そうしますと、一応処理がついたというふうに了解いたしますが、腑に落ちないのは、あのときあれだけ、かなり強く私が指摘いたしまして、すぐにもそういうふうなことについては処理がつくものと期待しておったのですが、いまお答えにありますように、つい最近になって、あれから三年半か四年近くもたってからようやくそういうところへ移管したというようなことは、これは私ちょっと了解しがたいのですが、何かそういう事情があったのですか、むずかしかったのですか。
そうしますと、一応処理がついたというふうに了解いたしますが、腑に落ちないのは、あのときあれだけ、かなり強く私が指摘いたしまして、すぐにもそういうふうなことについては処理がつくものと期待しておったのですが、いまお答えにありますように、つい最近になって、あれから三年半か四年近くもたってからようやくそういうところへ移管したというようなことは、これは私ちょっと了解しがたいのですが、何かそういう事情があったのですか、むずかしかったのですか。
それから、やはりあのときに御答弁の中で、たしか総理府の副長官の御答弁だったと思うのでありますが、日本学術会議の中に、改革構想委員会とかいうものがつくられておるということでございまして、この改革構想委員会でひとつ十分検討をして、運営、機構その他について改革をするということに着手をするのでというような御答弁をいただいておるのでありますが、その後、この改革構想委員会なるものは実際に活動され、どのような改革案を立てられ、あるいは実行されましたか、御報告いただきたいと思います。
いろいろと改善のために御努力をなすっていることとは思うのでありますけれども、つい最近私が知りました事柄でこういうことがございますので、これについてひとつ明らかにしていただきたいと思います。 第一点は、昨年の五月十五日から二十九日まで日本学術会議訪ソ代表団というものを組織されて訪ソされたわけでございます。団長が会長の伏見さん、団員が石谷大阪大学工学部教授と第三部会員の木原京都大学経済学部教授の二人、それぞれ婦人を同伴されての訪ソであったそうでございますが、この訪ソは政府機関である学術会議としての正規の手続をとり、国家予算に基づく経費によって行われた、そういう意味での正規の訪ソでございましたか、それとも私的なものでございましたか。
そうすると、私の調査したとおりなんでありますが、私は不思議に思ったのでございます。私的な自費で訪ソされたと言うのでございますが、訪ソされまして行ってこられました一番大事な仕事は、ソビエトの科学アカデミーの総裁、それから副総裁などに会いまして、そして日ソ間の学術、科学技術交流についてかなり大事な会談をなされておるようでございます。しかも協定書のような文書、覚書を交換されて、それには日本学術会議会長としての署名、ソ連科学アカデミー総裁の署名ということでございまして、非常に大事な外交上の文書の交換などもおやりになっておるのですね。この事実には相違ございませんか。
そうしますと、先方は、ソ連側としましては、私的な訪ソ団を受け入れたのだというふうに受け取っておるのでしょうか。それとも、公式の学術会議の代表ということで向こうの国家機関であるソ連科学アカデミーとこちらの国家機関である学術会議との話し合いというふうに先方は受け取っておるのでしょうか、どういうふうに受け取っておるのでしょうか。
余り細かいことは別にしますが、ちよっと拝見いたしましたのですが、その覚書の中に、ソ連科学アカデミーと学術会議の両者によって科学技術協力委員会を設置するというようなことがあります。それから、交流に関しましてはこういうふうになっていますね。「交換実現の基礎は、一九七三年十月十日付政府間協定、またはソ連科学アカデミーとしかるべき日本側機関とが直接に締結する科学協力協定とし、その交換割当は双方から年々各々百二十人・月、人員制限はないものとする。」というようなことでございまして「日本学術会議代表団は、ソ連科学アカデミーの提案を考慮し、日本のしかるべき機関と審議し、その結果をソ連科学アカデミーに通報する用意のあることを表明した。」こうなっておる
そこでこの中に、ただいまちょっと読みましたように「一九七三年十月十日付政府間協定」という言葉が使ってございますが、その政府間協定というのを調べてみたのですが、このときにソビエトと日本との間で文化交流についてのきちっとした取り決めが行われておるわけでございます。もちろん、その後時間的にはたっておりますから、発展させるという趣旨もありますので、発展させるのは当然いいことだと思うのですが、このときの中身は、交流については、双方は毎年それぞれ合計十名を超えない範囲内で、そして滞在期間十カ月を超えない範囲内というようなことが書いてございます。それで、経費のことなどもきちっと書いた正式の両国政府間の協定ができておるわけでございます。こういうもの
