「むつ」が佐世保の造船所に係留される約三年間、すなわち五十三年の十月から五十六年の十月までの期間に、月額約四千万円の係船料を支払うという計算をいたしまして、総額で約十五億円という資料を提出したわけでございます。
「むつ」が佐世保の造船所に係留される約三年間、すなわち五十三年の十月から五十六年の十月までの期間に、月額約四千万円の係船料を支払うという計算をいたしまして、総額で約十五億円という資料を提出したわけでございます。
五十四年度の数字でございますが、工学的安全研究で七十六億程度でございます。この大部分が原研で使われているわけでございます。
いま資料が手元にございませんが、若干記憶でお答えさせていただきますが、青森県知事は「原子力船むつの定係港の外洋移転の実現を期するため、原子力船むつの出力試験実施と併行して、政府及び自由民主党と誠意をもって交渉するものとする。」といったような内容でございます。
この時点での内容はそういうことであったと理解できるわけでございますが、この覚書が漁連の総会と申しますか、大会で確認されたならばというような条件がありまして、それがなされていないという事実があるように承知をしております。
実際には先生御指摘のように、「むつ」が出力上昇試験の途中で放射線漏れを起こすという不幸な事態が発生いたしましたために、当時の鈴木総務会長が政府代表として正式に加わった形で、四者協定という形でこの精神が別途盛り込まれた協定ができ上がったというふうに理解をしているわけでございます。
そういう歴史的な経過につきましてはいろいろあるわけでございますが、まあ定係港の立地を考えます一般的な条件としましては、何といいましても気象、海象あるいは水深、操船の容易さといった港湾条件、さらには水利、交通等の周辺の環境条件があるわけでございまして、そういう面で昔大湊が母港として選定され、お願いし受け入れられたという、これもまた一つの歴史的事実と考えるわけでございます。 また、先ほど来先生御指摘の当時の青森県知事、政府及び自民党とのお約束、あるいは知事と陸奥湾内の漁民の方々との覚書の考え方、これが四者協定に引き継がれたということは事実であろうと思います。そういう経緯も十分認識しつつ、また大湊港の母港としての優位性といったものもあ
去る八月十四日、中川大臣と北村青森県知事との会談がございまして、いままで御議論いただいているような再検討をお願いいたすという場面があったわけでございますが、そのときに安全性の確認と申しますか、そういった手順等ももう少しはっきり提示してもらいたいという御要望もございまして、その後事務当局でいろいろ相談を重ねてまいってきているわけでございます。 で、新聞の記事にございます内容は、当然いろいろ当局と私どもが相談している内容のことが入っているわけでございまして、その限りにおいてこういうテーマについての議論がなされているということは事実でございます。それから大分時間もたちましたので、その後の経過もそれぞれトップに上げまして、またトップ会談
一の経過の問題につきましては、先ほども申し上げましたように、精神、考え方は四者協定に引き継がれているというふうに理解しておりまして、そういうことも含めて、地元三者を含めました四者で十分協議をいたしたいと思います。 それから第二の点につきましては、現在事務当局でいろいろ意見を交換している段階でございますので、そのように御理解を賜りたいと存じます。
御説明申し上げます。 「むつ」そのものについての研究計画というお尋ねかと存じますが、まず政府といたしましては、本年の四月十一日付の原子力委員会決定をベースに考えているわけでございます。その決定の内容は次のとおりでございます。すなわち「原子力船の研究開発を進めるにあたっては、実際の運航状態における舶用炉の挙動等原子力船を運航することによって得られるデータ、経験が不可欠である」ということでございまして、このような観点からいたしまして、原子力船「むつ」につきましては、所要の修理、点検を行った上で、できるだけ早く運航状態における原子炉の挙動等に関するデータ、経験を取得できるようにいたしまして、それを新たに着手することといたしております船
先生の御指摘でございますけれども、「むつ」の開発につきましてはその当時の時点に話が戻るわけでございますけれども、「むつ」開発に先立ちまして運輸省の運輸技術研究所、これは当時の名称でございます、におきまして舶用炉の動揺あるいは振動に関する研究、これは三十三年から三十九年まで継続されました。また、民間におきましても、日本原子力船研究協会におきまして原子力船における外力の原子炉に及ぼす研究といったような基礎的な研究が行われているわけでございます。また、建造を決意いたしました昭和三十八年当時、政府といたしましてはこれらの基礎的研究あるいは陸上炉におきます知見等を総合いたしまして、当時の判断として今後は実船の設計と建造を通じて開発を進める、そ
新しい次の時代の舶用炉というものを考えておるかという御質問でございます。私どもそれを考えてまいりたいというふうに思っておりまして、この点につきましても、先ほど触れました原子力船の研究開発専門部会で昨年約一年をかけまして審議をしていただいたわけでございますが、その結論の骨子を申し上げさしていただきますと、まず「むつ」につきましては、経済性に力点を置いて設計あるいは建造されたものではないということでございますので、今後は次の舶用炉といたしましては、在来船と経済的に十分競合し得る新しいタイプの舶用炉の開発を考えてまいりたいと思っているわけでございます。 そのための計画といたしましては、いまのところ三段階に分けて具体化していくことが妥当
