これはやはり列席を願つておりますので、お手盛にならぬように、もちろん適正なものをやるという精神でやつております。
これはやはり列席を願つておりますので、お手盛にならぬように、もちろん適正なものをやるという精神でやつております。
これは工事費が最後にいくらかかるかによつて、拂下價格がきまるのでございますから、それによつて國家に戻つてくるかどうか、その後できないときまらない思います。
惡く解釈するというそうことは考えられぬこともございませんけれども、実際問題はそういうものじやないのです。
工場におきましては工場を代表する取締役が、工場一切の責任者としてやつております。東京の本社におきましても、同樣に代表取締役を置いてやつております。前の社長は毎月の会議ごとに大体漏れなく出席いたしましたのみならず、それ以外のときにも相當頻繁に工場内部をまわつて指揮をいたしております。北村徳太郎氏の場合は取締役会にしても、私どもから見ますと出席常ならぬ方で、あまり御相談の相手には考えておりません。実務から見ますと、あまり問題にしていなかつたような次第であります。
これは私どもがお願いに行きました。それで自分はどうもあまり進まぬけれども、復金の方でぜひということならほかの人もやるのだから自分も加わつておいてよろしい。こういうごく受身的なことで保証をされました。
大体復金の方は最初から社長及び二、三の取締役というふうに言われまして、前社長からのしきたりで、北村社長も保証に参加されまして、社長をやめられてから同様に、復金としては一應希望を申し入れてございます。しかし、大体復金の方は役員の中からというお考えでありました。やめてもらいましたのは、私どものそういう観点からで、もう関係のない方であります。保証はやめてもらえまいか、そのかわり代りの役員をということで、松本長藏を加えまして、復金の方もそれならよかろう、こういうことになりました。
それは全然ございません。大体軍政部への報告事項は、非鉄金属以外に何やかやとございます。これは工場担當の代表重役が全部賄つております。そのためにただいまの調べについても、ことしの摘発があつた後に私どもは聞いたくらいで、本社の方へはほとんどそれの報告らしいものは來ておりません。從つて役員会でも全然タッチいたしません。
出られたように記憶いたしております。
創立総会の經過報告は各所に対する創立の手続きでございます。それの手続内容と日附、たとえば八月の何日に何の認可があつた。株式の募集を始めた、拂込みが終つた、そういつた經過報告を創立総会においてつくりました。大体作成は私がほかの者と数人でいたしました。
創立総会の席上での報告は、當時の発起人代表がいたしました。
三枝貞藏であります。
資材はおいおいと使つていくものでございまして、これは大藏省関係ではございません。大藏省関係は土地、建物、構築物、機械、これだけでございます。資材は復員局管業部の持つておりましたもの、それから、内務省関係の特殊物件、熊本逓信局の関係の資材そういつたものの拂下げ、そういう方面から資材を入手しております。
使用許可とは別個でございます。それで何回かにわけて願い出ております。これは工場の方でもやりました。自分は東京におりましたものですから、詳しいことは存じません。
多少のものは當然あつたと思います。それは復員局管業部の持つております資材の一部を讓り受けたものであります。これはあつたと思います。
土地、建物に関するものは、全部はないかもしれませんが、大部分は東京にも写しをもつております。資材の方はございません。工場の方でやつたのでございまして、こちらへ写しをとつておりません。
あるはずでございます。
私の記憶では、創立經過報告のときには資材に触れておりません。これはしかし事実上は工場の方で手続はしたものと考えます。報告事項の中には資材の問題ははいつてないと思います。
これは昭和二十一年の四月から管業部の事業を引継ぎまして、九月に実際の会社が創立されまして、その九月の仮決算のときに手持資材がどのくらい、こういうことは報告が出ております。これは創立総会には出ませんでした。実際問題としてそういうことです。
これは前にあつたことのお尋ねでございますか。
発見されたということは聞きませんでございますから、大体先ほど申し上げましたように、内務省の持物は特殊物件、逓信局、それから管業部、大体あるところはわかつております。これに対する拂下願の手続をいたしました。それ以外に発見というふうなものは聞いておりませんです。