高
高橋正吉
足利板金工業株式会社元專務
1950-12-07
参議院・決算委員会公団等の経理に関する小委員会
銀座の六丁目です。カメラ・ブローカーに売つて、現金を作つてもらつたのです。
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銀座の六丁目です。カメラ・ブローカーに売つて、現金を作つてもらつたのです。
名前は安さん、安さんというから、ただ安さんというふうに記憶しております。
ライカです。
ライカのIIICであります。望遠が付いております。
それとヴイトム付です。
それは私は吉武先生の秘書に会いに行つたのであります。
河野と申します。
それは屑鉄の値段を聞きに行つたのです。
屑鉄は今度撤廃になつて大分上るそうだが、本当かどうかということを聞きに行きました。
それは誰の金と言いましても、それは私ども働いて、会社の利潤で買つた金であります。
それは結婚もいたしましたし、社長も了承の下に幾らくらい欲しいということで、自分の持つておりました約五十万円ですが、それと社長から融通を受けました三十万円、八十万円でその家を買つております。
社長であります。
それは隅田造船という所で買いました。
その当時エンジンと両方で九万円で買いました。
それは、帰りました八軍におりましたボスソンとヘゼツクというかたが伊香保の山でボートをやりたいというわけで買つて持つて行きました。それでその後そのかたが帰られてからずつと伊香保に置いてあります。
それは、自動車は私が最初何回も自動車室に持つて行つて、そのたびことに……、又会社が大き苦なるたびごとに一つの会社の武器として、会社の金も流用しながら持つて行つております。そうして買いました。
それは社長との話合いで私のものになつております。
そうです。
それは私のほうでさつき申しましたように話合いでこれだけもらつて置くということで買いましたものですから。そういうような……。
その貸した金は、会社のために使うならお前取つて置けというのは、こういうわけで取つただけです。