技術上の不手ぎわがあったというんじゃございません。あったならば、改めるにはばかることはない、さように御了承を願います。 それから、今お話のありましたその書類をどうしたかということにつきましては、その当時の穗積幹事からお答えすることにいたします。
技術上の不手ぎわがあったというんじゃございません。あったならば、改めるにはばかることはない、さように御了承を願います。 それから、今お話のありましたその書類をどうしたかということにつきましては、その当時の穗積幹事からお答えすることにいたします。
何回も同じような御注意だか御警告を承わっておるのでございますが、今申し上げました通り、他意のないことは私は十分わかってくださると思うのでございます。真剣に努力してきて、何百通という感謝感激の手紙が来ておる点については、私どもはほんとうにいいことをしたと思っております。ただ、今お話がありましたのは、議員とあるのを、一般的に公開しなくて君たちだけで処理するという考え方が誤まっておるのではないか、ざっくばらんに言えば、そういうことだろうと思います。それについては、昨日来、木村さんからもあるいは松岡さんからも強く御意見のあった節に、私は重々申し上げたつもりでございます。私どもの考えといたしましては、これは訪ソ議員団に現地で渡されたのでござい
今、穗積議員から経過についてお話がございましたので、御了承願えたと思うのでございますが、さらになかなか御質問でございますが、大体訪ソ議員団のうち、特にハバロフスクに関係したことにつきましては、団長といえば、私が参ったのでございますから、私を対象に考えておると私は常識的に考えます。それでもなお北村団長に会った方がいいじゃないかというのでございましたならば、それも悪いことはないと思います。 それから次に、この文書、書類等に対する取扱いの問題についてでございますが、私はこの発表の仕方ないしはその取扱いにつきまして、どうも欠けておるという点がございますならば、私はこういう点については十分反省する用意を持っておるということを昨日来申してお
稻葉さんともある御人格者が、十分おわかりになっておるようなことをお聞きでございますが、これもいたし方ありません。参考人でございますから、お答えいたします。 ハバロフスク訪問の経緯についておがありましたが、それは昨日穗積君話がありましたが、それは昨日穗積君からもお話がございまして、二十一日の会談の結果は、許可がまだおりたわけではないのでありますから、許可がおりてからお立ちになるようにということをモスクワホテルで十分話したわけだと思います。しかし、多分許可がおりるだろうという気持で出かけたということにつきましては、先ほどもあなた方からお話があった通りでございます。私どもは慎重を期しまして、特に訪ソの目的というものが平和友好と国交回復
もう十分言い尽したと思うのでございますし、常識ある方々でありますし、さようなことはもう常識でありますから、くどくは申し上げませんが、ただ一つ申し上げておきたいことは、私も昨日来、もし技術上、発表等において不手ぎわな点がありましたならば、改めるにはばかることはない、こう考えておるのでありますから、どうぞさよう御了承願いたい。
堀内さんの御意見については、一応もっともにも考えられるのでございますが、あの当時の新聞を見て下さればわかりますが、ほとんど全面を尽したといいましょうか、大きな紙面を活用されまして、この慰問されたことについて発表になりましたので、私はそれによって報告の目的もある程度かなったと思うのであります。しかし今お話のありました通り、これらの特に参考人の方々が申されたような文書が発表になっておらぬという点については、私どもとしても、まことに惜しかったと思うのでございます。しかし、それにいたしましても、とにかく新聞社のことでございますので、取材のとり方については、私どもの干渉することもできませんので、さよう御了承願いたいと思います。
まず私は、何といいましても、抑留者の釈放ということに全力をあげようという気持で一ぱいでございました。それがために、問題のもっと広範な発表を示すということに対して、もう少し努力をした方がよいという点がありますれば、その点については、私の不徳のいたすところでございます。
私は昨日から申し上げております通り、もちろん日ソ交渉の問題も考えておりますが、この手紙に対してこれをそういう問題にしいて結びつけるというような考え方は持っておりません。
これは今も申しました通り、鳩山さんがすでに日ソ交渉、特にロンドン会議を提唱する場合に、国交回復が強くうたわれておったのでございますから、日本の国民として、国交回復すなわち早期解決を願わぬ者は一人もないと思うのでございます。この点については、今日といえども私は変りません。しかし、それのために特にその文書を道具にしようとか、利用しようとか、そういう考え方で扱ったのではないのでございます。
先ほどの臼井さんと同じような御質問だと存じますが、国策といいましても、確かにお互い政治家の中にも、国策の見解が一致しているとは思いません。しかし、抑留者に対する釈放という点については、全部一致しているわけでございますから、こういう点については、ほんとうに愛国心の至情をもって臨んだつもりでございます。ただ書面の扱い方等に対する措置について遺憾の点があったということでございますならば、私はその点は改めるにはばかることはございません。
