いまの御説明で出入国管理というものは外交と切っても切れない関係にあるということはわかったと思いますが、ならば、手の届かなくなった、日本から出ていった外国人ならばともかくも、入国して日本に滞在中の外国人、これはすべてとは言いませんけれども、何か非常に問題のありそうな、そういった問題を起こす可能性のありそうな人物の去就、言動について、法務省なり外務省なり警察が、私が先ほど申しました見地からしても責任があると私は思いますけれども、この点外務大臣、いかがでしょうか。
いまの御説明で出入国管理というものは外交と切っても切れない関係にあるということはわかったと思いますが、ならば、手の届かなくなった、日本から出ていった外国人ならばともかくも、入国して日本に滞在中の外国人、これはすべてとは言いませんけれども、何か非常に問題のありそうな、そういった問題を起こす可能性のありそうな人物の去就、言動について、法務省なり外務省なり警察が、私が先ほど申しました見地からしても責任があると私は思いますけれども、この点外務大臣、いかがでしょうか。
その金大中事件の伏線と申しますのは、金氏の事件当時の日本の滞在のあり方と、その発端となりました日本入国、昭和四十八年一月五日、それからその後三度に及ぶ滞在期間の更新、延長と、七月十日、その間アメリカに参りまして、それから再入国し、その後の同氏の滞在のあり方、これが直接ではないにしてもかなり直接に近い間接であの事件にかかわりあると私には思われるのです。 まず、その一月五日にビザが失効して実質的にノービザで来日しました金氏を、六日に法務省は入国許可をしました。これは法務省から提出していただいた資料では、出入国管理令の十六条三項による処置、転船上陸許可、ショアパスという処置で滞在を許可したことになっておりますけれども、このいわゆる転船
それでは、その十二条三号の「その他法務大臣が特別に上陸を許可すべき事情があると認めるとき。」というこの事情は、結局、滞在目的となりました同氏の腎不全の治療と自叙伝の出版校正ということでございますか。
しかし、扱いが十六の三というケースは、いずれにしても、滞在期間がきわめて短いのが一般例ではないのでしょうか。
もう一つお聞きしますけれども、この十六条の三項の中に、「当該乗員に対し、上陸期間、通過経路その他必要と認める制限を附することができる。」とありますけれども、金大中氏のこの十六の三扱いの中での、その他必要と認める制限を附するという処置というものでしょうか、それはあったのでしょうか。
一説には、金大中氏は赤十字の渡航証を持って日本にやってきた。ノービザであった。それから、金山元韓国大使が身元引受人になって入国をした。それが十六条の三の扱い、あるいは先ほどの十二条の三号の法務大臣の特別の処置につながったと思いますけれども、身元引受人が元の駐韓大使であるならば、当局もいろんな形で連絡をし、金山氏とも接触もとられたでしょうし、その経過の内容も御存じだと思います。 また一説には、そういった事実があったかないかをお聞きしても恐らくむだと思いますけれども、書簡なり電話で、金大中氏が来日以前、アメリカ滞在中かかわり深かったハーバード大学のライシャワー元駐日大使が時の大平外務大臣に非常に強い要請をされて、大平さんは非常に困惑
そして、その三回の期限更新をしまして、その間アメリカに渡航し、また日本に戻ってこられた、こういう例は前例としてあるのでしょうか。この扱いの中では非常に異例に属する事実でございましょうか。
それにしても三月九日の百八十日の期間更新と、それから三月十四日のさらにそれにプラスしての六十日間の期間延長は、お伺いしますと、アメリカへの再入国の際に、アメリカ側が、日本が金大中氏を再入国するときの受け入れの保証として百八十日では足りないということでさらにそれを二カ月、六十日延長して、その上でアメリカの再入国が許可されたということのようですが、この点は、どうもアメリカの方が日本の政府の姿勢を参考にした上で金大中氏の再入国というものを許可している。どうもアメリカの方が日本よりしっかりしているというか甘くないというか、右から左へ物事が簡単にいかない。そういう点で厳密と言いましょうか、姿勢が日本の政府とかなり違うという印象を否めませんが、
