いま厚生大臣が言ったのと全く同意見であります。
いま厚生大臣が言ったのと全く同意見であります。
承知いたしました。
騒音の問題についてはちょっと手が抜かれているのではないかという御指摘なんですが、必ずしもそうでないんです。いろいろな意味で、騒音問題についてもいろいろありますが、御指摘の航空機騒音の問題については、これは環境基準を昭和四十八年の十二月に定めておりまして、これは民間の飛行場も、それから自衛隊等が使っている飛行場も、そこに差はない、これに準ずるということでやっているんですが、たとえばスクランブルみたいなものは、これはちょっと勘定に入りませんが、それ以外のものについては同じように考えなきゃならぬということにはなっているんですが、民間の飛行場の場合には、これ常識でも考えられるように、どのくらいのものかなということは朝昼晩おおよそはかれるんで
いまのところ私沖縄に行く予定を立てているわけではありません。ただ、先生も御承知かもしれませんが、私はいろいろな関係で沖縄には何回も行っておりまして、基地周辺のところにも寝泊まりもしたことがありますし、よくわかっております。局長からいま話されましたように、県の方とは密接な連絡をとっておるわけであります。困難だなということでございますが、わりあいに実態は把握しているつもりでございますが、百聞は一見にしかずということですから、折があったら行ってみたいとは思っておりますけれども、いまのところそういう考えはありません。
先ほども申し上げましたようなことで、私は沖縄に行く予定がいま立っておりませんが、これはおっしゃるとおり必要なことだとも思います。ただ、国会が始まりますので、なかなか、いまここで必ずというようなことは、国会の関係がありますので申し上げられませんが、前向きに十分検討したいと、こう考えます。
航空機騒音に係る環境基準は、先ほども申し上げましたように、昭和四十八年の十二月に定めました。そして、この環境基準は、自衛隊、駐留米軍が使用する飛行場にも適用されるものであります。そして、公共用の一般飛行場の区分に準じて達成され、または維持されるように努めるものとされているわけであります。この環境基準をつくりましたときに、その環境基準を達成する一応の目標というものを五十二年の十二月までの五年間ということに一応決めたわけなんです。ところが、五十三年の十二月にはその目標を達成することができずに今日に至っているわけであります。そこで、防衛庁に対しても所要の対策の促進を図るよう要請しておりますし、駐留米軍との間には、日米合同委員会のもとに航空
大先輩から大変御激励とおほめをいただいてまことに恐縮いたします。私は、就任以来一年を過ぎましたが、先生方の御激励と御鞭撻、それからわが役所の職員の精励並びに国民的な御関心とそれに基づく御激励によって今日まで環境問題について努力してまいりましたが、一九七〇年代は、先生方にも御心配いただきましたように、公害というのは、ある加害者があり、ある被害者があって大きな問題になりまして、そのことについてはいまでも引き続いてその患者に対する対策並びに患者の認定、そういうことに努力をいたしておるわけであります。 一九八〇年代に入りますと、まず大気、水、土壌、こういう方面の汚染がだんだんと激しくなってまいりますので、先生方にお決めいただいた基準とい
戸叶先生は私も学んだ早稲田大学の大先輩でありまして、その戸叶先生から広範な文明論に立脚してのお話でございますので、どうお答え申し上げてよいか窮しますが、私は環境庁を預かっているだけでもってきゅうきゅうといたしておりまして、なかなかその方面にまで手は伸びませんが、せっかくの先輩のお尋ねでございますので、政治家としての私の考え方を申し上げてみたいと思います。 私は先月、諸先生もごらんになったと思いますが、テレビで「マリコ」というのを見まして、あの中で日本の外交官と、その奥さんはアメリカ人で、それで戦が終わったときに、あの外交官が私の国が負けて君の国が勝った、こう言ったら、あの奥さんが、なぜそういうことを言うか、私の国もあなたの国もな
九月九日でなければならぬということはなかったのですが、この時期にというところには別に私としては意味はないのです。ただ、私は任期中今日までの間に琵琶湖へ二回行きました。それから霞ケ浦へも二回行きました。それから琵琶湖は御承知のとおり京阪神千三百万人の飲み水のため場所ですから、それが今日の状況のようなことで推移したら大変だ、こう思いまして、滋賀県は言うまでもありませんが、京都、大阪、兵庫の知事さん、それから関係の市長さんなどにお集まりをいただいて、京都の国際会議場で住民も交えてどうしたらいいだろうという会議を開きました。これを新聞では琵琶湖サミットとが言いましたけれども、霞ヶ浦でも二度目には知事さんとそれから地元住民と一緒に舟の上で対談
主要なものはダムも含めて実は二十二なんです。天然の湖や沼だけではないんです。しかしながら、それは全体ですわな、本当を言えば。将来は全体というふうに持っていかなければならぬでしょうが、とりあえずダムも含めて主要な湖を持っているところということを洗い出しまして二十二としたわけでございまして、もちろんそれ以外に関係がないというわけではありません。おっしゃられるとおり、琵琶湖でやりましたときにはあの水を利用するところまで考えたのですから、おっしゃられることはよくわかります。そのように今後も考えていきたいと思います。
