そういたしますと、検察庁のほうでもこの点は明らかでない、告発以前に全然知らなかった、こういうことになるのでしょうか。それから警察のほうも、あれだけ世間でわあわあ騒いでおる問題なんですが、これに対して告発が検察へ行なわれたので、全然警察は知ったことじゃない、こういうことで手をつけていなかった、何かそこに大きなミスがあるのじゃないですか。なぜそういうことを全然知らなかったのですか、この点明らかにしてください。
そういたしますと、検察庁のほうでもこの点は明らかでない、告発以前に全然知らなかった、こういうことになるのでしょうか。それから警察のほうも、あれだけ世間でわあわあ騒いでおる問題なんですが、これに対して告発が検察へ行なわれたので、全然警察は知ったことじゃない、こういうことで手をつけていなかった、何かそこに大きなミスがあるのじゃないですか。なぜそういうことを全然知らなかったのですか、この点明らかにしてください。
津田刑事局長さん、あなたは過般の法務委員会の答弁の中で「本件の捜査に着手する前からすでに本件の内容がある程度世上に喧伝されておりまして、半ば公然の事実となったために、本件の関係者のうちには、これを政治的に利用しようと画策する者もありましたし、」云々と、こういうことを答弁なさっておるのです。そこまでわかっていて着手しなかった。これを考えますと、政治的圧力があったとかどうかという問題は、先ほどから論じられておりますけれども、そういうことではなくて、案外検察自身が何か政治的な配慮を自分でしてしまったのではないか、こういうふうに私は考えるのですが、この点どうでしょうか。
一々これを追及しましても時間がかかりますから、私は問題だけ出しておきたいと思いますが、ただ、あなたの答弁の中で、いかにもこれが政治的に利用されるおそれがあるというようなことでもって云々と、こういうような答弁があちらこちらに出ておるわけなんです。だから私申し上げたように、あなた、御答弁になっていないのですけれども、何か検察自体が妙に政治的な配慮をしてしもうたのじゃないか。なるほど六十何名かの県会議員の中で四十二名というものが事件に関連しておるということになって、一方において、これは自民党の県連本部の中で何かいろいろ派閥があって、その一部の九名の反塚田派と称せられる者が告発しておるというような関係もあって、いろいろなことを考えて、何か検
いろいろな言い方はあるでありまし上うが、やはり捜査にもう少し自主的に踏み切れなかったというようなところに、何かいまあなたがおっしゃったそういう事実に少し支配されたのじゃないかと私は思う。しかしながら、これはあなたはそうでないとおっしゃるからやむを得ないです。 次にお伺いしておきたいのは、議員のほうは強制捜査をして、渡したほうの知事に対しては、病気だということで熱海に転地しており、帰ってきてから、それでは強制捜査に踏み切るかと思うと、それもやらない。実際、こういうような捜査の状態だったと私は思いますが、なぜ一方を逮捕しておきながら、一方に対してはああいう形をとったのですか。これはやはり大物の知事であるというようなことでそういう配慮
相場自民県連の幹事長外六名とありますが、これが逮捕されております。そして知事公舎あるいは家宅捜索が行なわれておるわけですが、この事件の中心人物の知事はあくまでも任意出頭である。これでは十分な証拠固めができるはずはないじゃありませんか。この塚田前知事という人が中心人物ですよ。その人にこういうことをやっておって、捜査がほんとうに行なわれた、検察は信頼するに足ると言ってみたにしたって、これは信頼のしょうがないじゃないですか。これもやはり私のことですからこれ以上は言いません。言いませんが、私は非常に不満足であります。 それから、一方において、この七人に対しまして、これは処分保留のままで起訴をしないで、そして釈放をしておる。こういうことに
いままで問題点を私申し上げたのですが、そういうやり方であったためにとんでもないことが出てきておると私は思うのですよ。一たん選挙費用として受け取ったというように答えた県議たちも、あとから、これは地検の強圧的な調べによるもので、公判の場合には単なる儀礼的な中元と解しというような口裏を合わせ、そして裁判も無罪をかちとろうというような考え方が出てきているというように私承っておりますが、あなたそういうことを聞かれたことがありますか。こういうことにつきまして地元の検察のほうから連絡がありましたか。
