大臣に聞けなくてごめんなさい。 私は、医政局の問題ではないのではないかということを申し上げたかったです。被害者とも健康局が歴史の継承、検証をお約束されたわけで、更に御検討いただきたい。額が増えたことは存じておりますが、また引き続き努力していただきたい。学芸員も足りませんし、よろしくお願いいたします。 終わらせていただきます。
大臣に聞けなくてごめんなさい。 私は、医政局の問題ではないのではないかということを申し上げたかったです。被害者とも健康局が歴史の継承、検証をお約束されたわけで、更に御検討いただきたい。額が増えたことは存じておりますが、また引き続き努力していただきたい。学芸員も足りませんし、よろしくお願いいたします。 終わらせていただきます。
立憲民主党の阿部知子です。 今日は加藤大臣に御質問をいたします。テーマは、優生保護法に基づいて優生手術を受けられた方への謝罪と被害救済についてでございます。 昨年の四月、こども家庭庁が発足いたしまして、それに伴って、二〇一九年、議員立法で成立いたしました旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給に関する法律の所管が、それまでの厚生労働省からこども家庭庁に移管をされました。大臣も概略御存じと思いますが、いわゆる優生手術を実施された被害の方は約二万五千人。そのうち、同意が不要、医師の判断で優生手術適用とされた方が一万六千四百七十五人、本来の同意であったかどうかは別として、一応同意を必要とする者が八千五百十八件で
是非確認していただきたいんですね。 わざわざ特設サイトとうたっているんだから、それは多くの人がアクセスするということを期待して、でも、ここにアクセスしますと、まず、こどもまんなかと上に出てきて、こども家庭庁というのがばんと最初に出てくるんです。でも、正直言って、優生保護法を受けて子供を持てなくなった、子供を持つことを閉ざされてしまった方が、最初にアクセスしてこどもまんなかと言われたって困るんですよね。子供はいないんです。奪われたんです。 私は、そういう行政の感性一つ、やはり非常に被害を受けた方には傷を深めると思うんです。是非、今日、この後でも結構ですから、この特設サイトの一番最初を御覧になっていただきたい。いろいろな巡り合わ
一例目の裁判が起こされたのが平成三十年であります。もう令和が六年になろうとしています。一刻一刻亡くなっていく命です。 この亡くなられた方、渡辺さんとおっしゃいますけれども、この方が優生手術、両側の睾丸を摘出されている手術ですが、本来これは優生手術の中でそうした適用という形には挙がっていないものでありますが、それを実施されました。元の御病気は何だったかというと、変形性の関節症、関節が悪くて少し足が御不自由だった。それをもって、この方は十歳過ぎに睾丸を摘出されました。意味もきっと分からなかったろうし、その後、自分の体の不調を抱えながら七十年近くを生きてこられて、そして、彼が残した言葉は、国は謝ってほしい、そしてきちんと国による賠償を
受け止めるためには、調査をしなければ受け止められないのです。ハンセン病のときに、最終的に国家賠償になりましたけれども、その後、調査検討会というものを委託して、国としてハンセン病に対しての隔離政策について検証、検討を行いました。残念ながら、優生保護法についてはそうしたことは全く行われておりません、行政としてですね。この分厚いものは、国会図書館と調査室がやってくださいました。五月には大法廷の結果も出ようかと思います。しかし、それは司法の話です。行政が何をしたか、行政がどうであったかが極めて重要と思います。ただ、それはこども家庭庁ではなかったので、私が懸念するのは、厚生労働行政がどこにも検証されずに抜け落ちたまま、次に行くことです。
これは国会の議論ではなくて、内閣としての全体の見直しなんだと思いますので、是非、私の指摘をもう一度、今日は時間がないのであえて繰り返しませんけれども、受け止めていただきたいです。 そして、立法府としてやったことは、一時金の支給法を作りました。ちょうど五年たとうとしていますが、この五年間で一体何人の方が被害救済されたのか、それは当初予測された数とどうであったのか、これについてお願いします。
