竹下さんは話したでしょう。どうですか。
竹下さんは話したでしょう。どうですか。
写真はこう話している写真なんだから、話したかじゃない、話したのは間違いない。それをあなたは至近距離で傘を差していたわけだから、聞こえたでしょう。どうですか。
まあそのときの話は、推定するに、長谷川さんは田中家に竹下さん来るから会ってくれと言ったけれどもだめだった、恐らく長谷川さんはそう言った。それであなた方は、だめでもいいや、とにかく来たことの実績をつくったのだからもういいやと言ってすぐ去っていった、これが実態だと思いますがね。しかし、それはあなたどうしても認めないと言う。 それでは、皇民党問題でもう一つ聞きます。 あなたは竹下さんに、こんなものは無視しなさいと言った。それを言ったのはいつごろで、竹下さんはそれに対して何と言いましたか。
その当時の皇民党問題は、経世会にとってもあるいは自民党にとっても大問題であったわけで、したがって、その当時、あの経世会の中でこの対策をやる指揮者が私はいたと思う。その指揮者の人によって、君、行ってくれぬか、君、行ってくれぬか、こう言われて、本当に高松へ行った人もいる、あるいはまた皇民党の稲本総裁と会見した人もいるというのが動きですがね。 そこで、その指揮をとったのは、私は、あなたじゃないのか、指揮をとったのはあなたじゃないのか、こう思うのですが、いかがですか。
あなたがしたかったとすれば、ほかにだれかそういう皇民党対策の指揮をした人がいるのじゃないですか。いわゆる七奉行の中でだれかいるのじゃないですか。いかがですか。
わずかな持ち時間だから次へ進みましょう。 小沢一郎を総理にする会という会がありましたですね。この会は、だれが提唱してそういう会をつくったのか、まずその説明をしてください。
すると、これは、本当にそうあなたは答えて大丈夫ですか。
小沢一郎を囲む会というのは、じゃ、ありましたか。どうですか。
その会を主宰していたのはだれですか。東京佐川の渡邉元社長じゃないですか。
その会は、聞くところによると、十三名の自民党の議員で構成されていた、こういうのです。その中には、もちろんあなたが中心ですね。そういう人たちは出席のたびごとにお車代五百万円をもらって帰った、こういうことも伝えら れるのですが、そういうことはありますか。
そうすると、あなたは十月五日の東京プリンスのところで初めてこの渡邉という社長に会った、その人はそれまで見たことも聞いたこともたかった、さっきそういうふうに言われましたね。その渡邉という社長とその後のあなたの関係ですね、非常に密接た関係が、おつき合いがあったのじゃないのですか。いかがですか。
その会は、毎回四谷のある割烹旅館の福田家でやった、こう伝えられておりますが、そういう会は行ったことありますか。
そうすると、そこへ渡邉さんも出ていたということは今言われたわけですね。つまり、議員たちが寄る中へ、議員でもない一民間会社の社長の渡邉さんがなぜ来ているか。私は、この人が要するに金主であって、いろいろな金を全部この人が持っているという関係で来ているというふうに見るわけですが、そうじゃないですか。
それじゃ、議員でない渡邉さんはなぜそういう会へ出たのですか。どういう趣旨で出たのですか。
これはよく言われるまさにタニマチとして、自分の金をくれた、何でも言うことを聞く議員をつくろうという目的で渡邉社長は来ておる、こう私は見るわけですが、これは、じゃ私の見解として言っておきましょう。 その渡邉さんからあなたは、あなた個人、あなたの政治団体、あなたの指定団体というところへ献金を受けたことがありますか。
私の調査では、あなたがそういう献金を受けていた可能性は非常に大きい、しかも相当量の金、こう私は調査で見ています。そのことが出てくると、きょうあなたは一切ないと、この証言は偽証罪になりますよ。三月以上十年以下の懲役ですよ。そのことは承知ですか。
それでは、また次へ進みます。いずれ事実は明らかになりますから。 もう一つ聞きたいことは、千代田生命の神崎という社長さんがいます。この千代田生命の神崎社長が、当時竹下さんは大蔵大臣をやっていた。この大蔵大臣から頼まれて、竹下派の若手議員を集める会をつくった。その会はいわゆる京橋会という名前の会であった。銀座、京橋のあの京橋、京橋会、そういう会であったということですが、この会のことをあなた知っていますか。つまり、竹下さんに頼まれて、千代田生命の神崎社長が経世会の若手議員を集めて京橋会という会をつくった、こういうことなんですが、そのことをあなたは知っていますか。
つまり、あなたもその会へ出席されたわけですね。そして、そこにはほかにどんなような人たちが来ていましたか。
じゃ、その会は今でもありますか。
先ほどの小沢さんの証言によれば、例の金丸さんの五億の問題です。この五億の問題について赤松弁護士と会った、こう言われた。会ったけれども何話したかよく覚えていない、これは子供のようだ話ですね。しかも、そのホテル西洋へ行けと言われた、だから行った、行ったけれども一体何を話すのか目的もわからぬし、話した内容もよく覚えていたい、こう言うのですが、行けと言ったのはだれですか。