率直に申し上げております。私は自分の気持の中に、意識的や計画的に発言をいたしておりません、ただどこの場所において講演をいたしましても、ソビエトを絶対に賞賛をいたしておりません。いいところはいい、悪いところは悪いという点で、私の見た客観的な感覚から批判しております。それからこれは、どうでしょうな。むしろ私はこの際皆さんに御相談ですが、早く抑留者を釈放したいという点は、一致しておるのじゃないかと思います。そうしたならば、早期に解決するということも間違っておらぬと私は思います。 まず具体的に中山さんにお答えしたいと思うのでありますが、尊敬しておる中山女史ともあろう人から意外なことを聞くのでありまして、先ほど一つの例を申し上げたのであり
引き揚げの委員会の委員の有無はあと回しにしまして、私どもも将官と普通のラーゲルとの違うこともよく承知しておりました。そういう点については、私どももそんなに将官と一般の方とを区別することはどうもおかしいじゃないか、これは同じようにしていただけないかということも要請して参りました。それから、その後その通りにいっておるかどうかということにつきましてはわかりませんが、今、参考人の佐々木さん、武藤さん等の陳述によって、幾分了承することができました。そこで特にいろいろ御意見もありますが、引揚委員会委員であるとないとにかかわらず、とにかく抑留者の問題については、この引揚委員会に出ておられる社会党の同志がおりますから、それらの同志の方々、同僚議員の
至るところで私は述べておりますし、講演もしておるのでありますが、決定的によかったということは絶対申しておりませんし、今後も言うつもりはありませんから、御了承願いたい。現地を見たと言われておりますが、現地を見たのは、おそらく議員といたしましてはわれわれが最初であると思います。この点は、現地はどこの現地をさすのか私はよくわかりませんが、ハバロフスクの現地は、私ども一同でありますから、さよう御了承願います。それから手紙については、私どもは消極的であったという点については、十分反省をいたします。それからドイツの問題、これは私はむしろここにおる稻葉さんあるいは野澤さん、皆さんこれは御承知と思うのでございます。というのは、二十一日にクレムリンに
大橋さんの御質問でございますけれども、帝政時代のロシヤの状態をるる御説明になってのお話でございますが、ツアーの時代、ロマノフの王朝、これは私もその当時のひどかったこともよく歴史書物を熟読して了承しております。しかし本の上だけ、文献の上だけで熟読したのであります。しかし今は、御承知の通り変っております。独裁政治であるという御指摘でありますが、私はこの点については、独裁政治であるとかないとかいうことについては、この問題が中心ではございませんので、論争を避けます。 次に、質問の要旨は、戦犯に対し乱暴の取調べをしておりはせぬかという御意見であります。それに対して調査をしたかという御意見でございますが、私は先ほど来申しました通り、特に二時
長々と御意見を拝聴いたしまして、ただ最後に認識の点について、私に対する御質問があったようでございますが、先ほど申した通り、抑留者問題は、各党各派一致した意見でございます。でありますから、抑留者の問題につきましては、虚心たんかいに早く釈放したいという念で一ぱいでございます。その間に対する認識の違い、ただいまの問題につきまして一は、十分私ども反省したいと思います。
これは昨日も申し上げましたが、われわれも抑留者の方々にお会いした際に、大体意見を集約いたしまして坂間さんから意見並びに質問を含んでの開陳があったのでございます。私はそれを一番公けのものと見ております。それに対して責任を負うことは当然であるし、またその点に対しては明らかに回答してきました。しかし書面の取扱い等の点につきましては、ソ同盟訪問の議員団、抑留所訪問の議員団を中心に考えておるものと思いまして、この書類をさように扱いました。そこで私は報道機関を通してこれを知らしめることが最も早道ではないか、かように考えましたので、さような処置をとったのでございますが、新聞記者の取材の関係におきまして、それが発表されなかったことについては、遺憾の
それは、訪ソ議員団、特に抑留所を訪問した議員団を中心に考えておりますので、さようなことに関しては私どもの責任だ、かように考えております。
それは、先ほどからもう何回も申し上げました通り、私はさようなことがよいと信じたのでございますが、さようなことはかえって欠けるところがあるという御指摘でございますから、その点については、私ども反省しております。こう申したのであります。
もちろん、訪ソ議員団、特にハバロフスクに参りました議員団の責任と考えてやりました。
木村さん、その点に対しては、虚心坦懐でありまして、深くものを突き場詰めてこれを考えておれば、かような誤解も生まなかったと思います。ですからこれは議員団にあてられたものと考えております。