引き揚げたあとで死亡された方と引き揚げる前、引き揚げ中になくなった方と二つに分けております。引き揚げたあとに死亡された方は所得制限をいたしまして約二十八万人、それから引き揚げ中になくなった方は所得制限を加えまして約十五万人と考えております。
引き揚げたあとで死亡された方と引き揚げる前、引き揚げ中になくなった方と二つに分けております。引き揚げたあとに死亡された方は所得制限をいたしまして約二十八万人、それから引き揚げ中になくなった方は所得制限を加えまして約十五万人と考えております。
御承知の通り開拓民の中には陸海軍の要請によって戦闘参加して戦没された方々もあります。これは一般邦人ではあるけれども、あたかも軍人、軍属と似た事情にございますので、特に戦傷病者戦没者遺家族援護法によりまして戦闘参加者として三万円の弔慰金を差し上げておるわけであります。ところが満州開拓民の中には、戦闘に参加してなくなった方ではない方があるわけでございます。これが従来問題だったわけであります。これは戦闘参加者として取り扱うわけにいかないというケースが相当たくさんあるわけであります。御承知の通り開拓民が僻地から引き揚げのセンターにきて、そこで待っている間に病気でなくなった方がございます。その死亡の状況は、他の一般引揚者で途中でなくなった方々
条文を読みますと、八条の規定が遺族給付金の条文でございますが、これだけで参りますと、遺族援護法では弔慰金をもらい、さらにこの法律でも給付金をもらう、こういうことになるわけでございます。それを調整したのが第十二条の第二項であります。これがないと両方もらうということになるわけであります。
これは技術的な規定でありますが、厚生省の引揚援護局の定員は毎年減ることになっております。ことし三十二年度においては、五月十五日現在において二百七十名落されるわけでございます。その落し方を、早く申しますと、十名減らすということになるのでありまして、現実に人が減るのは五月十五日でございます。従って十名増員という形は五月十五日以降において初めて実際の効果があるわけであります。
お答えいたします。山西組を特に入れるというふうには法律技術上書けませんので、その点ははっきり出てないわけでございますが、山西組は昭和二十七年四月二十九日以降引き揚げたものでございます。しかし、中には、外地に生活の本拠を持っておった方もあるわけでございます。まあ、あるかないかわかりませんが、あったとすれば、それは第二条の一号の方に入るのじゃないかと思います。向うで商売をやっておって応召したという方もあろうと思います。これは山西組であるかどうかということではないので、生活の本拠を失ったということで入るわけであります。 それから内地から応召されて、向うに行って、現地復員をされて帰ってきた人という従来からの問題は、現地復員を取り消すかど
どうも話が二つのものを一緒にしておられるのじゃないかと思います。私は、現地復員を取り消すという措置については、単なる私どもの方の便宜論だけではいかぬ点があるのだということを申し上げておるのであります。それはそれとしておいて、かりにやむなく現地復員をしたことを是認するとしても、ここにいう「外地に残留することを余儀なくされた者」の中に入るかどうかということについては、十分考慮して参りたい、こう申し上げておるのであります。
解釈としてはそれでけっこうだと思います。ただ私申し上げたのは、「外地に残留することを余儀なくされた者」という条文がありますので、山西組の一人々々について当った場合に、果して余儀なくされた者であるかどうかに若干疑問が出てくる。しかし、その疑問の点は、現地復員をした基礎になった事情と全く同じように解釈する必要はない、こう申し上げたわけであります。
実際の問題として御懸念のような場合が発生するおそれは多分にあろうかと思います。遺族国債の場合におきましても、そういう点は当初非常に心配されたところでございます。遺族国債の場合におきましては、当初国民金融公庫で国債を担保にして金を貸し付けるという方法をとりましたが、その後さらに政府においてこれを買い上げるという措置を講じたのであります。計画的に買い上げると申しますか、生活保護法の適用ある方、また生活保護の適用を受けないがボーダーライン階層にある者に対しましては政府から各県に割り当てまして買い上げを実施しておるわけであります。本法におきましても国債の護渡担保でございますので、当然政府または公共団体が買い受ける場合も予想はいたしております
引揚同胞対策審議会は、同じく法律によって設置せられ、総理府に置いてある審議会でございますが、その審議事項の中に、当初在外財産に関する事項というものがあったことは御承知の通りであります。その後引揚者団体等におきましては、この問題は別個の角度から審議をすることが適当であるということで、主として財産ということに重点を置いて、在外財産問題調査会、後にそれが発展して審議会になったのでございますが、在外財産問題審議会を廃止して、引揚同胞対策審議会を置いておくことはおかしいではないかという御議論でございますが、それはおかしくないと思います。と申しますのは、引揚問題は御承知の通り、未帰還問題という広い意味におきまして、今日まだいろいろ問題が残ってお