その手法がうまくいっていないから十分な救済が行き届かないんだと思います。 一時金の支給のときに、最初の一年で三千四百人という計画を立てました。五年たっても千八十四人であります。同じ手法を繰り返しても、結局、最も救済すべき相手には届かなくなるんだと私は思うので、今日取り上げさせていただきました。 連綿と同じことをやればいいのではないし、五年やって成果がなかなか得られていなかったら考え直してみないと、声も出せない人がいるし、自分が過去そういうことを受けたことを知り得ない人もまだまだいるんだと思います。 ちなみに、この分厚い報告書の中で、二万五千人のうち、個人の名前が分かっていて手術したという証拠が残っている方が三千八十九人お
指摘したいのは、それでは駄目なんだということなんです。SNSは、さっき冒頭で特設サイトでお示ししたように、それから、情報というのは、あふれても、身近で誰がそれにアクセスできるかをサポートしないと情報は生きてこないわけです。 大臣のお手元に、資料の最後のページになりますが、ちょっと一つ明石市の事案を抜かして、国連の障害者のための権利に関する委員会というところの勧告がございますが、日本に対しての総括所見は、全ての被害者が明示的に謝罪され適当に補償されるということと、全ての事例の特定と、支援の提供を含む各個人全てにということで、支援の提供がなければ実際には結びつかない、その意味を取れないという事態が多いということで、五年やってきても、
一九九八年に自由権委員会、二〇一六年に女性差別撤廃委員会、そして二〇二二年、障害者の権利委員会、いずれの委員会でも指摘されています。 加藤大臣には今日初めてのことだったかもしれませんので、なかなか指摘が届かなかったのは残念ですけれども、是非、被害に遭われた方にお会いになって、何であったのかをもう少し自覚していただいて、大臣の活躍に期待をしていますから、よろしくお取り組みください。 以上です。
立憲民主党の阿部知子です。 そして、武見厚労大臣、多分、この時間の割合でいくと、御質問は午後になると思いますので、恐縮ですが、また午後、よろしくお願いいたします。ごめんなさい。 まず、上川大臣にお伺いいたします。日本の果たすべき人権あるいは人道外交というものの先頭に、是非上川大臣に立っていただきたいと思う観点から御質問をいたします。 まず一点目は、ジェノサイド条約についてでございます。 これは、ここ数年、ロシアのウクライナ侵攻あるいは現下のパレスチナとイスラエルの戦闘等々で、いわゆる戦闘員以外の大量の殺害が行われて、その状況がジェノサイドと言って差し支えないような現状にあるということは上川大臣も御承知だと思います。
さはさりながら、国会の質疑の中でも、平成二十五年にも同じような質疑があって、そのときも検討中。それから、昨年の十一月でしたでしょうか、人間の安全保障人権議連、そこからも、このジェノサイド条約について日本が批准すべきであると、超党派ですね、声が上がっております。 私は、もう七十年ですから、ずっとずっとずっと検討というわけにもいかず、今、とりわけ人道状況は極めて危ういところに立っておりますので、大臣の任期中に是非この条約の締結ということを実現していただきたいと強く申し上げます。 そして二点目は、それとの関係で、この間、ICJ、国際司法裁判所に南アフリカが、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区での無差別大量殺りくに及んで、ジェノサ
中東情勢に対して中立的に行動できるという日本のある意味の歴史的な、また現在もそうあってほしいと思いますが、アドバンテージがあると思います。 今大臣るる御答弁でありましたが、実はこのICJへの提訴は、ジェノサイド条約の二条並びに三条に基づいて南アフリカが、それもアパルトヘイトの歴史のある南アが提訴をしたわけです。やはり、世界で人権、人道がどう考えられるべきか。南アの代表はおっしゃっていました、この問題が今パレスチナできちんと解決されない限り、逆に南アフリカのアパルトヘイトの問題も本当には解決をしないのだと。それほど重要なところであると思います。 そして、おっしゃっていただいたように、例えばハマスが人質を取っている、これも極めて
是非リーダーシップを取っていただきたいと思います。 残余の質問については、午後またお願いいたします。 ありがとうございます。
