それでは小川先生、後ほどお答えをいたします。
それでは小川先生、後ほどお答えをいたします。
これは、私は全然しろうとですが、何か感じとしてはおっしゃられるとおりにわかりますが、地下街はまるで商店街になりましたから、そこでそれに対する対策というものが十分に講じてなければあれを許可するはずはないというふうに感じているのです。プロパンガスというものが使われていることが危険かどうかということになれば、私はよくわかりませんので、なお消防庁のほうとも協議をしてみたいと思います。
全くそのとおりと考えておりますので、御協力をお願いいたします。よろしくお願いいたします。
それもやはり毎々しばしば話にも出ておりますが、できるだけ大蔵省のほうとも折衝いたしてみたい、こう考えております。
私はその点についてはあまり知識はないので、よくわかりません。
沖繩問題について、特に私どものほうの感じでは、やや等閑視されているのではないかとしばしば心配されるわけでありますが、特にこの問題をとらえて御質問いただいたことについて敬意を表する次第であります。そこで、きょうは、まことに申しわけありませんが、長官は他の委員会に出ておりますし、山野局長はまさにいま御指摘のような問題で沖繩に渡っておりますので、私どもかわって御答弁申し上げたいと思います。 去年の暮れごろからことしの初めにかけて、沖繩の財政並びに沖繩の経済一般について心配される状態になりましたことは御指摘のとおりであります。特に財政の状態については税収入等についてそごを来たしたのでありまして、それらのことについては、ここに加藤君が来て
お話の問題は、私どもも重要な問題ですから検討はいたしておりましたし、現在もまた考えておらないことではないのですが、要は沖繩政府のことでございますので、こまかくそれらの点について、思惑等についてお答えをする立場にないわけであります。 先ほどから加藤君もお答え申し上げたように、非常に経済の高度な発展が見込まれたということがこういう過大な予算を編成した原因であろう、こう考えております。政治的配慮がそこにあったかなかったかについては、われわれのお答えする範囲ではないと思います。
ちょっと質問の趣旨がよく理解できないのですが、本年度、これから私どもが来年組まなければならぬ予算の中に組まれる沖繩の援助金額についてお尋ねでございますか。
必ずしもそう考えておりませんけれども、何かお感じになっていることがありましたら、具体的に御質問いただきたいと思います。 総額といたしましては、われわれが沖繩の方々と話をして、私どものほうは沖繩の県民の立場に立ってものを考える役所でありますから、私どもの長官も常にそう言っております。そういう立場でやや希望的な話し合いをしたことも事実ございます。それと比べてどうかと言われれば、必ずしも十分であったとは思いませんけれども、そう過大なことを言っておって、それは羊頭を掲げて狗肉を売った形に結果的になったかというと、私どもはそう考えておりません。
ずっと前のことは、あるいはここにおる加藤君のほうには資料があるかもしれませんが、私の頭の中にあるものの中では、二、三年前からのことでありますが、ずっと前には二十何億から五十何億、一昨年ですか、先生御承知かと思いますが、百三億ばかり、去年が百五十三億、ことしが二百二十七億、こういうふうに伸びてまいったのでございます。いま先生は二百三十億ぐらいあると言われましたが、その中には五十三億の財投を含んでおることはお話のとおりであります。ただ、百三から百五十三、二百二十七、こう伸びてきた数字の伸び方をそれなりに見ますと、かなり勉強して伸ばしてきていただいた、こう感じておるわけであります。もちろん琉球政府のほうからの要求は、これよりも多かったこと
これから申し上げることは、必ずしも先生の御質問に対して、そのものずばりお答えをすることになるかどうか疑問でありますが、従来は、御案内のとおり、つかみで百三億とか、百五十三億であるとか、二百二十七億であるとかきめてまいったことは御承知のとおりであります。ことしはそういうようなやり方でなしに、一体化二年目でもございますので、一体琉球政府がいま行なっている仕事の中で当然国がやる仕事は何か、それから当然県がやる仕事は何か、それから普通本土であれば市町村にまかせるべき仕事は何か、そういうように分けて、それで国がやるべき仕事としてはこれだけなんだから、これはできれば別に考える。考えの中では別に考えてみるというようなことにして、県でやる仕事の中で
御指摘の地方交付税方式は、十分に考えなければならぬことは言うまでもありません。言うまでもありませんが、本土の県とこれまた言うまでもなく違うことは、国税も全部琉球政府が取っているわけでありまして、税の体系が全然違うわけであります。そういう体系の中で交付税方式というものが採用できるかどうか、きわめて疑いなきを得ないわけであります。地方交付税方式というようなものを考えなければならぬことは言うまでもないのですけれども、こういう税の体系が全然違う、それに手をつけないままで地方交付税方式を採用するということはいかがなものであろうか。もちろん新聞などにも書いてありますように、いずれはそういうふうになっていかなければならぬことではありますが、その前