おっしゃられるとおり、事の重大性から見て、二時間半でしたけれども、私は終始当然のことながらそこにいて皆さんのお話を承ったのです。従来この種の会合で、二十二の知事さんにお集まりをいただきたいと、そして私は自分で手紙を書いて、できるだけ代理でなしに御自身来ていただきたいということを書いてお手紙をいたしました。たとえば広島県の知事のごときは、出るという御返事をいただいたのですが、後日やむを得ざる事情で来られなくなったということをわざわざ自分で手紙を書いてよこしましたが、二十二のうち十二知事さんがおいでになって、副知事さんがかわられたのが五つでございまして、この種の会合では直接責任者が出席された率は非常に多かったと思うのです。 それだけ
四項目か五項目に分けてお答えをすればいいと思いますが、それは本局長の方から答えさせることにいたしまして、私は先生、あの会議の一つの大きなねらいは、国民にわかってもらう、それでマスコミの方々にも御協力をいただいた結果になりますが、国民にこれはなるほど大変だなというふうに思ってもらうことが大事だ、こう思いまして、実はそれが一つの大きなねらいです。しかしながらそれだけではありません。その結果、まとまってはいませんけれども、こういうようなことを今後考えていきたいということは幾つかございますので、本局長から答えさせます。
お答えいたします。 私が湖沼の問題でいろいろびっくりしたりしたことはありますが、そのうちの一つは、初めて琵琶湖へ行きましたときに漁師にいろいろな話を聞きました。そうしたらその漁師はこういうことを言いました。いまから二十五年から三十年ぐらい前は、出てくるときに家内にお弁当をつくってもらって、お握りを舟の上で食べて、それで水筒を持ってこないでもよかった、舟べりから手ですくって水が飲めた。それがいまでは南湖においては飲めるどころか水泳も禁止です。それから北湖の方は南湖よりきれいですからこれは水泳場もまだありますが、そういう状態で、それから京阪神千三百万の水は南湖からずっと取るようになっておることは御承知のとおりです。それから先ほど申し
数字に基づかないわけではありません。数字に基づかなければやはり言えませんから、数字には基づいているのですが、一番冒頭に申し上げましたように、琵琶湖の状態が、いまから二十年か二十五年前には飲めたというのが今日の状態になったということをずっと伸ばしていってもそういうことになります。全然数字に基づかない話をしたわけではないのです。ただ、数字を非常に詳細に詰めたか否かということになれば必ずしも詳細ではない、こういうことでございます。
そのとおりでございます。
いまの御質問に答える前に、私は先ほどのこのままでいけば西暦二〇〇〇年のときには湖沼は大変なことになる、何もしないでいれば。それじゃ何をすればいいんだと言えば、いろいろしなければならぬことはありますが、原因を分けてみますとやはり何といっても一番多いのは生活雑排水です。ですから、具体的には下水を完備するということが一番大事なことだということが言えるのです。そこで、私は閣議でも特に発言を求めて、このまま二十一世紀まで待てば湖沼は取り返しのつかないことになります、そして取り返しのつかないことになってからの対策では大変なお金がかかります、またお金かけてできるというものでもない、お金かけてもできないということになるかもしれません、そのためには下
御激励むしろ心からお礼を申し上げるわけであります。 建設大臣の方にも私どもの方からいま先生が言われたようなことで話をしてございますし、引き続いてそのつもりでおります。そのためにも臨時国会に、未提出になっておりますこの法案を御提出願うべく努力をいたしておるわけであります。 どうも御激励まことにありがとうございます。
啓蒙活動の前に国民に事態を正しく認識してもらうということが大事だ、こう考えまして、先生方の御激励並びにマスコミ関係の御協力などもいただいて、折に触れてこの問題を提唱してまいりました。その結果、たとえば条例などで洗剤に燐を含まないようにというようなことをつくる前に、もう婦人団体などが洗剤から燐の入っているものをやめようというような運動が各所に起こっていることは先生方も御承知のとおり、国民がその事態に対して深刻に正しく認識をした結果だ、こういうふうに思っているわけでございます。 一方文部省の方でも子供のうちからこの問題については教えていこうということで、いろいろお骨折りをいただいていることを私は承知いたしております。 また、私ど
まことにごもっともなお話でございまして、先ほど言葉が足りませんでしたが、たとえば霞ケ浦につきましては、茨城県が小学校用、中学校用、高校用、それぞれ副読本を——かなりりっぱなものです、今度一遍見本を先生のところにお持ちさせます。それから滋賀県でも、やっぱり同じようなことをやっております。ただ、それはその県の教育委員会か何かがつくったものでございまして、その県だけでございましょう。湖沼を大事にするというようなことで全体として普及されているかどうか、それは文部省の方からお話しをいただくとして、それぞれの県知事は、自分のところの湖は、霞ケ浦は茨城県の財産である、われわれの湖であるというようなことを小学校用、中学校用、高校用、かなりりっぱなも
私は自然の環境というものをこれ以上壊していくということには原則的に同意できない。これ以上山を削り海や湖を埋めていくというような必要があればわれわれの後世の者がよく考えてやればいいので、われわれの代に何もかも全部やらなければならぬということではない。できるだけわれわれはこれに手をつけることなく、自然を破壊することなくそれを子孫に譲っていきたい、これが私の基本の考えであります。 ただ、両局長からの話がありましたところで御了解をいただきたいと思いますが、環境庁には環境庁の分野が当然ございます。それは国立公園であるとか国定公園であるとかということになれば、言うまでもなくわれわれがこれに対して許可を与えるというようなことをしなければ何もで