これも新聞でずいぶん報道されておるのですが、いままでの累積赤字は北炭全部でどのくらいですか。さらに夕張新鉱ではどのくらいですか。
これも新聞でずいぶん報道されておるのですが、いままでの累積赤字は北炭全部でどのくらいですか。さらに夕張新鉱ではどのくらいですか。
夕張新鉱は。
新聞で拝見いたしますと、大体千二百六十八億、それから赤字が本社と北炭夕張新鉱も入れまして六百七、八十億ですか、そういうことになっておると思うのです。 そうしますと、これも新聞ですけれども、通産省の方針で「新経営主体で再建肩代わりやむなし 負債処理などなお難問」、こういうのが出ておるわけなんです、まだいまここまで質問する意思はなかったんですけれども、これだけ新聞で大きく報道されれば一応お聞きしておかねばならない、こう思うのですが、どういうお考えなんですか。
私の持ち時間が少なくなりましたので、労働省に質問いたします。 これも新聞記事で質問をするのですが、「渡り鳥鉱員孤独の死」というのが書いてありまして、今度の災害で亡くなった下請の方々が孤独でしかも本籍地もわからなかった、そして四畳半一間で酒とテレビが友たちであった、こういうように書いてあったわけです。これを見ますと昔の炭鉱の納屋を思い出すんです。昔のタコ部屋を思い出すんです。いまタコ部屋なんというのはありませんけれども、やはり下請、孫請ともなれば、その炭鉱の一番古い住宅を借りて、たった一間で、そしてテレビと酒が相手で生活をしておる、こういうような状態が書かれておるわけです。 そこで質問いたしますが、この夕張新炭鉱には下請がどの
そうしますと、三千百名中五百九十二名が下請である。死亡確認の方のうち十九名が直轄で十五名が下請、不明の中でも三十九名が直轄で二十名が下請と、相当下請の数が多いですね。これは昔はほとんどこういう下請がやっておったんです。皆さん御存じないかもしれませんが、大正時代はほとんど下請でやっておったんです。女の人も坑内におったんです。その前は馬が石炭を運んでおったんです、坑内で。しかし、そういうことは現在は考えられないことでもございますが、下請も一時はなくなったんです。それがまた下請が再現してきた。下請が再現してきたというのは一体何なのか。やはり下請の方が待遇も悪い、そして人集めもできる。そのために、そういう本籍もわからぬような人、坑内で事故に
直轄でやってさえ、いま説明がありましたように膨大な赤字が出ておるわけなんです。下請がなぜそんなにうまくいくのか。どこかにひずみがないならば私は下請がいけるわけがない。直轄でやってこれだけの赤字が出ておるんです。それなら下請はどうなのか。私が調べた範囲内においては、一番心配しておりました下請の給与が極端に低くないんです。間違いかもしれませんから下請の待遇と直轄の待遇、それから今度被災された方々の労災補償、その他を詳細お知らせください。
八千二百三十二円と言うと、日給ですか。
そうすると直轄は幾らですか。
八千八百二十四円、下請の人が七千六百四十円、千二百円ばかり下がっておるわけですね。やはり私の調査が間違っておりました。そうすると、そういう同じ労働条件であっても格差をつけていく。もちろんこれは直接採炭はやっておりませんわな。直接採炭は組夫はやることはできません。だから掘進が大部分です。これは承知の上で質問しておるんです。それをそういう格差を認めてあるのは、これはしようがないのだという考え方なんですか。それとも同じ坑内で働くのならばこれは少し矛盾があるんだ、法の改正でもやらなきゃできぬ、これは議員の責任ですよ、あなた方が決めたからそのとおりやっているんだよということなのか、それをお聞きしたいんです。
それはおっしゃるように仕事によっていろいろ違います。しかし、坑内の従業員を考える場合、やはり採炭夫が一番高いんです。これは当然です。それから間接夫になってくるでしょう。しかし、なべて言えば採炭夫の次は掘進夫なんです。掘進夫は、岩盤掘進その他ありますから、相当な重労働なんです。それがほとんど下請でやられておる、そして賃金はこれだけ違うと、そういうことになってきますと、だんだん会社は下請に逃げていくようになってくると思うのです、だんだん賃金の安い方に、コストが下がるように。だから、もうこのごろはほとんど掘進は下請の方がやっておられる、こういう状況だと思うのです。そうすると、ここに遺族補償その他は出ておりますからもうお尋ねいたしませんけれ
いよいよ時間がなくなりましたが、最後に通産省にも労働省にもこれはお願いしておきたいのですけれども、当初申し上げましたように、事故が起これば必ず保安体制を見直すということは言われる。しかし、いつの場合でも通産省から保安を労働省に移すということはどの大臣も言われたことはない。また、労働省は労働省で、労働者の保安だから労働省が責任を持ちますということはまだ聞いたこともない。そして、出炭に責任を持つかわり、その真として保安の責任も持たしてもらうというのが通産省の考えであり、会社の考えなんです。 そこで、昔は六百からの炭鉱があった。だから手も足らなかった。いまはわずかしかないんです。十幾つしかないんです。それだったら保安監督局の方からでも