おっしゃられるとおり、交付税方式は、現在の段階では先ほど申し上げましたことで御了解をいただきたいと思うのですが、しかしながら、おっしゃられるとおり、いままでの方式でやっていったのでは、その金に対応して自主財源を出さなければならぬ、その金がないのだからだめではないかと言われることでございますが、それは私どもも理解できます。そこで、どういうふうな方式でやっていったらいいか、それが、対応する金がないのだったら、こちらのほうは元金は出しませんよというようなことはできることではございませんので、先生御心配の点も踏まえて、琉球政府のほうとせっかく協議を重ね、琉球政府のよい施策ができるようにわれわれは努力いたしていきたい、こう考えておるわけであり
佐賀県を例にとれば、ほとんど類似県だということはお話のとおりでありますから、どういう方式をとるかということは、税制なども違いますからこれから考えていかなければなりませんが、根本的なものの考え方としては、先生御指摘のとおりであるとわれわれは考えておるわけであります。
全く御指摘のとおりでありまして、その点もまさに格差是正ということでわれわれは取り組んでいることは、あるいは不十分のおしかりを受けるかもしれませんが、お認めをいただきたいと思う次第であります。
一言と言われると、全くそのとおりに私も思います。この問題につきましては、前々からわれわれも非常に意を用いているところであります。先ほどもお話がありましたように、千八百万ドルの沖繩の予算の中で——これは六十四億ですが、その中で五百万ドルというもの、すなわち十八億、おととしは十億だったと思いますが、それだけ市町村に行っているわけです。これが本土の市町村と比べてどうかといえば、やはり私は少ないと思います。だが、先生も沖繩にお渡りになって市町村をごらんになってよくおわかりのように、本土の市町村とはまた格段の事務能力、事務の範囲、仕事の範囲が違うわけであります。ですから、すぐに置きかえて、これじゃ少ないではないかということはしばしばあやまちを
おっしゃられるとおりなんです。そういうふうに何年に幾らかけてこうやる、その次の年には幾らかけてこうやるというのはまだきまっておらないのです。やらなければならぬことを網羅したものは、いまの段階ででき上がったわけです。
御承知のとおり、初年度はもうすでに金額もきめ、先ほどからあまり多くないという御指摘をいただいたのでございますが、それは終わっているわけです。残りましたのは二年度と三年度であります。そこで、申し上げましたように、この三カ年間にどういうことをするのだということは、ほとんど詳細に網羅されてきまっております。そこで、二年度にどこをやるかという問題は、これは当方だけできめることではございません、琉球政府とも綿密に連絡をとって、残されたものの中から二年度にやらなければならぬものは何か、それは財政の関係もありまするから、そういうようなこともこちらの要望も伝え、先方の意向も聞き、そして二年度をきめていく、残されたものは三年度でありますから、これは三
現地にしばしば——私どもも長く沖繩問題を担当しておりますと、沖繩県民の立場に立ってものを考えるのは当然だという考えがだんだん濃くなってまいりまして、ややもすれば少し本土政府のほうに——これは私の立場でそういう言い方はどうかとも思いますが、本土政府のほうに無理を言うて、ひとつこれだけのことはやってもらわなければというような気持ちにだんだんなってくる、これは人情で、当然だと思うのです。岸君のように沖繩に住まいして、そうして向こうで沖繩県民に会ってやっていると、われわれよりももっと沖繩県民の立場に立ってものを考えるようになることは当然であって、非常にいいことだ、こう思うわけであります。ですから、そういう意見がえらい対立というようにおとりい
先ほども申し上げましたように、私どもの受け取り方としては、現地におる責任者が、沖繩県民と日常接していて感じたことを本土政府に対して、こうもやってやりたい、ああもやってやりたいという意向を漏らすのは何ら差しつかえないばかりでなしに、今後も積極的にあってしかるべきだ。それが全部できるかできないかということになれば、これはまたアメリカのほうとも折衝しなければならぬことでありますから、本土政府は、それはもっともなことだし、聞くにたえることではあるけれども、しかしながら、これをすぐにアメリカのほうと折衝するということはどうであろうかというような、いろいろな配慮もあり得ることであります。そうかといって、対立するというような表現、考え方はあっては