末端の消費者価格というのは、一つはあり方の問題が基本的にあると思います。物価統制令自体をどうするか、物価統制令によって、最高価格と申しますか、今日価格がきまっている、これ自体が一つの論議の問題になっております。それらを含めまして、私どもはこういう差益の問題につきましてより明確にはいたしていきたいと考えております。
末端の消費者価格というのは、一つはあり方の問題が基本的にあると思います。物価統制令自体をどうするか、物価統制令によって、最高価格と申しますか、今日価格がきまっている、これ自体が一つの論議の問題になっております。それらを含めまして、私どもはこういう差益の問題につきましてより明確にはいたしていきたいと考えております。
特に季節によりまして、御存じのとおり非常に食糧証券の発行状況が違っておるわけでございますけれども、買い入れのピーク時におきましては巨大になる。率直に申しますと、食管会計というのはひとつの商事会社みたいなもので、米を買っちゃ売っている。ところが、御存じのとおり自己資金はないわけでございまして、そこで、低金利ではありますけれども、こういう食糧証券の短期発行によって泳いでいる、それでもなお苦しいものでございますから、利子のつかない国庫余裕金を導入するが、それは限界があるわけでございますから、できるだけ私のほうは大蔵省と折衝いたしまして、国庫余裕金というようなものの限度をふやし、金利負担を軽からしめるようには努力をしているわけでございます。
御存じのとおり、実は食糧管理制度というものがありまして、これは二重価格でもありますが、しかし、ある程度経済でございますから、生産者米価と消費者米価は無関係とはいえない。ことに今日では管理費あるいはマージン等々で、米一トン買うごとに三万円の赤字が発生するというのが一応のあれです。その累積されたものが二千四百十五億円で、今年度八百五万トンでもそういう計算で赤字を繰り入れている。その上で、御存じのとおり末端逆ざやという現象がまだ解消されていない。百五十キログラムについて五百十五円という末端逆ざや、言いかえれば管理費その他持ってしまってもなお生産原価を割って消費者に配給している。したがって、これを自己財源と申しますか、自己の運転資金の巨大な
非常にむずかしい問題です。御存じのとおり、一方においてすでに米というものは過剰の状況でございます。そして生産者米価というものは安くはない、したがって政府へ全部これが集まるという傾向が強い、したがって政府としてはそれだけの資金繰りが要るわけです。そうすると資金繰りというものは、いま金利のつかない金というものはなかなか世の中にはない。それで、これは運転資金でございますから予算そのもので計上できないということになりますと、どうしてもそこに金利というものが出てくる。国庫余裕金である程度はつなげます。 それからもう一つは価格関係でございますが、生産者、消費者の間にいまだに末端におきましては逆ざや現象が残うておる。これは確かに生活の安定と生
事柄は農政の基本まで掘り下げなければならぬ問題だと私は思います。日本の農業というものは、農業基本法をつくりましたときに選択的拡大、そこで相当規模拡大が行なわれるというような見通しのもとに基本法というものは発足したと私は思います。しかし、実際の姿というものは必ずしもその姿にはなっていないで、兼業が多い。そうすると、土地というものはきわめて零細でございますので、そこでどうしても農業がある程度機械化してまいりましても、それからくる収入というものはそれほどはあがらぬ。御承知のとおり、全国で勤労者の世帯と農業の世帯の収入は農業のほうが少し——百万円あがったと申しましても、農業そのものからくる所得というものは十分でない。半分くらいである。したが
私は、日本の農村の近代化というものは、やはり何と申しましても、中核としては自立経営というものを育成していくところに中核を置きませんといけないのだ、それから農業によりましては、地域によりましてずいぶん違うと思います。主産地形成というものをやはりもう少し明らかにしてまいりたい、これは大事なことだと思います。特に酪農とか果樹とか、こういうものになりますと、今日、御存じのとおり女手だけではとてもできるものではない。むしろそういうところは基幹労働力の入ったもので、しかも所得も相当上がってまいります。問題は水稲地域で、水稲地域でも、場合によれば相当規模の大きいところも中核的にやっておるところもあります。しかし問題は、そういうところにおきましても