戦闘参加者特に開拓民が辺境の地帯から移動する過程において、ソ連軍または土匪等に襲われてなくなれた方々が相当ございますが、これらの方々に対しては、大臣の言われたように、でき得る限り戦闘参加者として処置するようにいたしております。ただいま死亡の状況がわからないのではないかということでありますが、これは死亡として処理されておる方々でございまして、死亡の状況はわかっております。そこでその方々が戦闘に参加したかどうかという認定については、戦闘に参加した方という範囲についてゆるやかに解釈して三万円の対象にしておりますが、どうしても戦闘参加者として取り扱えないものがございます。しかし収容所にたどり着いて冬を越す過程において病気でなくなられた方々、
法文の字句はその字句の通りでございます。陸海軍の要請に基いて戦闘に参加し死亡した者というふうに相なっております。いかに最大限の解釈をいたしましても限界以外のことはやむを得ないことでございまして、ただいまでき得る限りその条項を適用するようにという御要望でございますが、そのお気持につきましては大体同感でございます。できるだけその趣旨によっておりますが、しかしいかに考えましても、その移動の過程におきましての敵と申しては何でありますが、土匪あるいはソ連軍に襲われたと認められない方もございます。また収容所に入ってからなくなられた方もございますので、現在あの法律の条項で読み切るといったこともできません。そういった関係もございますので、今回こうい
開拓民で死亡された方は大体七万人であったと記憶いたしております。その中ですでに弔慰金の裁定の済んだ者が約一万五千人であったかと思います。なおまだ事務の進行中のものもございます。詳細な数字につきましては後刻調べてまた御説明申し上げたいと思います。
開拓民の死亡者の相当部分は年が非常に若い、十八才以下、十才前後から下の方が非常に多いのであります。これらの方々は収容所に到着してから病気のためになくなられた方が非常に多いのでございます。先ほど自分の都合でなくなったという表現がありましたが、戦時災害でなくなられた方は決して自分の都合でなくなったわけではございませんので、満州においてああいった状態のもとになくなった方は、一種の戦時災害と同じような状態でなくなった方であるという観点から今度の給付金が出ているわけであります。自分の都合でなくなった方に給付金を出すという考え方ではないわけであります。
ごもっともな点でありますが、私どもできるだけ法の趣旨の普及徹底をはかりまして、すみやかに給付金の支給を終えたいと思います。御心配の、知らないでおるために支給を受けられなかったということのないようにいたしたいと思います。時効の規定は、一般の社会保険の例によりますと二年でありますが、この場合は、特にもう一年延長いたしまして、三年といたしております。その辺は御心配のないように善処いたしたいと思います。
先ほど大臣から琉球政府と申し上げましたが、それは南方連絡事務所長でございまして、日本政府の出先機関でございます。それからこれは権利の裁定、認定でございますので、当然国が行うべきであって、民間の団体等にはまかすことはできないと思います。
引揚者団体は引揚者のための団体でございますので、引揚者の方々には資料を集める等にいろいろ御苦労を願うこともあると思います。その場合には、引揚者団体におきましても、その不備な点、足りない点を補っていただくのは、この団体本来の仕事でございますから、国が頼まなくても当然おやりになっていいと思います。
これは仕事の性質上、また諸般の事情から考えまして、都道府県知事に認定の仕事をお願いすることにいたしております。そこで事務の実施におきまして一番大事なことは、全国の認定の仕事がばらばらにならないように、一定の基準によって整斉と行われることが一番大事だと思います。そこでそれは一定の基準によって地方にやらせるようにいたしたいと思っております。引揚者団体が法の実施によってすみやかに引揚者が給付金をもらえるようにすることに協力されることは当然のことでありまして、別にそれを認めるとか認めないとかいうことは言う必要がない、当然なすべきことだと思うのでありまして、国からそれに委任するという性質のものじゃないと思います。
端国神社の場合におきましては、靖国神社へ合祀をする戦死者の諸元と申しますか、戦死者の姓名、本籍地、戦没された年月日、場所等が、靖国神社ではわかりませんので、それを厚生省なら厚生省に聞いてくる。そこで厚生省は都道府県と連絡をとって、できるだけ教えてあげるという仕事をやっておる。これはだれが聞いてきても教えてあげるのは当然でありますので、こちらが靖国神社の仕事に協力しているわけであります。
この点につきましては、各府県の認定の事務がばらばらにならないようにするということが一番大事なことでございます。協力を求めた結果ばらばらになっては困るわけであります。その点につきましては、慎重な態度をもって臨みたいと考えております。
その点につきましても、全国的に統制をとって参りたいと思っております。