いや湖畔といつても、それは購入したわけではないのです。
いや湖畔といつても、それは購入したわけではないのです。
個人の私生活の問題は聞いてもらいたくありません。
全然そういうないことを言う……。
ありません。
それは違います。
借家ですから、借家は財産になりません。
どうぞ。
たとえば今御質問の、一疊に幾らとつたということを言われますが、別に聖十字学園がとつているのではないのです。
経営の赤字というものは、だれが出すのですか。
土地はあつても設備、そういう金はだれが出すのですか。
出してくれなかつたらしようがない。
御返答申し上げます。その三十何軒というものは、それは私がやつたのではないのであります。責任は私は負いますけれども、渡邊さんのやつたことの内容まで私にはわからないのであります。それまで責めていただいたら、どうもこれは困ります。
今いろいろ深刻な御質問いただきましたけれども、浮浪人の問題が出ました。浮浪人も私の方では実は収容しております。ただ無料の簡易宿泊所ではないわけでありまして、そういう事情は御存じでありましよう。
たとえば今回の問題であります。社会事業の行き方について、私は説明したいと思うのですが、御質問なさる方がなし、私の方から発言してはいかぬとおつしやると、できないのですけれども、根本は、国家の予算でやる社会事業は私は間違つておると思う。そうすると、今度個人でやるということになると、どうしても無理です。そうして、私はいわゆる欧米式の社会事業のやり方ならば、私も年も来たし晩年は思想運動などに活動せぬで、社会事業をしたい、今回の場合は結果も悪いし、私は非常に慚愧にたえないところがありますけれども、ただそのことだけ責められても——浮浪者の問題は、現在五十人も六十人も宿泊所にとまつている人間がある。社会事業の限界はどこかというと、何も何千人を扱わ
その点は最初からいろいろと質問されまして、やはり契約によつてやるということはいかぬ、自分が自身でやる方がいいということを痛感しております。
これはどうして契約をやつたかという一つの理由を申し上げたい、たとえばここに建設資金がある、たとえば簡易宿泊所といえば簡易宿泊所、それも実は簡易宿泊所から報告が来ないからわかりませんが、かりに三百五十万円かかつたとします。それをだんだん償却して行つて、二年、三年後においてこつちのものにもどる。もどれば直営でできるから、その時期を実は見ておるのであります。やがては直営の形式になるためにやつておつたのであります。
考えております。それについて申し上げます。
考えております。
深く反省いたします。
そうであります。