要するに、私が申し上げたいのは、客観的な事実が間違いであったということであるならば、それではっきりその理由を示していただかなければなりませんし、それと違う、例えば誤植とか、そういうことないでしょうけれども、それじゃ学習上の配慮、一体どういうことなのかと。 つまり、この教科書の検定制度といいますのは、やはり事実の積み上げできちっと国民に歴史を教えるわけですから、その審議会が、政治的な介入できないように、専門家がしっかり議論されるわけなんです。そこで正式の議論がされて、そして検定意見が付されていったんでき上がったものが今度もう一度訂正されるというのは、その理由というのは一体どこかといえば、これ、だれが見ましても、ああいう沖縄での抗議
