それは私も確かにできていると信じてやつたか間違つたことは認めます。
それは私も確かにできていると信じてやつたか間違つたことは認めます。
私は東京におりまして、行つておりません。
それはいたしました。足利に行つてじやなくて東京で話をしました。
それは足利の社長が、私のほうでは暮に金が要つて困るという話で、仕事はできているかといつたら、社長はできているという話をして行つて、検収のことは言わなかつたかも知れませんが、とにかく検収調書を頂きたいということは、お願いしたことは事実です。
そういうふうに記憶しております。
その点は確実にできていると思つてやつたように記憶しております。
そういうふうに考えられていいと思いますが、私の考えでは……
その当時私もいろいろ忙しくて足利へは立会つておりませんが、田中社長がああいうふうに生産のほうはおれが引受けているということでありましたので、できておるというふうに信じて、今まで大概田中社長の言う言葉には間違いございませんものでしたから、できておるかといつたらできているということでお願いしたわけでありまして、その点二人で当つたということは、両者で当つたということはありません。
私は東京におりましたから、そういうふうに考えております。
それは、私はできておると信じておりましたし、向うもできておると思つてのことだろうと思います。今のように断定とおつしやられても、その当時は誠にそういうふうに真剣に考えてやつておつたものですから、今栗山先生から断定するかと言われても、私はお答えするというわけじやございませんんが……、まじめにやつておつたということだけは断言できます。
太平商工です。
太平商工の部長をやつておられたと記憶しております。
会つたことはございます。
私の会いましたのは二、三回会つております。
そういうことは絶対にありません。
お会いしましたときは、あの太平商工がまだ丸の内の成るビルの地下にありましたときに二、三回お訪ねしたことがございます。
ございません。
それはカメラ商の……。
それは何という人でしたか……。
銀座です。