それは別個の問題で、関係はないと考えております。
それは別個の問題で、関係はないと考えております。
ただいままでのところでは、インド及びアメリカからの引揚者の中には、どうもこの法律に該当する者はないように考えられるのでございますが、絶無であるかどうかにつきましては、やはり個々のケースに当ってみませんと断言できませんので、結論的なことは申し上げられませんが、今までのところでは、私どもアメリカ、インドには該当者がおそらくないのじゃないか、こういう予測をしております。しかし実際の場合に当ってはどうなるか、よく検討してみたいと思います。
在外財産の補償という言葉は、よほど正確に使い分けませんと誤解を受けるのでございますが、一体在外財産とは何かということが明確でないのです。引揚者が在外財産の暫定補償というものを主張します場合には、一つは私有財産権の尊重、それが国家賠償の肩がわりに使われたがゆえに、国が補償の責任を持てという場合の在外財産と、それから引揚者は無一物で帰ってきたから、在外財産に対して何らかしてもらいたいという場合の在外財産とは、実体が違うのです。そこで政府はいずれの場合でも財産の補償をするという考えはない、そこで先ほど社会保障的性格が強いとおっしゃいましたが、その通りでございます。しかし単なる社会保障であるならば、何も特別にこういう性質のものを出す必要はな
その点は在外財産問題審議会においても強調されておりますし、その気持の通り考えます。
今回引揚者給付金等支給法案を提案するに至りました経過につきましては、かなり複雑な事情があるのでございます。一々申し上げておりますと時間がかかりますが、ごく簡単にかいつまんで申し上げたいと思います。 私どもの考えによりますと、引揚者側の要望の中には、二つの内面的な気持があるようでございます。一つは、在外財産の補償という主張でございます。私有財産権は不可侵である、どこまでも尊重しなければならないということは国際的な大原則である、これが国家間の賠償の肩がわりに使われたということが、彼らの主張の一点であります。もう一つは、引揚者が終戦に伴って母国の保護を離れ、ほとんど無一物となって強制的に内地に移住せしめられた。この点について国は上陸の
御案内の通り引揚者団体におきましては、引揚者在外財産暫定補償法という法案を作りまして、この実現について政府及び国会議員その他について働きかけておったわけでございます。この法案の内容を詳細に検討いたしますると、先ほど申し上げましたような二つの主張が複雑に交錯し合っているわけであります。しかし一方の理念と申しますか、そういうものが在外財産の補償であるのかあるいは引揚者に対する一つの政策的な施策であったのかという点は明確でなければならぬと思いますが、その点が非常に入り込んで不明確である。しかも長い間引揚者団体は在外財産の補償をなすべきであるという主張をなしてきておる。極端に申しますと、なべかまも在外財産である、こういう主張をしておるわけで
在外財産に対して国が補償する法律上の義務ありやいなやという問題は非常に大事な問題でございます。審議会におきましても非常に慎重に検討をなされたのでございます。これは実は厚生省の所管ではございませんので私とやかく意見を申し上げる筋合いではございませんが、経過だけを申し上げますと、慎重に議論をされましたが、法律上の責任ありという議論と法律上補償責任なしという議論と両論ございまして、いずれとも断定するに至らなかったのでございます。さらに詳細に申し上げますれば、在外財産のうち講和条約が締結になった地域にあった在外財産は全体の約五%程度。この地域の在外財産についての法律上の責任の有無の問題、それからいまだ講和条約等が締結されないために在外財産の
在外財産問題審議会におきしましては、この答申にも書いてありまするように政策的措置を講ずることによって多年の懸案を解決すべきであるという言葉を使っております。そこでこの給付金の支給によって先ほど申し上げましたような法律上の問題が解決したかどうかという点については、必ずしもそうだと断言し得るかどうかについては疑問があるかもしれませんが、引揚者側の要望につきましては、この措置を講ずることによっておおむねその御要望に沿うことができたのではないか、こう私どもは考えております。
政府におきましては在外財産の補償の義務についての見解は、補償の義務なしという見解を一貫してとっておるわけです。従いまして将来どういう事態になりましても、この補償の義務はないという見解でおる以上、補償の責任ありという観点から措置をするということはないと私どもは考えております。これは関係の直接の責任者ではございませんが、従来の経過から見ておってそう解釈いたします。それからその点を離れました引揚者に対する措置といたしましては、今回の措置が最終的な措置であって、これによって引揚者にも満足してもらわなければならない、こう考えております。
第二条第一号に書いてありますように、引揚者の範囲は、終戦に伴ってやむを得ない理由によって内地へ帰ってきた人、いわゆる強制的移住者という引揚者の観念を出そうとした条文でございます。終戦に伴って引き揚げ同胞が帰って参りました場合、シナあるいは南朝鮮の場合におきましては当該地域の外国官憲の引き揚げの命令があったわけでありますが、その命令がはっきり出ない地域におきましても、当時の周囲の情勢からそこにおったのでは生命に危険を生ずる、あるいは生命に危険を生じなくても、そこにおったのでは生活することが事実上できない、今まで商売をやっておったところが商売ができる状態ではない、あるいは自分が今まで勤務しておったところがつぶれてしまって、そこにおったの