まあ三段階と申しましたが、先生御指摘の時点は、その第三段階目の原型炉をつくって、いきなり船に載せるんだという議論もないわけではございませんか、いままでの経験から徴しましてそういうことになるであろうというふうに想像はしているわけでございます。
非常にその時点におきましてわれわれも判断に悩んだ点でございますけれども、まず事業団の体質という御指摘がございましたが、確かに限時的な性格のもとに人材の定着を求めるということは、事業団なりにいろいろ努力はしたわけでございますが、結論的に不可能ということでございます。いついつまでになくなるという組織に、一生研究開発に力を注ごうという人材が定着するということを考える方が無理であるわけでございまして、現実に事業団の技術陣の約八割が出向人事であるという現実は、なかなかこれを改善できないで今日まで至ったわけでございます。そういう意味で、将来とも原子力船の研究開発を続けていこうという前提のもとに考えますと、どうしても恒久的な機関でそういう技術者、
行政機構の改革という観点からは、昨年十二月二十八日の閣議決定がございまして、この日本原子力船開発事業団につきましては、昭和五十九年度末までに科学技術庁主管の他の原子力関係機関と統合するものとするというふうに決められているわけでございまして、そういう意味では選択の幅は非常に狭いわけでございます。 当庁主管の他の原子力関係機関といたしましては、日本原子力研究所と動力炉・核燃料開発事業団の二つしかないわけでございます。
先ほど申し上げました原子力船の研究開発の継続性という観点から、これをばらすということは考えておりません。したがいまして、どちらかに統合を考えるかということでございますけれども、いまの時点ではそのどちらということに決める検討に入っていない状態でございます。
まず撤去という問題についてお答え申し上げます。 大湊港の定係港の施設につきましては、四者協定のお約束に従いまして、使用済み燃料交換用のキャスクを青森県外に搬出したこと。それから使用済み燃料プールを埋め立てたこと。それからクレーンのかぎを青森県知事にお預けいたしまして、実際に動かせないようにしたということが実行されております。そういうことと、それから御指摘の撤去の期限には間に合わなかったわけではございますけれども、昭和五十三年の十月十一日には「むつ」そのものを大湊港から出航させまして、佐世保港に回航させたということでございます。したがいまして、現在大湊港は「むつ」の母港としての機能を停止しているわけでございまして、そういう観点から
お答え申し上げます。 現行法の第一条におきましては、先生御指摘のとおり、事業団の目的は原子力船の開発を行うというふうに規定されているわけでございます。しかしながら、事業団が広く原子力船の開発に必要な研究業務を行うという立場に立った場合には、次のような問題があると考えるわけでございます。 第一点は、現行法は「むつ」の開発業務が終了する時期を予定して廃止するものとされる期限を付して立法されているわけでございまして、また事業団も現実には「むつ」の開発及びこれに伴う研究のみを行ってきたという経緯がございます。したがいまして、事業団が改良舶用炉等の原子力船一般の開発に必要な研究を行い得るということを改めて明らかにする必要があると考える
原子力船に関します研究開発の長期的な展望、見通しについてでございますが、昨年約一年をかけまして原子力委員会の原子力船研究開発専門部会で審議されたところでございます。 まず、その結論の骨子を申し上げますと、まず現在の原子力船「むつ」は経済性に力点を置いて設計建造されたものではございませんので、今後は在来船と経済的に十分競合し得る新しいタイプの舶用炉の開発を図るべきである。そのためには開発のための計画を三段階に分けて具体化していくことが考えられるといたしまして、第一段階の開発といたしまして、対象となります改良舶用炉の設計研究あるいは解析研究を進め、その炉の概念を確立すること、第二段階といたしまして、この概念に基づきまして改良舶用原型
昨年一年かけました審議の過程で、昭和三十八年あるいは四十年当時、遅くとも昭和五十年半ばぐらいには原子力船時代が来るのではないかとみんなが考えておったということ、それが結果として大きな見通しの誤りであったということについては、委員各位十分反省をしつつ慎重に御検討願ったわけでございまして、そういう意味で、文面の表現はとにかくとして、十分な反省と経験を踏まえて、このリポートがまとめられたというふうに理解をしているわけでございます。 また、先ほど各段階において三段階ぐらいに分けてと申し上げました趣旨は、やはりその節々で十分将来の見通しというものを、その時点でさらに慎重に見きわめつつ次の段階に進んでいくということを基本に考えておりまして、
原子力船の実用化時代を迎えた場合に、さらにもう一つ配慮されるべきことは、賠償がどうなるかという点にあろうかと考えております。日本の原子力船が日本の国内において何か事故があり、それに伴って損害が生じたという場合におきましては、陸上の原子力施設の場合と同様に原子力損害の賠償に関する法律、通称原賠法といっておりますが、原賠法の適用がございますので、原子力船に関する損害賠償制度が確立していると国内的には言えるわけでございますけれども、先生御指摘のように、実用化の暁には、日本の原子力船が外国に出かけて行くということになるわけでございます。またその逆もあるわけでございます。したがいまして、国際的な損害賠償制度が確立されていることが必要となろうか