竹
竹中錬一
竹中工務店社長
1948-05-22
衆議院・不当財産取引調査特別委員会
先ほど申し上げましたように常務としては、佐藤正樹、名古屋におります、長戸義勇と、大阪におります青柳貞世、三名でございます。
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先ほど申し上げましたように常務としては、佐藤正樹、名古屋におります、長戸義勇と、大阪におります青柳貞世、三名でございます。
そうです。早稻田大学を出まして爾來ずつと店におります。
おそらく青柳は顔を見たこともないと思います。
いや佐藤も存じ上げておらないはずです。大体私が知らないのですから、部下の者も知る機会がないと思います。
私のところの重役は、およそそういう世事には疎い方で、政治家と交渉のある者は一人もおりません。
実はここへまいるだけでも非常なめいわくを感じておるわけです。
私です。
関係してないと思うと申し上げました。
いや清水揚之助さんだと思いました。
私たちみんなはいつておりました。
その点私よく存じません。私は戰爭中は満州竹中工務店の社長をいたしておりまして、主として満州におりましたので、建設團のことについてはよく存じません。
終戰直後でありました。
終戰後は私が代表しておまりす。
勅選議員で貴族院に出ておつた時分に顔見りであつたということは聞いております。その程度であります。
おられませんでした。
そうです。
清水さんと御一緒だつたかどうかは聞いておりませんが、あの当時土建業者は約百億近い金を立て替えておりましたので、その通上げを促進するために父が業界を代表してしばしば折衝したということは聞いております。
そうです。
聞いておりません。
大体われわれの慣例で言えば出來高拂い、できただけ拂う、これが建前になつております。