ですが、その滞在中に金大中氏が、法務省が承知している二つの滞在目的以外の行為を非常に熾烈にされた、政治活動を非常に活発にされたという事実は、もう周知でございます。そもそも日本政府が友好関係にある当時の朴政権の打倒運動を、在留の韓国人たちを説得するだけでなくて日本の非常に多くの数の政治家、それも与党の政治家を含んで非常に熱心にされました。それに付随して幾つか有名な雑誌でのインタビューにも応じられて、その中で同じようなキャンペーンをしておられます。 余談かもしれませんけれども、私の非常に親しい与党の若い政治家も金大中氏と会いましたが、数人の話ですと、同氏が余りに自分の国の悪口を熱心に言うので、逆にいや気が差して中座したという人が数人
問題をはぐらかさなくていいのですよ。十六条の三という説明が法務省から出ている資料にしきりについているものだから、私はその問題について言っているのですけれども、それでは先ほどあなたがおっしゃった十二条の第三号の「法務大臣が特別に上陸を許可すべき事情があると認めるとき。」 結局それは特別の事情として要するに病気療養と出版活動ということに限ったわけでしょう。ですから私が申し上げたいのは、やはりそれ以外の行動を実際に金大中がされたわけですな。それについての法務省の見解を私は伺おうとしているわけですけれどもね。 それで、十六条の三項プラスこの十二条の三号という形で滞在を許可された金大中氏、ほかにもこういうケースがあるのかもしれませんが、そ
どうもちょっとおかしいですね。あなたのお話を聞いていると、先ほど金大中氏の特別の入国のケースは十六条の三よりもむしろ十二条の第三号の法務大臣の特別の許可、つまり特別の事情でしんしゃくした許可という方に重点があるというふうに言われた。ところがいまの説明ですと、つまり十六条三項に力点を置いていらっしゃる。しかしいずれにしても十二条三号ということで金大中氏が入国されたことは間違いないわけでしょう。そうすると、金大中氏の滞在資格というものは、要するにどちらが重いのですか。十二条三号の法務大臣のつまり特別の配慮というものがやはり彼の滞在というものを法的に制限しないのですか。それは特別の配慮というものは、繰り返して申しますけれども、病気の療養と
そうなると、金大中事件というものはかなり特異な事件ですから、こういった事件がこれから二度、三度起こる可能性は少ないし、また起こってもらっては困ると思いますけれども、外務大臣にお聞きしますが、実際に私たちは非常に苦い経験をしたわけです。そして金大中事件なるものが、裁判の成り行きも絡まって、日韓関係にいろいろな暗い影を落としかねない、こういう体験を現実にしながら、入国管理令をここににわかに専門的に外務大臣に御批判をいただきたいとは思いませんけれども、私がいま質問し、法務省側の返答を聞いている限り、入れるときは法務大臣は事情をしんしゃくして、とにかくあなたが日本にいてやっていいことは、ビザもないことだから、ビザもいろいろ要するに滞在の目的
外務大臣、非常に微妙な答弁をされましたけれども、外務省としてはそういう配慮をすることが望ましいという見解だと私は思います。現に日本が国交を持たない北鮮から日本にやってくる朝鮮人の政治活動については、外務省からも強く申し入れてそれを制限することを行っているわけでございまして、それは当然私たちが友好関係にある韓国の政府に対する配慮だと思いますが、そういう日ごろの配慮がありながら、北鮮ではないにしても韓国からやってきた金大中氏が、友好関係のある朴政権に対する反政府運動を熾烈にするということに関してはどういうわけか、これはどこに最終的な責任があるかわかりませんけれども、時の政府は少なくともほとんど何もしなかった。私に言わせると、これは一種の
アメリカのイランに対する今回の断交処置は、どうもアメリカの大統領選挙との絡みがあるという印象を非常に避けがたい。先般の、これのもとになりました学生による大使館占拠事件の際、日本は国際法に違反しているイランに対する遺憾の表明とアメリカに対する同情というものの表明が非常におくれたために西側のひんしゅくを買いはしましたが、今回はもともとカーター大統領の外交的な不手際その他で起こった前回の事件を踏まえての出来事でございまして、理解を強く求められたかどうか知りませんが、とにかく日本側の理解も具体的にはほどほどにしておいた方がよろしいのではないか、アメリカの大統領選挙の一翼を日本が血を流してまで担う必要は全くないと私は思うのです。外務省が発明し
