ほとんど関係なさいませんで、社長になられてから二回ぐらいは取締役会に出られて座長を務められた。その前後はほとんどありません。
ほとんど関係なさいませんで、社長になられてから二回ぐらいは取締役会に出られて座長を務められた。その前後はほとんどありません。
存じております。
会社の者にお宅の方に持たしてやります。
摘発を受けまして多少の物資が出たことは聞いております。
トン数にいたしまして、百七、八十トンくらいのものであります。その中で返還を受けたものがございます。これは船の重りに使いますいわゆるバラストでございます。五十七八トンくらいと開いております。これが返つてきたものでございますから、差引きますと百二十トン程度のものが出たことを聞いております。
私は工場におりませんので、あとから聞きまして、当時の届出については九月になつてから調査の上で届出をした、そういうふうに聞いております。
親和銀行からの借入金は、大体毎月千万円内外のものであります。これは毎月返しまして、また借りる。そういうふうなやり方で借りております。保証人はなかつたと思います。
さようでございます。実際の手形の方は工場でやつておりますので、はつきり存じません。工場の方で経理部長が向うの常務の方、貸付係りの方と折衝して借りております。
復金の方は現在三千八百万円借りております。この方の保証人は大体当時の社長及び二、三名の重役、これが個人保証に立つております。
それは大体記憶がございます。
そうです。二十二年、最初は四月でございましたか、三月でございましたか。
返しました。それで当時の社長は占部五郎氏でございます。占部五郎氏が個人保証をいたしております。
その当時は北村氏はまだ平取締で保証に関係ありません。ただし社長になつてから、手形の書替えのときに保証に立つたように思つております。
さようでございます。
これは大体復金の要求でございまして、できれば社長及び二、三の重役連名で個人保証をしてもらいたい。こういうのが復金の方の要求でございました。
それは保証しておりません。
塩津専務取締。むろん個人の資格です。それから私自身、それと松本長藏。この三名で保証しております。
すでに社長でも取締役でもございませんので……。
さようです。復金の方も一應要求はございましたけれども、これは役員でもないから、やめてくれというてはずしてもらいました。
解体は大体今月をもちまして大ばらしを完了することになつております。艦数は大型艦、小型艦をまぜて二十三隻か四隻であります。ほかに未完成の艦艇がございまして、潜水艦とかこまかいものでありますが、百トン程度のもの。それは陸上にあつた未完成のものを進駐軍の速急解体命令がございまして、これが九隻でございます。これを勘定に入れますると、三十二隻くらいになると思います。