ございません。
ございません。
それは三和銀行の永福町の支店でおります。
それは足利で田中平吉から確かにもらつて使いまして、それは特別調達庁の現在の債務に入つております。三菱の本館の工事の資金に全部充当いたしました。
それはその金の出所から申します。それは……。
その金は当然私が使つたのではなく、特別調達庁の返済金に入つておりますから、私はそれを返済する必要はないと思います。
私が買つたのであります。
その当時私のところに来ておりました丸ノ内商事の常務をやつております小倉という者の斡旋で四十五万円で買いました。それは東京での経費といいますか、その当時お前のところの金で買えという話がありましたものですから、私が買つて置きました。
それは先ほど申しましたように、特調から東足の経費として頂きましたうちから二百万円なり、或いは三百万円とつて置いたうちから支出したものです。
その買つた当時はまだ法人ではありません。足利板金工業所として二人で合議でやつていた時でございますから、お前の名前で登記して置けということであつたから、私が登記して置きました。
その点は小倉徳治という人が中に入つておりますから、その社長の証言は誤りです。
それはその当時お前のものにして置けというお話だものですから、私の名前にして置きました。
実質は会社になつたときに、どつちかに引継ぐものにして置きまして、ずつと会社の寮として使つておりましたが、一番最後に分割するときに私がそれは欲しいといつて取つたのです。
それはそうであります。
はい。
できておりますが、それは私もこの事件が勃発しましてからはつんぼ桟敷のようにされておりまして、いつも不満を唱えておるのでありますが、明確でないということは言つております。
去年の五月からであります。
その前の損益計算書も去年の三、四月頃できておりましたが、それも嘘だ、狂つておるというふうに再三再四言つておりましたが、ただこの事件の一番しまいのお金の入つた途や何かを銀行で閉ざされてしまつたためにわからなく、且つ相当ここに載つておりますが、財産のほかに田中個人で買つたと称して、それはただ單に載せないものが多々あるのであります。そういつたものも含めなければいかんと再三再四注意しておつたのでありますが、一向にやらないで、そのうちに私もやめろというようなお話だつたからやめて、そのままに現在までなつております。
そうであります。
それはその当時二十三年の十二月に持つて来ました金のあとに、こういう問題が起きましたときに、田中のぢいさん幾らその銀行に預金があるんだと言つたら、一銭もない、それから銀行に行きましたら銀行も取引はないし、一銭もないんだというお話で相当当惑いたしまして、特別調達庁のかたもその点について銀行に行きまして、銀行からしつぺ返しを食つて帰つております。そうして仕方がなくて銀行の塚本さんのところでお調べを願いましたら、現実に一銭もないものが二千万円の無記名と、それから四百万円くらいの普通預金が出て来ております。そういう点からしまして相当返せるものを返さなかつたということから、私どもは相当二人でやり合つたことがあります。
私はもう殆んどありません。