そこで、外務省にちょっと見解を聞きたいのですが、相談がなかったということになりますと、私はこれは大変なことじゃないかと思うのです。これだけ重要な両国政府機関の代表者が、外交的なこと、しかも前に結ばれておる協定に基づいて、これはちゃんと文句も書いてあるのですからね。しかも、その中身を十倍にも拡大するような話し合いをして、署名捺印までしてきているのですからね。これをどうお考えになりますか。いいことだと思いますか。
四年前に私が指摘しましたのも、そういうことを指摘したわけなんです。国家機関でありますから、必要な行動は予算に組まれております。いずれにしましても、民間の学術団体であれば自由にどんどん活動され、金が足らなければ寄付金を集めても自費でやられてもそれはいいのですけれども、政府の機関ですから、法的にもちゃんと学術会議法の中に、経費は全部国庫負担ということが書いてある。そういう大事な国家機関が、余りにも自由奔放に動き過ぎて、その中身は非常に善意なものであり、いいものであるにせよ、これはまかり間違うと大変な誤解を外国にも与えますし、いまのこれで言いますと外交上の問題なんですから、これは単に私的な旅行だといって不問に付しておこうという性質の問題で
そして、その団員の中に日本学術会議事務局学術部調査課長酒井忠敏さんという方が一緒に行っておられるわけでございますが、申すまでもなく酒井課長さんは一般職職員であり、総理府事務官でございます。そういう立場の人も一緒に行っておりまして、しかもその旅費はいまおっしゃられた学会からの寄付というようなことで出張しているわけなんです。私は、やはりこれがかなり大きな団を編成して、かなりの日時中国で行動される、しかもそういう堂々たる名称で行動されているわけなんですから、こういうふうな行動は国家機関としての名称をそのまま用いられておやりになる、これは政府の金で行ったのじゃないから、いわば私的な旅行ですと言われればそうかもしれませんが、しかしそうは通用し
総理府の方から副長官お見えになっていますが、いまソ連旅行と中国旅行のことを指摘したのですが、総理府としてのいま特に総理府の事務官の課長さんが一緒に行っておるということもございますが、総理府としての御見解はいかがですか。
りっぱな学者さん方の会議でございますので、ややもしますと、普通の政府のお役所と違いますものですから、監督と言っても特別の目で見るということになりがちじゃなかろうかと思うのです。そういうようなところから次第次第に、普通の政府機関であればやれないようなことでも何でもやれるのだといったような風潮が出てくるのじゃないか、こう思うのです。私は、おやりになっていること自体を問題にしているわけじゃないのです。そういうことをどんどん活発におやりになるためには、それにふさわしい財団法人なり何なりをおつくりになって民間で自由濶達に活動されることは大いにいいと思うのですが、学術会議というものをそもそも政府機関としてきちっとつくった目的、意味というものはそ
研究費の補助や何かの配分については、それに対して意見を述べるとかあるいは配分委員を推薦するとか、重要な役目を学術会議が担っておられるわけですね。いまのことはそれに関連した仕事だと思うのですが、そうではなくて、一般的に日本の学術についてこれを行政面で生かすための重要な諮問というものがあって、それに対して答申をしたというような例はないのですか。
そこで私、最後にこれは文部大臣の方から御見解を承りたいと思うのですが、あるいは総理府からもあわせて御見解をいただきたいと思うのですが、学術会議ができたときは終戦直後でございますので、あの状況の中では、いまのような形の選挙によって選ばれた民間から出てくる学者のああいう組織をつくり、これが国内においてもまた国外に対しても日本を代表する最高の学界の権威ある会議であるというふうな形で、政府機関として相当な役割りを果たしたのじゃないかと思います。しかし、それからもう長い年月が過ぎまして、そしていろいろと似たような機関、もうそれぞれ必要に応じてできてきたでございましょうし、世の中の情勢も非常に変わってまいりました。それにまた、ああいう形での選挙
総理府が直接監督をしておるわけでございますが、ただいまの御答弁でもわかりますので、何かはれものにさわるようなところがあるのじゃないかと思うのですが、私はそれではいかぬと思うのです。ですからこの際、学術会議の先生方とも積極的にいろいろ御相談なさっていただかなければなりませんが、同時に、政府として行政管理庁やなんかも交えて徹底的に洗い直してみる必要があるのじゃなかろうかと私は思うのです。そういうことを特にきょうは強く要望申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。
休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。井上一成君。
新村勝雄君。
林孝矩君。
中野寛成君。
次回は、来る二十三日水曜日、午前十時理事会、午前十時十五分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後七時四十二分散会