捜査の最後の段階で、当初と供述がいろいろ変わってきているということは、あなたおっしゃっています。選挙運動費と思ったというのは、これは反塚田派、それから四年間の県政協力の謝礼として受け取った、これは中立派だといわれておる。単なる中元と思った、これが塚田派の人だ。先ほど問題になっておりましたので、それが何名ずつであるかということは伺わないことにいたしましょう。こういう最後の供述の分野であったということはお認めになりますか。
そこで問題になりますのは、自白と、補強というのですか、補充というのですか、補強が正しいと思うのですが、この補強証拠との関係なんですけれども、これは高裁との間で、検事正、それから次席検事等が出てきて、最後の段階で協議なさっておりますね。そのときに補強証拠が不十分だというようなことだったと思うのですが、証拠が不十分だということで補強捜査を行なうことにきめられておるようであります。先ほど言いましたように、これが何名かということが問題になってくるのでありますけれども、選挙運動費として受け取ったんだと言う人もおるし、それから四年間の協力費だと言う人もおるし、それからいま一つは、全然これは単なる中元だ、こう言う人もおりますが、補強証拠といいます
これは私のきわめてしろうと的な判断なんですけれども、補強証拠などというものは、犯罪事実の一部についてこれが存在すれば足りるのじゃないか。もっと極端に言うならば、直接証拠というようなものばかりでなく、状況証拠でもいいのじゃないか。これは一般的な解釈じゃなかろうかと私は思うのであります。先ほど言いましたように、自白そのものが、これは本人に不利になる唯一の証拠であれば、こんなものはそれだけでは有罪にするわけにいかぬだろうと私は思いますが、しかし今回の事件では、状況証拠として、十二分にあるのじゃないかと私は思います。それを不起訴にしてしまったというところに私は問題があるのじゃないかと思うので、起訴、不起訴の段階で、その判断のときに一体どこへ
あまり長くてもどうかと思いますので、いいかげんに終わりたいと思いますが、次に、検察機関の処分、これがはたして厳正であったかどうか、いろいろな問題点をわれわれは持っております。その中で一つ、きわめて幼稚な質問かもしれませんけれども、中元中元といまあなたもおっしゃっておりますが、検察当局は中元というものを一体どう考えておるのですか。中元の定義をひとつ説明してください。
中元というのは、この間私は字引きを引いてみた。そうすると、正月の十五日を上元という。十月の十五日を下元という。七月の十五日を中元という。これはどういうことかと言うと、半年間生存の無事を祝うためにそういうのがあるのだ。これはうら盆の行事として実は亡霊に供養するためにできた祭りだ、こういうことなんです。どうも何か少しうがち過ぎたようなかっこうになって、二十万円がどうも亡霊に供養するようなことになってしまったが、御案内のように中元とか歳暮、こういうものに名をかりてわが国の選挙では事前運動が行なわれる。そして贈賄収賄というような行為は、この中元あるいは歳暮というような名によって悪用されると言うか、それでいろいろな選挙事前運動というものとのま
今回の場合は、塚田さんはお役所から給料をもらっておられるのは十八万円。十八万円の給料をもらっておる方が、銀行借り入れをやって、そして六百万円、二十万円ずつ中元を出す。一説には二十万均一ではなかった、七十万もらった人もあるというように言われておりますが、否定されておるようであります。中元というのは、そういう借金までしてやらかければならぬのが中元なんでしょうか。こういう扱い方、考え方、検察庁の考え方がおかしいと私は思う。やはりこれは証拠固めができなかったからというだけで、先ほど言いましたように状況証拠と言いますか、一般の社会の通念として考えられる中で、借金までして金を出す、そんな中元というものがあるかどうか。そんなものは中元ということは
中元に対する考え方が非常に私は甘いと思っております。そういうことではいつまでたっても腐敗選挙というものはよくならないだろうと私は思います。もっとやはり状況を判断して、状況証拠からでも、中元などというものによって便乗するものに対しては、これはやはり徹底的なメスを加えていくことが必要ではなかろうか、私はかように思うわけでございます。 次に、佐藤刑事局長さんにちょっとお伺いしたいと思いますが、御案内のように、あなた方裁判所の管轄の中には、例の検察審議会というものがございますが、これは定期的に開かれなければならないようになっております。同時に、これは告発者等が申告した場合に、申し出があった場合に開くということにもなっておる、と同時に職権