農村の健康管理と申しますか、これは何と申しましても大事なことでございますから、私どものはりは生活改善というたてまえから、あくまでもこれは強化してまいりたい。 それからもう一つは、農村地域全体の振興につきましては、農業投資というものをできるだけ農村地域に重点的にやらなければならぬという意味からも、また環境整備を重点的にやらなければならぬという意味からも、農村区域の整備に関する法律案なるものを国会に御提示申し上げて区域を明らかにしてまいりたい。いま一つは、経済企画庁を中心として、国土の総合利用計画の中におきます主産地なり、あるいは農村あるいは農業の働く地域的分野というものを、今後ともできるだけ明確にしてまいりたい。その際にあわせまし
私、全く同感であります。実は東北でも、たしか昨年山村振興センターというのを一カ所つくって、それは非常に歓迎されていると思います。それは先生のおっしゃるような総合政策主義でいってはじめて環境整備ができるのではないだろうか。一つの省だけが幾ら努力してもいかぬし、また一つの省がなわ張りでなまけてもいかぬし、それがやはり縦割り行政の弊害を過疎地帯、山村地域等に出さぬように、総合的努力を各省間でやって、センターというものを中心にして作業能率なり作業の結果があがるようにしていけば、生活そのものが全体にまとまって上がっていく、またそれが経済的に見ましても、財政的に見ましても効果を発揮する、そういうふうに感じております。
承知いたしました。
おっしゃることはみんなごもっともです。私も国民の一人として、その実感というものはまことにそのとおりだと思います。私も、実は呼ばれるたびに喜んで主婦の会合に進んで出ております。昨日も実は都内の主婦の会合に出まして、よく話し合いをしてみたのであります。そうすると、まず、お米が余っているのに値段を上げるとは何だ、これは正しいと思います。それが一つ。それから、味のいいものをつくれ、これも正しいと思います。それから、配給についても、一体いまごろ何か配給所というような看板をかけて、それで通帳で配給してやるという感じを持つのはおかしいじゃないかという実感は、私はまことにそうだと思います。ただ問題は、御存じのとおり政治でございますから、その実感だけ
おっしゃるとおり、当面の短期の期間でとりますと、農業はどちらかというと、つくる人という面から見れば生産者、生産者というものは消費者と利害が対立するというような、したがって当面の具体的な問題にぶつかってくると、御存じのとおり生産者と消費する面との利害の調節に関係するものは苦労する場合もございます。しかし、それがそれではほんとに国民経済として両者に得であるかというと、長い目で見ると、ただ価格が上がっていけば得だとか価格がただ下落すれば得だとかというだけではきめられない。基本はどうするのだということと、やはり先生おっしゃるように長期の見通しというものがまず大事だと思う。そこで総合農政という一つの抽象論、方向論を出しましても、それだけではい
基本の問題でございますので、私からお答えをいたしたいと思います。 一つは、買い付け制限をしたらどうか、こういう論も相当あることは事実でございます。ただいまの食管法の精神、たてまえは、基本的には、米が足りないときに、戦争中にできて、どちらかというと消費者保護のようなたてまえで、生産者につくっていただいたものを、飯米を残してあとはできる限り出していただく。政府が命令をしたものは義務供出をする。そこで食管法のたてまえとしては、政府の命令するものは出しなさい、こういうことになりました。政府が命令したものは義務で出しなさい、あとは飯米でとっておいてよろしい。飯米で食べないものはどうするのだ、こういう理屈が法律上は出ます。ところが政令のほう
一番大事な点でございます。確かに配給面だけでは、消費者の選好にこたえるようにするのには限界があると思います。きのうも配給関係の業者からも、私会いましたが、配給業者の努力というのは農林大臣がいまやっている、代弁しているようなもので、非常に限界があるという。確かに私は限界があると思います。しかしそれはそれなりで、当面の措置としてやっていただきたいと思います。同時に今度は、経済の原理というものがある程度生産の面にも入れるような仕組みはやはりくふうしなければ、おっしゃるようなことはできないと思います。ただこれになりますと、全国に広がっています生産農民に不安定な状態を起こさないようにどうしたらやり得るかというようなことを十分考えた上でいきませ