午前中に引き続いて、外交問題についてお尋ねをいたします。 午前中は主にジェノサイド条約の我が国の対応についてお尋ねをいたしましたが、ICJでイスラエルに対してのジェノサイド防止命令が出された同時期に、一月二十六から二十七にかけて、いわゆるUNRWA、パレスチナの難民救済事業機関のメンバーがハマスの十月七日のイスラエルに対しての急襲に加わったのではないかという疑義が持たれて、今、UNRWA内でも調査、また、別途、第三者機関による調査も続いておるところかと思います。 そもそもUNRWAは、ちょうど昨年七十周年を迎えたと思いますが、難民支援の中では、UNHCRがパレスチナ以外の問題、そして、ほとんどパレスチナ関連はUNRWAが戦後
その支援が急激に途絶える、二月には資金が枯渇するかもしれない懸念も伝えられておりますが、そうした状況に我が国としてどう向き合っていくかについてもお願いします。
WFP等々は食糧支援であります。また、赤十字は医療支援ということで、共に大事な国際支援機関であると思います。 今大臣もおっしゃったように、このUNRWAの一つの特徴は、学校の運営とか、あるいは難民キャンプで保健センターを運営するなど、インフラストラクチャーといいますか、支援のためのベースになっているということで、ここの持続可能性が問われるところと思います。 後ほど具体的なことをまたお尋ねいたしますが、今日は林官房長官にお越しいただいていますので、外務省がこの支援をある意味迅速に、一月二十六、国際的な指摘がされて、一月二十八日には支援の停止となっておりますが、果たして、我が国政府全体といたしましてこのことにどのくらいお話が及ん
林官房長官には古い昔のことにて恐縮ですが、田中角栄さんが総理大臣だった頃に二階堂さんが官房長官でいらして、この中東問題、当時、第四次になろうかと思います中東問題について、コメント、声明を出しておられます。予告しないで失礼ですが、林さんはもうキャリアも古いのできっと御存じかと思いますが、いかがでしょうか、御存じでありましょうか。
この官房長官談話は一九七三年のものでございますが、先ほど申し上げた第四次中東戦争、日本は中東に対して常に石油の問題がございまして、エネルギーをどう確保するか等々ある中で、ある意味、日本は米国とは独自の路線を取ってきたということでございます。 この、ニカイさんじゃなくて二階堂さんなんですけれども、四点申し上げますが、このときの諸原則というのは、「武力による領土の獲得及び占領の許されざること。」「一九六七年戦争の全占領地からのイスラエル兵力の撤退が行なわれること。」三番目が、「域内のすべての国の領土の保全と安全が尊重されねばならず、このための保障措置がとられるべきこと。」四点目が、「中東における公正、かつ、永続的平和実現に当つてパレ
是非よろしくお願いいたします。 今、パレスチナでは、孤児世代と呼ばれる世代が多くなりました。戦争で親を失い、自分の出自が分からなくなっていく、人間のアイデンティティーにとって極めて深刻ですので、今、UNRWAをめぐる世界の様々な疑義はありますけれども、その中でも、日本はきちんと対面でやってきたということもございますので、やれる支援はできるだけ継続をしていただきたい。 そして、武見厚労大臣、お待たせいたしました。 今日、今のUNRWAとJICAの母子手帳の資料は六ページに写真でお示ししてありますが、ガザの子供たちやお母さんと日本の子供たちやお母さんがZoomで会議をした去年のことでございます。 もう一つ、この間の戦闘の
今、武見大臣から御紹介のあった清田さんはお医者さんでもありますが、もう十年以上、UNRWAの医療部門の総括、統括をやってくださっています。そのことによって、保健センター内の医療や地域の基幹病院との医療もつながっている。 今、もう大変、本当に大変落ち込んでおられます。どうやっても、目前で、薬はない、麻酔薬がないから足を麻酔なく切らなきゃいけない子供たち。私たち日本ができる最大の支援は、何といっても人道支援であり、特に健康とか母子の分野でありますので、外務大臣とお力を合わせて、是非よろしくお願いしたいと思います。 そして、今日、お手元に、八枚目の資料でつけさせていただきましたが、今、このUNRWAへの支援が停止されることに対して