大庭さんのそういうところへごあいさつに行かれた意味は何であったか知りませんけれども、私はそういうところにあいさつするようなことは一切いたしておりません。
大庭さんのそういうところへごあいさつに行かれた意味は何であったか知りませんけれども、私はそういうところにあいさつするようなことは一切いたしておりません。
ただいまの御質問でございますけれども、児玉さんがロッキード社の秘密代理人であったという事実を知らなかったことはまことに私の不明の至りでございまして、これはむしろ軍用機についての問題ならばともかく、商業機についてそういう秘密な者がいるということは、全くわれわれ考えも及ばなかったことでございます。そういう点で、一度もそういうような影響を受けたこともございませんし、最後までそういうことを知らないできたことは事実でございます。
大庭さん辞任の問題は、機種の選定とは全く関係はございません。それから、意見が違うというような、そういう社内的な意見の相違によって出てきたものじゃございませんで、先ほどお話が出ましたけれども、特別な融資事件についての社会的な責任という意味から、このままでは会社に思いがけない迷惑をかけることになるから辞任したいんだということをおっしゃったのが事実でございます。
そのとおりでございます。そういう事実は一切ございません。
九月の初旬にそういうような外電が入りまして、私は大変驚きましてロッキード社へやはり抗議したということを記憶いたしております。と申しますのは、この前の証言でも申し上げましたとおり、十月の中旬に至りまして……(稲葉(誠)委員「それはわかっている。その話はこの前聞いているからこの前のことはいいです」と呼ぶ)ああ、そうですか。それじゃ。
はっきり記憶いたしておりませんけれども、全日空が多分トライスターを買うであろうという談話を発表したんだと思います。
私は、先ほど申しましたようにダグラスの事故が相次いだという問題、それからデモンストレーションフライトに両機が七月に参りましたけれども、そのときの日本の国内の反響、そういうようなものを踏まえた、そういう結果に立ってロッキードの方が有力じゃないだろうかということを、恐らく自分の身びいきであったのかもしれませんが、そういう発言をしたんではないかと思います。
ロッキードの支社に対して抗議をいたしました。
私が直接やったわけではございません。担当者を通じてでございますが、そういうふうな決定は全くされておりませんし、まことに迷惑であるという抗議をしたはずでございます。
そのとおりであろうと思います。
機種の選定は、先ほど申しましたように、そういう問題とは別に安全性の問題あるいは騒音問題から検討いたしているわけでございますので、そういう結論に従ってやろうということでございます。
恐らく私の秘書がセットしたと思います。
いつも内閣官房の秘書官を通じてやっていると思います。
私の方から、総理・総裁におなりになりましてから、全日空機を国内旅行でチャーターしていただいてありがとうございます。また中国フライトについても協力していただいてありがとうございますということのお礼を申し上げたわけでございます。それで、大変お客が立て込んでおりまして時間がなかったわけでございますが、その際、帰り際に私から、機種選定については三年間にわたって事務的に検討いたしておりますので、安全第一に近く決定するつもりでおりますが御了承いただきたい、ということを申し上げたわけでございます。
別にむずかしい問題があろうとは思いませんで、先ほどから申し上げておりますように、総理の方へ御面会をお願いしましたのは、そのあいさつのためでございます。ただ、当時新聞紙上いろいろなことが言われておりましたので、そういう意味でそういうことには一切関係なしに事務的に結論を出したいということを申し上げたまでのことでございます。
そういうお礼のために行っただけのことで、いまおっしゃるとおり全く余分なことを申し上げたというおしかりを受ければ、そのとおりかもしれません。
それは当然のことです、しっかりやってください——これだけのことです。
そういう事実はございません。
いま申しましたように田中総理につきましては表敬訪問が主体でございます。当然そのために行ったわけでございます。ただ、立ち際に、当時新聞紙上でまあいろいろなうわさがありましたので、これは事務的に決定するものでございますということを、先生は余分なことであるという御指摘がございましたが、あるいはそのとおりであるかもしれません。 それから運輸大臣については、これは運輸省にはしょっちゅう行ってまいりますので特別な用があって行ったわけでございませんけれども、やはり選考過程について、運輸大臣については、三年間にわたって検討した結果によって決定いたしますということを申し上げたように記憶いたしております。
私はいまはっきり記憶いたしておりませんけれども、恐らく同一の日であるかあるいは翌日であるか、運輸大臣の方が後であったというふうに思っております。