そうです。
そうです。
それは一番しまいの頃に、じや財産をこの事件が起きましてから私のものというふうに話合いをして取つただけです。それまでは会社のものだというふうに私たちも考えて使つておりました。
そうであります。
そうであります。
そうです。
そうです。
それは会社のものになつておりました。最初なつておりました。
変えられたというのは、売るときに自分の名前となつた。
それは私に同様のことが田中社長にも言えるわけなんです。
それは会社の財産といいましても田中が現存持つております財産は、殆んど田中個人では当時から殆んど百円の金にも困つていたときから一緒に積上げた財産であり、且つ田中社長も口癖にこれはお前さんに働いて貰つて作つたのだというふうに言つておりますし、その後に会社の金で買つたやつを自分の自由に届けておる。トラツクなんかは殆んど自分の自由に届けております。そういう点が私たちが喧嘩をする最大の原因になつております。
一つ一つお願いいたします。
それは私の場合は私が五百万出す、その財源は、財源の振合いで私のところ、私がとつたもりでありますが、その前に田中社長がこの銀行と話合いか何かわかりませんが、一銭もない、財産も一銭もなくなつておる、預金は一銭もない。こういうことを一番最後のほうになつて言い出したものですから、それではしようがないからこの債務をうめるために、じやこれを会社以外の、仕事に差支えないもの以外は個々に取るという話合いから、そういうふうになつたものであります。
そうであります。
東京の帳簿に関しては足利に持つて行つておりまして、毎月々々その分を日計表を綴じましたものが足利に行つております。それから小切手の、法人になる前の小切手の写しは私が現在保管しております。それから小切手以外のものは足利に行つております。
代表取締役はやめましたけれども、取締役の席にはまだ残つております。
一等最初の帝国銀行のほうは私個人でやつておりました。それから会社になりましてからは東京の分は第一の銀座支店、東京銀行の銀座支店、それから大和銀行の東京支店、これは專務取締役の名前でやつておりました。それから足利の第一銀行に個人の口座がございました。それからその外に東京銀行の足利支店に專務の名義がございました。それから第一銀行の足利支店に会社の代表としての口座がございます。
それは最初申しました帝国銀行と、それはもう取引專はございませんが、足利の第一にあつた、それだけです。
それ以外はこういう問題が起きましてから銀行から相当ボイコツトを食いまして、皆解約しました。その前は東京の銀座支店に一ヵ所ありました。
現在は私は口座は持つておりません。
それは多少妻の名義で預けたものもあります。