御承知のように新潟は信濃川の河口でありまして、あそこの流出する土砂によってできたデルタ地帯でございます。それが昭和の初めに大河津からの分水が——洪水の放水路が寺泊の方に完成いたしましたから、新潟港を中心として延長およそ八キロ程度の間の海岸の決壊が非常に早く始まったのでございまして、おおむね一年間に五、六メートル海岸線が欠けております。これまでに昭和の初めから百七、八十メートル欠けているのであります。それに対しまして、戦前から決壊の防止工事をやっておりましたが、終戦後特にこの問題が顕著になりましたので、昭和二十三年かと存じますが、砂丘の決壊の防止の防災工事を開始いたしまして、毎年三千万円程度の国費を投じて事業をやっておったのであります