この二万四千七百数件というやつは、これは全部申し立てによるものですが、これは法律は申し立てによるものは全部審査会を開かなければならぬ、こういうことになっていると思うのですが、これは間違いないでしょうね。全部開かれておりますか。
さらに、ちょっとそこでお伺いいたしたいのですが、この審査会法の第二条第一項第一号に「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項」、おそらく申し立てはこれだろうと思うのでありますが、これで公訴を提起しない処分、これがさらに公訴になったというような件数はどのくらいなんですか。歩どまりはどのくらいかということです。
いま裁判所のほうから伺いますと、検察審査会、これの起訴になったものわずかに三十件だ、こういうことでございまして、この制度もあまり効果が少ないんじゃないか、かように思っております。 問題点は、なおたくさんございますけれども、だいぶ皆さんお疲れのようでありますし、またあとに質問者もおりますので、大体この程度にとどめておきたいと思います。ここで締めくくりとして法務大臣に、一体いままでの質問、答弁の経過から見て、今回の事件に対する処分というものはあなたは適当であったかどうかというようなことも聞きたいし、それからどう処置するかというようなことも聞いてみたいと思いますけれども、おそらくいままでの雲行きから見ますと、どうせこれはまあ適当であっ
最初に自治大臣に御質問いたしたいと思います。 もうすでに御案内かとも存じますけれども、最近、わが国の地方政治の姿勢が非常に乱れております。そのために住民の地方政治に対する信頼がたいへん薄れてきております。申し上げるまでもなく、地方自治はわが国の民主化の基盤であります。その基盤がまさにくずれようといたしておる、これはたいへんなことだと私は考えておるわけであります。まあここで事例を一々あげるのも、時間的に無理かと存じますけれども、たとえばこの一年ほどの間に表面に出たこういった種類の問題だけでも十数件を上回っている、このように考えるわけであります。古い例としては、昭和三十九年の十一月に発生いたしました大月市長のたらい回し事件、これは一
そこで、これらの事件を類型ごとに分けて考えてみますと、私は、まず一つはA型として、選挙に関するものがあると思うわけであります。たとえば新潟県知事の問題であるとか、あるいは兵庫県におけるところの、議長室で参議院選挙の選挙費用を渡しておるというような問題、それから東京都議会の、これは違った意味の選挙でありまして、公職選挙でありませんけれども、そういった問題、大月市の問題、神奈川県の今回の落成式に関するあの過当な費用の支出なども、選挙と無関係のものだとわれわれは考えていない。こういったA型が一つある。それからいま一つの型としては地域開発、ことに広域行政といったものに関連するものでありまして、香川県の番ノ州の埋め立てにからむところのああいう
なるほど、大臣がそういうように御理解になっている点もよくわかりますし、現象としては、やはりそういった現象が出てきているというように考えます。私がお伺いしておるのはむしろその奥の問題でありまして、時間の関係もございますし、多少私の見解も入れて大臣の御答弁を得たいと思うのですが、私はこの根本原因は、地方自治の本旨というものが国並びに地方を通じて十分に理解されていない、その結果、国は地方を無視して中央集権化の方向へどんどん進めていく、ことに財政的には、戦前にも見なかったようなきわめて強い中央集権化の方向をたどっておる、地方は地方でもって、これはまた住民を無視して、いわゆる戦前のごとく団体自治中心の方向へ政治が進められておる、私はこう見るわ
ただいま伺いますと、元の大臣がかつて予算委員会で私に御答弁いただきましたような、ああいう抽象的な問題でなくして、かなり程度の高い理解度が発見できる。かつて某自治大臣は、予算委員会で地方自治の本旨をお伺いしたところが、アメリカにはアメリカの地方自治があって、日本には日本の地方自治があるのだ、これが地方自治の本旨でございますという答弁があったわけなのです。それから比べれば永山先生の御答弁は一歩突き進んだものだと思いますけれども、なお足りないのじゃないか、その程度のことではとても地方自治を指導することはできないのじゃないかと私は思うのです。もう少し地方自治の本旨というものについてはっきりさせなければなりません。地方自治の基本法であるところ