生活手段の喪失という生活手段と申しますのは、生活するために必要な有形無形のいろいろの生活上の便宜、利益という広い意味に考えております。生活手段という言葉は非常に抽象的な言葉でございますが、具体的に申しますれば、家財も入りましょう、あるいは住居というものも入ろうと思います。そういうふうに生活するために必要な一切の有形無形の生活上の手段、原因、こういうふうに考えておるわけであります。お話の通り財産を失った場合も入りますが、必ずしもその財産は客観的な価値のある財産だけでなしに、主観的な財産も入ると思います。
この条文の趣旨は、六カ月以上外地に生活の本拠を持っておった者が、自己の意思によって自発的に帰ってきたのではなしに、終戦の事態に伴って内地にやむなく追い返された、こういうことをうたおうとしておるのでございまして、やむにやまれない理由によって帰されたという一つの例示といたしまして、「外国官憲の命令、生活手段のそう失等のやむをえない理由」というのでございます。やむを得ない理由の一つとして生活手段ということを掲げたわけであります。従って向うで商売をしておった方が終戦に伴って内地に帰った場合もありましょうし、また向うで会社、工場、事業場についておった方が、会社、工場、事業場が閉鎖になり、つぶれてしまったために内地に帰ってこざるを得なくなったと
第三条に引揚者給付金を受ける権利の認定は厚生大臣が行うとあります。しかし実際上の措置といたしましては、この権限の大部分を都道府県知事に委任するつもりでおります。そこで六カ月以上生活の本拠を有しておったかどうかということの認定は、都道府県知事がこれを行うわけでございますが、生活の本拠が六カ月以上あったかどうかということにつきまして、果してどういうふうにしてそれを認定するかという点についての御質問だと思います。昨年六月、御承知の通り三千万円の経費を国が出しまして、実はこれは在外財産問題審議会の審議の資料にするために厚生省が委託を受けまして実態を調査したのでございますが、その際にはこういった六カ月以上という要件はつけておらなかったのでござ
一般的な常識からいたしまして、いわゆる生活の基盤を作り上げるというためには、どんなに短かくても六カ月程度は必要であろうという、常識であります。これは三年であるとか一年であるとかいろいろ議論があろうと思いますが、私の方といたしましては、でき得る限り引揚者側の御要望に沿ってあげたい、こういう考慮から引揚者側の要望そのままを受け入れまして六カ月ということにいたしたわけであります。
気持としてはただいま御指摘の通りなるべく引揚者側の要望に沿っていきたい、こういう気持で立案されております。ただし実際の事務の施行に当りましては、各都道府県にまかせる関係上、各都道府県でばらばらになっては困りますので、最初は問題のないケースから早く片づけていく、問題のあるケースにつきましては都道府県が勝手にやらないで、一応中央に持って帰って、中央でさらにそれを練って、またそれを一定の基準によって実施するように地方へ流す、それからまた問題が出てきたときに中央に持って帰って、またそれを検討して地方に流す、こういうようなやり方でやるよりほかはないのではないか。最初から全部を野放図にやらせてしまいますと、その間ばらばらになってでこぼこができる
実はこの仕事をするに当りましては、事務的処理ということが一番頭を悩ました点であります。軍人恩給あるいは遺族援護の場合におきましては、残存機関におきましてそれぞれの公的資料を持っておりまして、公的資料を整備いたして参りますれば、公務で死亡したものという認定が可能であるわけでございます。今回の場合には役所側には何らそれを確認する資料がないわけでございます。そこでその点につきましていろいろ検討いたしたのでございますが、達観いたしますと、大部分のものにつきましては、先ほど申し上げました通り、処理が可能であるという見通しがつけられたわけでございます。そこで問題は、先ほど御指摘になりましたように、本人が引揚者であるかどうかについての証明書もなく
ただいま御指摘になりました点につきましては、政府部内においてもいろいろ議論のあったところであります。法律の解釈といたしましては、第四号にもはっきり書いてあります通り、「昭和二十七年四月二十九日以後本邦に引き揚げたもの」こうなっております。「本邦に引き揚げたもの」の中には、巣鴨から釈放になった者を含めるという特別の条文は置いてございません。本邦に引き揚げた者でございまするので、巣鴨で拘禁されておって釈放された者は「本邦に引き揚げたもの」に入らない、こう解釈しております。その点については、先ほど申し上げました通り、いろいろ議論のあったところでありますが、今回の措置は終戦という特殊の事態に基いて発生した引揚者及び遺族等に対する処置でござい
ごもっともな御質問だと思いますが、何分にも今回の措置は引揚者であるという点に重きを置きまして、こういう処置をいたしたのでありまして、どこかに一線を画さなければならないというので、かようにいたしたわけでございます。第四号は、先ほど申し上げましたように、講和独立後もなおかつ外地に残留を余儀なくされ、戦犯として抑留されていた方々に対しましては、相当以上に苦労をかけている、こういう観点から第四号が置かれたのでございます。巣鴨は内地の拘禁所であります。やはり外国官憲によって管理をされておったところではございましょうが、外地に拘禁されておった者との間には、心身においてこうむった労苦、あるいは釈放後における生活体験という点において、いささか違う面
巣鴨拘禁者が拘禁中に死亡した場合におきましては、遺族援護法では戦没者と同じように扱っております。
未帰還者留守家族援護法におきましては、未帰還者として取り扱っております。