲が悪くなった、特に外務大臣をやめてから仲が悪くなった(笑声)――仮定の話ですよ。仮定の話で、鳩山さんは温厚なんですからね、そんなことはないですが、仮の話で、この中江のやろう、おれが使っておったときにはごますりやがって、いまになってこういうことをしやがったと仮に思った場合――鳩山さんにはそんなことないですよ、気の毒ですけれども、一番適切な人だから。この温厚な紳士である、日本的代表の紳士である鳩山さんですらそういう考えを私は持ち得ると思うんです。それなのに、このソ連というわれわ
私は、最近、園田直という政治家の人物像というものをずっと研究しまして、あなたは最近偉いと思っているんだ、私は。それは政治信念に生きておられる。かつて河野一郎先生のもとにおって、河野先生が親ソ的な政策をとられたときに、あなたはそれに真っ向から反対された。そして河野派を除名になったか除名になりかけたか、とにかく大騒ぎかあった。それからまた、この北京の問題を言うことか官民党でタブー視されておったときに、あなたは日中関係は推進すべきだと言った。そして党紀違反にかけられかかった。この事実をずっと調べてきまして、いま外務大臣になられて、日中をどうしてもやろうというその信念、これは一つの物の考え方だし、私は人生の中でとうとい哲学だと思います。それ
それが間違いなんです。懸案事項の処理なら、私はここであなたに対して注意をしたい、国会議員として注意をしたい。懸案事項の処理じゃない。懸案事項の処理ということになれば、私はあなたのいままで言ってきたことを全部否定せなきゃならぬ。私がなぜ前段に、あなたが政治信念に生きられてここまできたかということを私たちの見方は違っても高く評価したのは、懸案事項の処理じゃないんです。それは懸案事項の処理も多少はあるでしょう。あなたはここで日本国の、日本国民の命運を決する外交の方針を選択するそのポイントを握っておられる。懸案事項の処理で園田直がやるんなら、私は反対、あくまで反対する。新しい意味で日本国家、日本人民の命運を決するところの外交の方針を選択する
そこで、いまソ連の問題に触れられましたからお伺いしますが、共同声明にうたわれている覇権反対の項が、いまよく言われておる日本が第三国に対するものでないと仮にうたい上げたとしますと、ソ連はどのように出るでしょうかな、予見される事項がありましたら教えてください。
私の聞きたいのは、二階堂さんが提案をされたと言われるあの二階堂方式、あるいはいま外務省がどうも考えておられると言われる第三国に対するものではないという、この覇権条項ですね、それをうたい上げたときに、ソ連は、ああそうかなあ、おれたちを敵視しないんだなあと、そういうふうに納得をしてくれるんでしょうか。それが私たち一番心配なんです。
私は、大臣、そう見ないんですよ。ここにもこれを持ってきていますし、あなたたちはもちろん資料で持っておるでしょうが、中華人民共和国の新憲法、それから華国鋒主席の政治活動報告、葉剣英さんの憲法解釈報告、こういうものをずっと読んでみまして、この日中の間に条約交渉が進められて覇権の問題で仮に合意をしたとしても、二階堂方式だとか、言われるところの第三国に対するものではないとかいうものを書いたところで、いまあなたが言うように、ソ連はあくまでも、現在の中華人民共和国と日本が組む場合、ソ連を敵視したものと見るのはこれはあたりまえのことですよ。憲法にああして規定していてソ連敵視政策をとっておる国において、また主席のこの政治活動報告を読むにしても、これ
ただ、あなたとその問題でやっておったら時間が長くかかるから言いませんか、共同声明か発出された当時といまとでは、アメリカのアジアにおける体制というものはずいぶん後退していますよ、それを見逃してのいまの発言はおかしいと思います。だから、もうこのことについてはあなたにどうだこうだということは言いませんが、十分おわかりだと思いますね、この問題は。アメリカか後退をしておる、そこでソ連が最近どう出てきたかということ、これはよく頭の中に入れておかないととんでもない間違いをしでかすということを、私は国会議員としてむしろ行政府の蒙を開くために言っておきます。 そこで、覇権反対を憲法でうたい上げておることについて、外務省は真剣に検討したのかどうか、
外務大臣、さっき覇権反対の問題でソ連もさることながら日本国民の納得ということがありましたね、私はこれは大事な言葉だと思います。 そこで、ここしばらくいろいろな動きがありましたが、公明党の矢野さんが訪中なさった、私は大変な御苦労だったと思います。野党でありましても本当に一生懸命やっていただいたことに敬意を表します。この矢野訪中の感触等から、どうもやっぱり覇権の問題等において一致できる点があるんじゃないかなあという感触、あるいはまた、あなたかむずかしい外交交渉に出かけられる限りにおいては――これは出かけられるという前提において物を言っているんで、これからわれわれはこれは党内でいろいろやるわけです。しかし、出かけられるという意思はあな
あなたの後段私が言った訪中をしたいというその問題で、覇権の問題について何らかの新しい感触を得られておるのか、どうですか。
そうすると、覇権の問題でも、やはりこれからあなたが仮に行かれても、非常にむずかしい場面に突き当たるということは、われわれは予測して間違いございませんね。
いまもう一回言ってください、大きな声で。このごろ耳が遠くなったので。
結構です。 次に、ちょっと変わった問題に触れますが、戸村一作さんというのは、大臣知っていますか、戸村一作。
この方が昭和四十七年の三月十七日から四月十日まで中国を訪問しておることは知っておられますか。
このときに、中国の方は、この戸村さんにどういうことをされたか御存じでございますか。
これは勲章をもらっております。本人が帰ってきて自慢して勲章を見せておるから間違いないです。そうでなかったら、あれはどっかおもちゃ屋のおもちゃかもわからぬ。まさかあれだけの人があれだけの勲章を皆に見せびらかしたんだから、もらっておる、写真も載っておる、どうですか。
新聞もまさか読者五百人とか六百人というそんな新聞じゃないでしょうね、あなたが拝見したのは。――大新聞だよ。
そうでしょう、大新聞ですよ。 そうしますとね、私たちは不思議に思うのです。あのとき警官は三里塚事件で四名殺されれたんです。しかも無残な殺され方をした。全くあのときの状態は大臣も知っておられるとおり無法ですよ、法律なきがごとくです。そして惨殺をした、多くの警官がけがをした。それを中国が全額負担で招聘して周恩来首相が英雄として持ち上げて勲章を渡した。そういうことに対して、あなたが今度訪中された場合に、中国のこういう姿勢に対して、独立国である、主権が確立してある誇り高き日本政府の代表として、あなたは中国に対してそれにどう言いますか。
そこで、もう一つ別の観点からお聞きをしたいんですが、けさ中川君とぼくと電話でありましたか連絡しました。それはいつおまえさんモスクワへ行くんだということでした。それについて新聞を見たら外務大臣と話し合いをしておったが、その話し合いはしたのかと言ったら、それはもちろん会ったんだから、話し合い、新聞に載っておるとおりだと、こう言う。どういうふうな話し合いでした。
そこで、私の観測ですけれどもね、きょうの新聞によりますとイシコフさんは五日ごろまでおらぬということなんですね。その間に内村前農林次官が出かけて事務的な折衝をしておく、そして帰ってきて中川君に報告をする。いずれにしても出かけるのはこの内村君が帰ってくるということと、それからイシコフさんがモスクワにおられるということになろうかと思うんです。そうした場合に、四月五日より早くなることはあり得ないという推測は当たっていますか。