コンゴにおける事態がちょっとまぎらわしいわけでございます。カタンガが独立しようとして武力闘争という状態が国内で生じておったわけでございます。それを鎮圧するという目的があったわけでございますから、初めから武力行使を目的としておったといえばいえる。しかしそれは国際的な関係においてやるわけじゃなくて、治安維持を助ける目的なんだから、朝鮮動乱の場合とは違うんだというふうに考えたほうが適当であろうということを申し上げたわけでございます。
コンゴにおける事態がちょっとまぎらわしいわけでございます。カタンガが独立しようとして武力闘争という状態が国内で生じておったわけでございます。それを鎮圧するという目的があったわけでございますから、初めから武力行使を目的としておったといえばいえる。しかしそれは国際的な関係においてやるわけじゃなくて、治安維持を助ける目的なんだから、朝鮮動乱の場合とは違うんだというふうに考えたほうが適当であろうということを申し上げたわけでございます。
あまり私考えが違っていると思いませんが、とにかく、要するに朝鮮動乱の場合は別であります。(戸叶委員「あれは特殊ですよ」と呼ぶ)それからほかの場合で、現実に武力を行使する危険性が非常にあるようなものと、そうでなくてほとんどまる腰で軍服を着ているような形でも差しつかえないような監視団と、そういうものがいろいろな場合場合によって段階的にあると思います。だから私がそのあとのほうの第二種のものについて簡単に区分けしにくいと申し上げた。それで非常に注意深く申し上げておりますのは、たとえば日本国憲法の関係でいろいろ日本がこれに協力するとかという問題が前からございましたが、この朝鮮動乱みたいなもの以外なら全部いいのかというような、簡単には割り切れな
第二の種類のものの分類ということはなかなかむずかしいと思います。
監視団というのは、これは名前でございまして、監視団ということばで先生がおっしゃっているのは、つまり初めから武力行使を目的としていない、しかし軍服を着た者のことだろうと思いますが、そういうものを監視団と呼ぶとすれば、それはそれぞれの場合によって、任務、目的がきまっておりますので、これを分類するということは非常に困難だと思うのでございます。いままで十回ぐらい国連のそういう監視団が出ておりますが、それぞれの場合で違うわけでございます。それを二種類なり三種類に分けるということは非常に困難だと思います。
それも場合によりけりでございまして、相当の部隊で、しかもそういうことが起こる可能性が非常にあるような環境であるかどうかということもありますし、あるいは、場合によったら、たとえば十人か二十人の監視団で、あぶなくなったらすぐ引き揚げるというのもありましょうし、それぞれにたよって国連が人員を派遣する目的が違うと申し上げる以外にはないと思います。
休戦監視のためではあるが、平服を着た者がやる場合には、これはもう初めから問題ないと思います。それが軍人によって行なわれる場合にはすぐ問題が生ずるわけでございますが、その点について初めからいわば類型的に、抽象的に、こういう場合はよろしいということがなかなか申し上げにくいので、先ほどからその場合場合によって判断するよりほかない、戦争に巻き込まれるような危険性なんというものもやはりその場合によって違うわけでございます。その点を申し上げておるわけでございます。
そのとおりでございます。
いまの日本の憲法、自衛隊法のもとで自衛隊が行動できる範囲を表現するのに、自衛権ということばをよく使いますけれども、これは非常に限られているわけでございまして、国際法上一国に認められている自衛権というものよりはずっと制約されておるということは、御存じのとおりでございます。いまの憲法上許されている自衛権の範囲というのはどの程度かということについては、私から申し上げるより、むしろ法制局長目から申し上げたほうがよろしいかと思いますが、ほんとうに日本の施政権のある地域に攻撃が外部から加えられている場合に、これを排除するために必要な最小限度だけが日本の憲法上許されている自衛権である、こういうふうに私は理解をいたしております。
そのように理解いたしております。
外交保護権ということばからして、いかにも本国がみずから手を下して、場合によっては公権力を用いて保護するかのごとく解されがちでございますが、外交保護権ということばの意味はそうじゃございませんで、自国民が外国で不法不当な扱いを受けておるときに、それの矯正を求めるために外国政府に対して外交経路を通じて申し入れることができる、申し入れても、それは内政干渉とかいうようなそしりを受けることはない、それが外交保護権というものの性質でございます。いまそのことと自衛権の範囲いかんということとは全然関係がないことであると考えます。
船舶の場合と沖繩住民の場合とで若干関係が変わってくるというのは、御指摘のとおりでございます。これも、外交保護権ということばで、いかにも実体的な権利でみずから手を下してやるように受け取ると、第一義的な権利がどっちにあるかということを争うような気持ちになるのでありますが、外国にたとえば琉球の船員が行って、それに対して日本が何か外交経路を通じて保護のための申し入れをすることも許されますし、アメリカがやることもできるわけでございまして、どっちが先だというようなことをそれほど争う必要はない。これはどっちに所有権があるかというような問題じゃなくて、アメリカがやっても内政干渉にはならないし、日本がやっても内政干渉にはならないということでございます
安保条約、地位協定上、合衆国が元来できることを、そのままベトナム戦争に関連しても継続していけるということでございまして、一口に言うならば、許容の義務と、日本の義務として、そういうふうに言ったらよろしいかと思います。
「以上の」ということばの意味でございますが、いままで与えていないような種類の権利というものを認めるとか、あるいは義務を負うとか、そういう関係はございません。
安保条約ないし地位協定に規定がなければできないという種類のことではないと思いますが、しかし、ああいうような直接雇用の形態があることを予想した規定は地位協定にございます。
委員会の段階では、領海六海里、漁業水域その外側六海里ということでございまして、これは伝統的に日本政府がとった立場からはたいへんな前進と申しますか、変更であったわけでございますが、そこまでは世界の大勢からいってもやむを得ないであろうということで賛成いたしたわけでございます。ところが、その後中南米諸国から、さらにその外側の海についても、沿岸国の特殊権益を認めさせるような修正がなされました。もうそこまではついていけないということで、この米加案に対する中南米修正案に対しては棄権ということにいたしたわけでございます。
そのときに日本が投票ぶりを説明する際にも明らかにいたしましたように、その案がもし採択されて条約の形になれば、もちろんそのとおりにこれを認めるわけでございますが、それが否決された場合には、日本政府としては従来の立場に返るということをはっきりいたしておりまして、実はアメリカなども現にそういう態度をとっておるわけでございます。
国連加盟国かそうでないかの区別なしで申し上げますと、十四カ国でございます。
その点につきましては、どうもはっきりいたした数字を申し上げかねますので、御了承いただきたいと思います。
世界の各国の趨勢が、いま楢崎委員の御指摘のように動いておることは認めざるを得ませんが、ただ領海と漁業水域の問題は一応別に考えたほうがよろしいかと思います。 領海の点につきましては、先ほどもちょっと申し上げましたように、十二海里の漁業水域を設定した国でも、領海は三海里ということにいたしておるわけでございます。日本政府といたしましては、従来とにかく三海里という国際法上の立場をとっております。こういう国の立場というものはそう軽々しく変えるべきではないと思いますが、かりに変えようとしても、それでは何海里が国際法上なのか、もうめんどうになるわけでございまして、私どもはやはりはっきり国際会議が開かれて、国際条約でこの三海里が修正されない限り
さようでございます。