ちなみにキッシンジャーはいまの政府批判をしまして、アンゴラを担当した経験にこりてか、その後起こったアフリカのドミノ現象を踏まえて、自分ならばとにかく即刻隣のパキスタンに軍隊を派遣し、もっと強力な軍事援助をすると言っているわけですが、大体二年が山だろうというのがほとんどの国の分析のようであります。 それにしても、私、非常に不思議なのは、一昨年六月にダウドという政権が倒された。これも四千人のソビエトの正規軍が国境を越えて乱入して、たった二晩でダウド政権を倒したとということは公知の事実であるのに、アメリカはそのときにソビエトに対する今日のような対抗処置をとらなかった。日本もとにかく日本なりのイニシアチブでオリンピックの不参加等々ソビエ
一昨年ソビエトの正規軍が加担したかしてないかというのは、これはDIA、CIAの情報が明らかにしているところで、その種の情報を日本の外務省が持っていてもこういう席で公表できない、口にできないという事情があるかもしれませんが、私はそういった情報というものもつかんでいるならこういう時期にやはり事実として踏まえた答弁をなさったらいいと思う。 これは水かけ論で、ないと言えばないのでしょうからそれで終わりますけれども、これは軍事の専門家の常識になっているわけですね、あのときたった二日間で四千人の正規軍がとにかくカブールでダウド政権を倒したということ。 それはさておきまして、アメリカの議会あるいは軍事の専門家あるいは軍部では、もうすでにポ
いや、笑い事じゃないのですね。そのとき、やはり日本であろうというのがアメリカの専門家の意見です。しかも、つまり一年しか日本はもたぬだろうというのがアメリカの当事者なり専門家の意見であります。これは笑い事じゃなしに私たち頭にしまって、これからの世界の動きあるいは日米関係なり日ソ関係なりを考えていかなくてはいけないことじゃないかと思いますが、ここでにわかに一つの私たちに身近な問題が浮かび上がってくる。それは、ソビエトが占領したまま返還せずに軍事化が著しく進んでいる北方四島が、こういう国際情勢の中あるいはアメリカの専門家のそういう分析のもとに、新しい光彩で浮かび上がってくるわけです。 かつてはそれだけは返していいとソビエトも言っていた
いや、政府の態度は私よく知っているのですけれども、しかし問題がいまになっていろいろな形で起こってきているときに、もちろん当時の外務大臣ではないことはわかっていますが、しかしあの時点でソビエトが日本を選んで、先進産業国の中で日本だけにああいう非常に一方的な、理不尽な、けしからぬ振る舞いで善隣条約の草案をつくり、彼らの機関紙に発表してまでその締結を迫った、その魂胆といいましょうか、そういう外交的な衝動の原因というのは何だとお考えですか。 私は、ソビエトがそういう挙に出るということは、彼らは彼らなりに何らかのディプロマティツクなオプションというものを持っていたと思うのです。それが何かということ、どういうわけでソビエトは日本にああいう協
いや、あなたのお立場だからこそ私お聞きしているのでして、困難ということはどうなんでしょうか。つまり、外務大臣がそういう問題について自分の所見を述べるということは非常に大事だと思うし、そのために外務委員会という大事な委員会があるのじゃないでしょうか。そしてまた、そういう所見を述べることで外務委員会というのは非常に権威のある委員会になるけれども、私もずっと外務委員会の委員をしていますけれども、だんだん特にこの衆議院の外務委員会は退屈になってしまった。こういうことでいいのでしょうか。私は、間違ったら間違ったで責任をとられたらいいと思う。しかし、何もその所見が間違ったからといって、大臣に罷免を迫る議員もいなければ国民もいないと私は思いますよ
了解はしませんけれども、そうおっしゃるならば仕方ありませんが、しかし、大臣をおやめになった大来さんに私はこういう問題についてお聞きするつもりはない。外務大臣であられる大来さんにだからこそ私はお聞きしているわけですけれども、次に進みます。 この善隣協力条約を突きつけられたときにでしょう、訪ソしていた園田外務大臣にコスイギンが、日本とソビエトの関係はソビエトとフィンランドのような関係が望ましいということを言っているわけですね。 一体日本とソビエトの関係がソビエトとフィンランドの関係に近い、そういう可能性があり得るか、どこにあり得るかということを私も考えてみましたが、これは私の仲間、若い仲間が北海道に行って北方四島問題についてのい