それは生原さんが命令したのか、金丸さんがそう言っておると言ってきたのか、どっちですか。
それは生原さんが命令したのか、金丸さんがそう言っておると言ってきたのか、どっちですか。
そして、そのときの話が、何か赤松弁護士は渡邉さんのいろいろな経過を話した、こう言われましたが、いろいろな経過を話したということの中に、渡邉さんは実は金丸さんに平成元年参議院選の年に五億やった、こういうふうに検察にはあの人は供述していたわけです。そのことも話が出たんじゃないですか。
要するに、私もそう見ているし、世間も、赤松弁護士とあなたの話し合いは、もらった五億を平成元年参議院にもらったことにするのか、平成二年の衆議院でもらったことにするのか、どっちにするかの要するに腹合わせでもってお話をされたんじゃないんですか。
それでは後の経過、結局金丸さんはその五億をもらったということで、さっきも話題に出た二十万の罰金を払って、それで略式で決定して、金丸さん前科一犯、こうなったんですね。そして、あとさらには責任をとるということで議員もやめた。こうなった過程で、あなたは会長をお守りできなくて本当に申しわけないと涙を流した、こう言われておりますが、じゃ、あなたは会長をお守りするならば、どうすれば守れたのか。今はどう思いますか。どうやれば守れたのか。
私は、これは素人考えですが、もし金丸会長を本当に守るというならば、五億もらったのは平成二年ではなくて平成元年の参議院だ、こう言えば既に時効は成立しているのです。金丸さんは訴追されることはなかった。本当に守る気ならば、あなたがそれで頑張る、赤松弁護人にもこれでいこうやということで頑張って、そしてその線で通せば金丸さんは処罰されることはなかった。それが守る道だったと思うのですが、あなたはそう思いませんか。
ここには何らの平成元年か二年かの物的証拠はないのですよ。この前生原証人に聞いたら、渡邉社長からもらったとき何か領収証とか受取のようなものを出しましたかと聞いたら、一切そういうことはない。ですから、平成元年か平成二年かというのを示す物証はないのですよ。平成元年だと言えば元年で通るという状況だったことは、私は言っておきたいと思うのです。 もう時間があと五分ということになりましたから、最後の質問に移りたいと思います。 あなたはその後、金丸会長がそうなった後、経世会の内部で小沢、反小沢という大変な紛争があって、二つに分裂しました。そして、今あなたは、私は改革派であるというふうに言っておられるわけですが、引き続いて、ロッキードからリク
きょうは佐川問題で来ていただいたわけですが、だから佐川問題というようなものが今後起きないようにという意味で私は今お聞きをしているわけです。 選挙制度の抜本改革とのセットならば、そういうこともあっていいというお答えですね、企業献金の禁止。ということですね。
じゃ、私は、政治資金問題は選挙制度の問題と密接不可分であるが、同時に、しかしまた、例えば一人区、小選挙区を選択するかどうかというふうな問題とは、これは別個の問題。一人区になれば金がかからぬということは、全くそうはない、むしろかかるという状況の中では、一人区であるなしにかかわらず、まずそういう企業の献金を禁止するということが本当の政治改革の大前提であるということに思いますが、今小沢さんからは、それに一〇〇%ではないが、個人の見解として、やや、まあ五〇%ぐらいの答えがあった、こう理解したいと思いますが、どうですか。
最後に、もう時間がなくなりましたので最後でありますが、竹下さんの、まあさっきからずっと触れてきたわけですが、やはり先ほども言われましたが、稲川会の会長の関与があったということは後で知ったという。あなたは、それよりもさらに後で知った、こう言われましたが、そのさらに後で知ったという、だれから、どういうふうにお聞きになったわけですか。
つまり、政治家としての出処進退、さっき言われました、あなた。金丸さんは責任を持って議員をやめられた、竹下さんはおれはあくまでやめないと言っている。この責任のとり方というものの比較において、どんなお考えをお持ちですか。
終わります。
生原さん、きょう、御苦労さま。 あなたにきょう証人として国会へ出ていただいたのは、御承知でしょうが、金丸さんがすべては生原君がやった、生原君に聞いてくれとこう言われるので、あなたに証人で出ていただいた、こういう経過があるわけです。 しかし、私は、あなたが悪いことをしたからここへ来ていただいているということはありません。それはむしろ、やったのは金丸さんです。その金丸さんの身がわりとしてあなたはこうして出さされている。言うならば、あなたは被害者、こう言っていいんじゃないかと思います。証人で呼ばれたというそのことで、あなたあるいはあなたの御家族がどういうつらい思いをされておるか、これもお察しすることができます。 私は、あなたを
その先生は、そこにいらっしゃる先生ですね。——ひとつ、先ほどあなたの言われた、まあ五億円の受領のことなどは率直に話していただきたいし、その配分先のことについても、まあひとつ率直に話していただきたい、こういうふうに私は思います。 それで初めに、あなたと金丸さんの関係ですが、まあ青木伊平さんは竹下さんと、本当に金庫番と言われて一心同体であった、こう言われておりますが、金丸さんとあなたもそういう同じような一心同体の関係にあった、こう言ってよろしいでしょうか。あなたはそのことを自分ではどう考えていますか。
そういたしますと、金丸さんの指定団体がありますね、新国土開発研究会、この会は自治省への届け出はあなたが代表者になっている。それからあなたが事務担当者になっている。とすると、この政治団体の金の出入りとかそれの自治省への届けとか、すべてはあなたが取り仕切ってこられた、こういうふうに理解していいですか。
金庫番というふうに周りからも見られる、御自分でもそう考えておられるというようなことからすると、金丸さんの個人の金銭関係というふうなことまであなたに任されていたのかどうか、この辺はどうですか。
そうすると、金丸さんの個人的な金銭関係はタッチしてないと、こういうふうに理解していいですか。
ここで、一つお尋ねしたいことがあります。 これは、昭和五十九年の二月でありますが、京都で株式会社シティーセンター京都、こういう会社が設立された。この会社のことをあなた御存じですか。
その会社の設立発起人の中には金丸さん入っておるんです。そういう関係からこの会社の役員にあなたのお名前がある。これは登記簿謄本で確認されておりますが、そういうふうにあなたのお名前が役員の一人に入ったということは、これは、あなたは自分が入るという意識なしに入った、入らされたということなのか、その辺どうですか。
私、今ここに登記簿謄本持っていますが、青木さんの名前は入っておりません。 それで、この会社は、私の調べたところでは、実際上は、あのイトマン事件で登場する許永中、あの人が実際のオーナーであった会社だ、こういうふうに私は掌握しております。この会社は、京都市内の一等地の土地、約二千坪の土地を取得して、今度はそれを売る、転売する、いわゆる土地転がしをやりまして、大変莫大な利益を上げた、こういう実績を私は調べて掌握しておりますが、その土地の売買に金丸さんも口をきかれた、こういうことが伝えられているのですが、そのことはあなた御承知ですか。
小川吉衛さんというお名前とか白石さんというお名前が出るということは、この会社の実態についてはあなたも御承知はされているというふうに見ていいと思うのですが、この会社に金丸さんがそういうかかわりを持たれたということで何か金丸さんに対する見返りというふうなものはあったのでしょうか。その点はどんなふうに見ておられますか。