そういうお答え聞くとやめられないようになるんです。あなたは何年からやっておられるかわかりませんけれども、昔は監督官が監督に行くときは事前通知をやっておったんです。そうすると、炭鉱の坑内できれいにしてそして監督官が来るのを待っておったんです。監督官はそれだけ見て、ああこれは大丈夫だといって帰ったものです。そして事故が起こる。だから何回も注意されて、今度は抜き打ち点検というのをやり出したんです、抜き打ちに行ってそして調べる。あなたの論理でいくなら保安監督は要らないんですよ、あなたの論理でいくならば。抜き打ち監督なんかやる場合でも、もう事前に通告なしに、ぽかっと行ってやる。経営というのは利潤追求なんです。だから、なるべく利潤が上がるように
これでやめますけれども、ほかの同僚委員からも質問があるだろうから私はやめておるんですけれども、新聞の記事を見ただけでも山鳴りを感じた、盤ぶくれでガスが多くなった、だから係員にここは振れません、ここはかえてくださいということをみんな陳情して言っているのです。それをおくれておるから、おくれでおるからといって仕事をさしておるのです。これは、恐らくほかの方々もあると思うのです、新聞にちゃんと書いてあるんですから。それでまた、それぞれ私たちもちゃんとみんなの意見を聞いてきておるのですから。そういう場合でも監督官があればこれはすぐ連絡もとれる、こういうことになるわけなんです。田中通産大臣は炭鉱の中で育っておられますからよく御承知ですからどうです
先般の放送討論会で大臣が最後に言われました。こういう討論をやるのも、犠牲者の家族の方から見ればどういう気持ちだろうかということを言われましたが、私も全くそれは同感です。だから、これで質問はやめますが、残った五十九名の行方不明の方々が、一日でも早く家族の手元に帰るように御努力を切にお願い申し上げまして、私の質問をやめます。ありがとうございました。
ただいまは、院議をもちまして、永年在職のゆえをもって表彰を賜りました。さらに、院を代表して町村先生より御丁重なる祝辞を賜りまして心から感謝申し上げ、厚くお礼を申し上げる次第です。 きょうは、一緒に表彰をいただき、私とともに二十八年第三回参議院選挙に当選されて、今日まで御指導いただきました市川房枝先生がこの壇上から謝意を申されることのできないことをきわめて残念に思います。しかし、議会の良心と言われた市川さんの火は、消えることなく、私たちの胸の中で燃え続けていくと思います。いまは、ただただ冥福を祈るのみです。 私は、二十歳から十年軍隊生活を送り、終戦直後、市会議員、県会議員を通って参議院に当選させていただきましたが、本日、はえあ
ちょっと関連して。いまの質問から答弁を聞いておって誤解があったらいけませんから、ちょっと関連で申し上げます。 それは、いまのやりとりを聞いておれば、今度の災害の責任を前社長はとったというように受け取れますが、この災害が起こったのはあなたが社長になってからですね、これは間違いない。そうして私が聞いておる範囲内では、すでにこの災害の前兆はあったと、火源はあったと聞いております。それをあの人事問題のごたごたで手入れが遅くなった、それで災害が大きくなったんだと。これは私もまた聞きだから、現場に行っておりませんから、それが正しいという主張じゃありません。しかし、そういうことが実際働いておる方々から私たちの耳にも入ってくるわけです。 そ
私は、日本社会党を代表いたしまして、大平総理の所信表明演説に関連し、わが国が直面している諸問題について質問をいたします。 初めに、私は、さきの解散、総選挙から第二次大平内閣成立までの四十日間にも及ぶ自民党内の権力抗争によって政治の空白をつくり出した大平総理の責任を問わなければなりません。 大平総理は、自民党の安定多数をねらい、大義名分のない党利党略の解散、総選挙を行ったのでありますが、その結果、保守系無所属を含めてようやく過半数を維持するにとどまったのであり、これはすなわち自民党が国民の支持を失ったものと断定せざるを得ないのであります。しかも、首班指名において二名の首相候補を立てた自民党内の権力抗争は、もはや一つの政党ではな
まず参考人の方、御苦労さまです。 まず、通産省の方にお尋ねいたしますが、事故が発生したのは十五日の午後九時ごろ、そしてそれが保安監督局に連絡されたのが十時四十四分、それから局長以下九名の方が現場に急行されたと。そうすると、現場に何時ごろお着きになったか、お知らせ願いたいと思います。
そうすると、第二次災害が一時だから、約一時間前に監督官は現場に到着されたと。その際はすでに救護隊は中に入っておったものと思います。その際の坑内の状況はどうであったか。まずガス突出であることは確実なようでございますが、その後には相当なガスが残っておるはず。ならば、救護隊に対してどういう指示をされたか、これからお伺いしていきます。
十時四十四分に連絡を受けて、それから緊急集合をかけて札幌から夕張まで行かれたと。そうなると、どんなに時間を短く見てもおっしゃるとおりの時間で、恐らく二次災害には間に合わなかったであろう。私もこれについてはそうであろうと思うんです。 そうしますと、会社側にお尋ねいたしますが、一次災害で八人のうち一人が脱出して五名が行方不明になり、一名が遺体で一名が重傷だと、こういうことがあった。とするならば、相当なガスが起こっておったはず。さらに私が一番疑問に思いますのは、伊勢谷局長の報告でも、会社の報告でも、見てますと、この一次災害の発生した直後、一応一卸の七片におった係員が異常に気づき中央に連絡をしたと、こういうことになっておるわけです。私が