思います。
思います。
そうであります。
昨年辞職いたしましたから、現在は関係がありません。
そうです。
それは昨年中私が主管者でありましたので、その当時の心境をお話しているのだから、どうしてもやむを得ぬと思います。
言明できます。
それはそこには私の部下もおりますし、出入りしておりますればそういうことも話しますから、そういうことはすぐわかります。
いや、報告ではないのです。世間話で、きようはだれが来て、どうだということは、事務所へひよつくり行きますれば話が出ますから、ちやんと耳に入ります。
現在無職であります。
それはあとの整理の問題ですか。からだの問題でありましようか、とちらですか。——整理の問題では、これは私がそこに監視とか干渉をしておるのではありませんけれども、あそこに対策委員会というものをつくりましてほんとうに名実ともに備わつた社会事業を後任者がしてくれるように、今計画しておるのでございます。
対策委員会というものができました。
元司法省関係の人であります。
大西……。
大西さんが委員長になりまして、厚生省、東京都から二人委員を推薦しまして、そうして債権債務のあとのことにつきまして、今寄り寄り協議中でございます。
過去の私のやつた行為に対しては責任を負います。
たとえば債務も相当ありますから、きれいにし、経営面においては、直営でないということは、私の方ではいいと思いましたが、皆さんの御意見、及び東京都からたびたび直営にしなければならぬと言われるということになりますと、これも直営にする。私は経営の当事者ですから、私はそれを解決する義務を持つておると思います。
はい。
はあ、言つております。
その当時あの近所の環境を調べたのであります。それで全部で九百十五万円と査定されたときに、私はただもらうつもりだ、それを金を出すくらいだつたら、半分にしてもらうと言つたら、そんなばかなことはない、半分なんてできやしないということでありますから、その当時の地価というものを全部調べました。それでやはり千七八百円から二千円が当時の地価ということでございます。
美倉橋の辺から……。あそこの地価というものは、昭和通りになるとうんと上つて来るのであります。美倉橋から浅草橋の中間のところはずつと下つております。周旋屋も二、三軒ございますから、そこでも調べました。