私といたしましては、一つは来年の予算編成の中において、食糧管理体系と申しますか、そういうものがどういうものであるべきかというのは、現在の需給量を考えてまいりますこと、それからもう一つは古米処理も大きな問題だと思います。それからいま一つは、ただいままでもお話しがありましたように生産者、消費者、これの利害の長い目の調節の中におきまして、食糧管理の制度なり運営なりという問題が当然やはり検討されなければいかぬ。しかしそれはそれなりで、それだけの部門を取り上げてはいけませんから、かたわら私どもはやはり農政全般の中でそれを取り上げていくという努力をする。こういう三つの柱で考えてまいりたいと思います。 一つは、予算編成のときにこういうものに対
これは先ほど申し上げましたように、長期の見通しとしては、全体の食糧というものを正確なデータによりまして、十年間くらいの食糧あるいは農産物の長期見通しというものをつくり上げて、それをさらに政府の正式の諮問機関であります農政審議会でも検討してもらいましてやってまいりたい。実は三十七年につくったものがございますが、もう時代がだいぶ変わっております。 それからもう一つは、米自体の需給の見通しにつきましては、私はむしろ政治の立場でございますから、あるいはそういうものについては権威がないかもしれませんが、専門家方面でこの点につきましては、ずいぶん検討もしたようでございます。そして七月十三日に、当分の間、米の需給の緩和はここしばらくは続くであ
米は、先ほど来申し上げましたように、主食のキングと申しますか、食糧の中のキングでございます。ただ米だけを心配して他のものは全然理解しないでもいいのか。特に先ほど来申し上げますように、農政費の上で、米の生産というものに対して、食管の赤字、それから米のいわゆる共済の補てんであるとか、あるいは米のための土地改良であるとかいうのに相当部分が今日まで充てられてきております。残った部分で、畜産なり果樹なりあるいは他の水産その他がずっとやられていくような形でまいる。しかもその上に、さらに食管の赤字で財政負担がふえてまいります。かりにどう努力を農林予算につぎ込みましても、これが三千億なり四千億なりになっていきますれば、やはり他の部分が伸びない。そう
数字その他は食糧庁長官のほうから申し上げますが、基本的な考えは、私自体は、食管法の精神は、国民の必要な食糧を確保し、そして再生産を可能ならしめるように農民には再生産意欲を持たせる、家計の安定をはかる、この三本が柱だと思う。何でもかんでも買うというようなことは、必ずしも食管法は求めていない。国民経済の中において、食糧を安定的につくってもらって、必要なものを確保する。そして再生産の意欲、その再生産も、あまり極限地帯の再生産まで予期しているかというと、ある程度常識的な再生産、それから消費家計の安定、この根幹というものは、私はやはり食管制度の中で維持はされていかなければならぬが、その根幹を維持するために、ただ何でもかんでも変えてまで、食管法
三方原用水につきまして、地元も非常にこれを待望しておりまして、これが今回一種の機能調整が十分でないというようなことから事故を起こしまして、地元民に対して被害をかけましたことを私は心からおわびをしなければならぬと思います。当時私のところへ関東農政局長もすぐ報告に見えましたし、続いて浜北の市長さんもおいでになり、また私も地元の県知事にもお目にかかり、県としての御要求なりあるいは県民に対する万全の措置をひとつとっていただくように、またわれわれとしてやるべきことは当然やらなければならぬ、こういうように考えておりまして、今日いろいろ地元を中心に、復旧あるいは場合によれば補償の問題もありましょうし、それからもう一つは、今後において二度とこういっ
額でございますが、ただいま事務当局から資料をもらいまして、十号だけで農作物の被害は百一億、こういう数字でございます。したがって、この措置でございますが、あわせてお答えいたしましょうか。――天災融資法の問題でございますが、われわれは、十号台風につきましては最終的な数字を固めた上、できるだけ早く天災融資法の適用の方向で決定をするように努力をしたいという考えでございます。
先般も現物を御持参いただきまして、詳細に承りました。天災融資法の発動になります災害の対象でありますが、実は私ども、等外米、規格外米の買い上げにつきましては、今般の著しい米穀の需給状況の中では非常にやりにくい問題ではございます。先般、食糧庁長官名で御通達申し上げましたように、原則として災害の場合はケース・バイ・ケースで扱っていく。そこで、本件の場合には、今月中には関係者とめどをつけて調整して、結論をはっきりさせたいというふうな考えでございます。