あの辺の地層が余り強くないという情報は、北海道電力等々を通じましてわれわれ承知しているわけでございますが、まだ具体的にボーリングをやったとかいうような事実につきましては、私どもは承知をいたしておりません。
あの辺の地層が余り強くないという情報は、北海道電力等々を通じましてわれわれ承知しているわけでございますが、まだ具体的にボーリングをやったとかいうような事実につきましては、私どもは承知をいたしておりません。
低レベルの廃棄物につきまして、できるだけ減容をしよう、量を少なくしようというための技術開発は極力進めているところでございます。したがいまして、試算にございます三百万本という御指摘がございましたが、これはできるだけ減らすという方向で努力をいたしております。今後とも最善の努力を尽くすべきだと考えております。 なお、やはり原子力委員会の考え方といたしましては、陸と海と半分ずつぐらいで最終的な処分をいたしたいという考え方は変わっておりません。全量陸でということは考えていないわけでございます。ただ、海洋処分につきましてはいろいろ御意見がございまして、現在御納得をいただくべく努力中ということでございます。 それから、自然公園あるいは景観
先ほど申し忘れましたので補足させていただきますが、幌延町のお話がございましたときに、仮に低レベルの廃棄物の貯蔵ということも考えていいという率直な地元の御意見がございました。その報告を申し上げましたときに、私どもが大臣からきつく御下命をいただいたのは、まず国策に沿うものでなければならない、二番目に、北海道地域としての納得が得られるものでなければならない、三番目に、地域の振興に結びつくものでなければならないという三つの御下命をいただきまして、そういう観点で本問題を考えるようにという御下命をいただいておりまして、そういうスクリーンと申しますか、考えをもとにその幌延町のお話を伺い、また考えているというのが現状であるということを申し添えさせて
先生御承知のように、放射性廃棄物でございますけれども、年とともに放射能というものは減衰していくものでございますので、何年もたてば普通のコンクリートと同じになってしまうものであるということもぜひ御認識いただきたいと存じます。
お答え申し上げます。 まず、御指摘の高速増殖炉、「もんじゅ」と通称しておりますが、これは研究炉でございます。したがいまして、御指摘の電調審の審議の対象になっておりません。しかしながら、できるだけ普通の商業炉の手続と同じように進めていこうというふうに基本的に考えておりまして、昭和五十一年七月福井県知事さんから環境の事前調査の許可をいただく、さらには、新しい炉であるから商業炉との安全性の問題についてどうも理解がしがたいという御意見もございましたので、それでは行政庁審査で安全審査をやらしていただいて、その結果を御説明申し上げて、安全性に対する御理解もちょうだいしたいというようなお話し合いを地元と十分いたしまして進めているところでござい
高速増殖炉は御指摘のように非常に新しい炉でございます。したがいまして、この前段階といたしまして、東海におきまして熱出力約十万の「常陽」という設備を用いまして、実験炉をつくりまして、これは発電は行っておりませんが、実験炉、原型炉、実証炉そして実用炉、こういうふうに進んでいくのがこの原子力開発の基本的なパターンでございます。私どもは原型炉まではあくまで完全な研究炉であるというふうに理解をしているわけでございます。 なお、御指摘のございましたフランスのスーパーフェニックスにつきましては、実証炉という段階で、われわれが考えております「もんじゅ」の次の段階の炉でございます。 また、電調審との関係でございますが、あくまで電気の需給を検討
まず、電調審でございますが、これは電気事業法に定められております電気事業用の電気工作物を対象にしている、「もんじゅ」はそれから外れているわけでございます。したがいまして、電調審にはかからない。しかし、それに相当する、あるいはそれ以上の手続は十分踏ませていただきたい、このように考えているわけでございます。 来週の説明と申しますのは、この安全性を主体に地元に御説明するということでございまして、私どもといたしましては、その点地元の十分な御了解を得るべく努力をいたし、また、安全性を確保できるんだということを御理解いただくための努力を払っているということでございます。
お答え申し上げます。 五十一年の原子力委員会決定の目標といいますか、当時のスケジュールから若干ずれているということは事実でございます。ただ、方向としては何も変わりがございませんで、その基本的方針の実際化と申しますか、高レベル、低レベルそれぞれにつきまして、より具体的な検討を進めているというのが現状でございます。
見直しという意味ではございませんで、五十一年十月の委員会決定は基本的な方針、考え方を決めたものでございまして、その具体化ということで検討を進めているということでございます。
原子力船「むつ」の開発のために使用されました経費といたしましては、現在まで、昭和三十八年度に原船事業団が設立されまして昭和五十五年度までの決算、十八年間の決算ベースで三百三十九億円でございます。さらに、これに今年度の予算約六十九億円を加えますと、約四百億円となるわけでございます。
今後の原子力船開発の基地といたしまして新定係港の建設を予定しておりますが、これにつきましては、現在候補地につきましてその自然条件あるいは環境等調査中でございまして、この結果を待たないと正確な数字が出てこないという状況にございます。 なお、それとあわせて陸上附帯施設が必要になるかと考えております。
まだ候補地がはっきりしていない時点で申し上げた数字かと存じますが、現在では少し事情も変わっております。したがいまして、その程度あるいはもう少しという感じではおりますが、まだ明確な姿が見えてきていないというのが状況でございます。
当時「むつ」の建造費といたしまして、最初の船価の予定は五十六億円でございました。現実には七十三億円かかったわけでございます。また、現定係港でございます大湊港の建設には二十六億円を予定し、そのとおり実施されたわけでございます。
当時、三十六億円の建造費で発注をしたわけでございますが、応札がなかったというような事情がございまして、その後船価を上げて再び入札を求めたという事情がございます。そういう経過はございました。
この船の目的につきましては、当初は船種が海洋観測船ということでスタートいたしましたが、昭和四十二年にこれを特殊貨物船ということで、目的を変えたわけでございます。 なお、現状を申し上げますと、先般の国会で御審議をいただきまして五十五年十一月二十九日成立の日本原子力船研究開発事業団法によりまして、この船の目的は実験船に限るということにいたしているわけでございます。
物を運ぶことも考えての実験船という位置づけであったかと理解しております。
昭和四十一年当時、そういう考え方をしていたことは事実でございます。
特殊貨物として当時核燃料物質が考えられていたということは事実でございます。当時の事業団年報に六弗化ウランの輸送ということが記述されております。また昭和四十三年当時、できるだけ核燃料だけじゃなくいろいろなものも積んで、ある程度収入を上げたいという希望があるということも御説明申し上げている経過はございます。
最終的に実験船にしようという決断は、むしろ昭和五十一年三月三十一日に原子力船開発事業団法が切れるに際しまして、その延長につきましての国会での御討議の結果、実験船に限ろうということに変わったわけでございます。 もう一点、港の件でございますが、将来的には公共的な港湾として考えたい、このように考えております。
地域の発展を考えた公共的な港湾ということを考えたいと思っております。