お答え申し上げます。 在京シリア大使館から松岡先生、吉田先生に、この件につきまして相談があったというふうに承知しております。
お答え申し上げます。 在京シリア大使館から松岡先生、吉田先生に、この件につきまして相談があったというふうに承知しております。
お答え申し上げます。 その間の事情は、私どもとして承知しておりません。
ああいう時期に何が適切な行動であったか判断すべきであったと今思っております。
お答え申し上げます。 この問題の経緯を聞かれました。(河村(た)委員「はあっ」と呼ぶ)
お答え申し上げます。 私どもが頼まれたことはございません。
この件は外務省も、在京大使館の建物の件でございますので、話をシリア大使館から聞いておりましたので、その間の経緯を聞かれまして説明を申し上げたということでございます。
お答え申し上げます。 裁判所の問題になりまして、東京地裁によります強制執行が行われまして、所有者の方に占有権が移ったわけでございます。したがいまして、その後、私どもは承知しておりませんでしたが、所有者がそういう措置をとっておられるということではないかと思います。
お答え申し上げます。 東京地裁による強制執行を受けまして、所有権といいますか占有権が所有者に移りましたので、その後そういう措置がとられたものだと思います。
お答え申し上げます。 その席でこの問題の経緯の説明を求められましたので、その経緯を申し上げた次第でありまして、特段、何を頼まれているということでもございません。
お答え申し上げます。 シリアの臨時大使は、十二月の上旬だと思いますが、上旬に交代いたしました。(発言する者あり) 申しわけございません。私は非常におくれて十時半ごろ参りましたので、もう既にシリアの臨時代理大使はおりましたので、何時ごろ来たのか承知しておりません。(発言する者あり) 帰ったのは、みんな終わって一緒に帰ったと思いますから、十一時半ごろではなかったか、十一時半過ぎじゃなかったかと思います、記憶でございますが。
お答え申し上げます。 そういう事実は全くございません。
お答え申し上げます。 近くでごあいさつしたということではなくて、離れてといいますか、離れたところでちょっと会釈をしたということでありまして、直接の会話はしておりません。
お答え申し上げます。 私はシリアの関係で呼ばれておりまして、先ほど来申し上げておりますように、そういうアフガニスタンの話は全くその場でしておりません。それから、何階だったかというようなことも、正直申し上げまして記憶しておりません。
申しわけございません。一階ではありませんでしたので、二階じゃないかと思います。
お答えを申し上げます。 長細い部屋だったように記憶しております。私はたしか真ん中、長い部屋の真ん中あたりに座っていた、ちょっと窓側に近い方だったかと思います。
お答え申し上げます。 鈴木先生は、特派大使として、モザンビークのチサノ大統領の就任式典に、平成十二年一月中旬、十四日に成田を出発されまして、十七日まで現地を訪問されております。 また、式典の間にケニアの大統領とお会いになったということはないというふうに承知しております。
お答え申し上げます。 二十四日の夜、私は、官房長と一緒に、松岡利勝先生、吉田六左エ門先生主催の在京外交団、これは私の局の所掌している地域の国の外交団でございましたが、との夕食がございまして、急遽招かれましたので、たしか十時過ぎだったと思いますが、お伺いしました。そのお伺いしたときには、鈴木先生はおられませんでした。(河村(た)委員「その後、その後ですよ」と呼ぶ) その後松岡先生が、鈴木先生かどなたかと連絡をとっておられまして、十一時半ごろだったかと思いますが、鈴木先生が来られまして、十分ぐらいで帰られました。私自身は、遠くからごあいさつはしたと思いますけれども、会話は一切しておりません。
お答え申し上げます。 名前は確かに記憶していないのですが、乃木坂の近くの日本料理屋さんでございました。お金、経費の方は松岡先生に支払っていただいたものと思っております。
お答え申し上げます。 そういうことは一切ございません。会話はいたしておりませんので、そういうような事実は全くございませんので、明確にさせていただきたいと思います。
お答え申し上げます。 十九日に、ピースウィンズ・ジャパンなどに対しまして、信頼関係が損なわれたという考えから参加不許可の決定を行いましたけれども、その際は、事務次官を含めまして事務当局で決定したものでございます。